第12話

 今後のことも考えてリシャールの治療棟の監視を続けていると、一台の馬車が敷地内に入ってきた。紋章が刻まれた馬車から降り立ったのは、厳しいローブを纏った男。聖職者、それも高位のものに見えるが、詳しい位などヴィンセントにはわからなかった。この街、この国の主教であるルーメン教の関係者、と予想した。


 エミリアたちがいる孤児院併設の教会は、名目上は教会と呼ばれているものの、実際には領主の庇護のもとに運営される福祉施設のようなものだ。共同墓地の管理をしているため「教会」と名付けられているが、宗教的な戒律を説いたり、信仰を強いることはない。死者の冥福を願うために祈りを捧げることはあっても、それ以上のものではない。

 一方、街にあるルーメン教の教会は、歴とした宗教組織であり、神への祈りや信仰を広めることを目的としている。また、教会は治療院を運営し、病や怪我に苦しむ者たちに救いの手を差し伸べる役割も担っていた。

 この2つの施設は同じ「教会」と名がついているが、根本的に成り立ちと役割が異なるものだった。


 ルーメン教が運営する治療院の本館で働く治療医たちは、決して評判が悪いわけではない。彼らの手にかかれば、一般的な傷や病は適切に治療される。しかし、問題はその先にあった。患者が「重い病気・怪我」と診断されると、上級治療医が出てきて高額な治療費を要求する。「お金はどうにかなりますが、命はどうにもなりませんよ」などと言いながら、患者やその家族の不安を煽る。さらに酷い場合には「命に関わる状態だったから」と先に治療を済ましてから大金を請求し、支払えない者を治療院が「買い取る」ことすらある。

 軽い症状で訪れたはずの者が、いつの間にか「重篤な病気の可能性がある」と診断され、上級治療医による高額な治療を勧められ、どうにも納得できず、街の治療医に診てもらったところ、そんな病気などどこにもなかった、という話もあるようだ。上級治療医に望んで世話になるのは、裕福な商人や、資産が多くかつ身体が資本の上位冒険者ぐらいであった。

 こうした暗い噂は絶えなかったが、悪徳な特級治療医であるリシャールの元に、高位の聖職者がやってきている状況を鑑みると、その噂もあながち嘘ではないのかもしれない。

 

 リシャールの治療棟の一室で2人は対面する。

「モンターニュ司教、ようこそいらっしゃいました」

「前置きは良い。『孤児院の聖女』についてはどうなっていますか?」

 司教の冷淡な声が室内に響いた。リシャールは不機嫌そうに答える。

「申し訳ありません。失敗しました」

「………、早くしなさい。噂が本当なら、とんでもない魔力の持ち主です。治療魔法だけで重度の外傷を治せるなど、並の治療医には不可能です」

「分かっていますよ」

 リシャールは不服そうな顔を隠さずに答えた。

 そんなリシャールの顔をみて、モンターニュは口元に薄い笑いを浮かべながら、静かに続けた。

「そんな不満そうな顔をしないでください。身寄りのない子供が、権威ある特級治療医になれるわけがない。魔力に恵まれていたとしても、下賎な者が治療医たちの頂点に立つなどあるべき姿ではない。そうでしょう?」

「当然です……」

「それに、領主の息子も先が短い。もってあと1ヶ月程度でしょう。領主は今、我々に従順ですが、元々は教会や上位の治療医を快く思っていなかった男です。今は息子の命を握られている以上、こちらの言うことを聞かざるを得ない。だが、息子が死ねばどうなります?」

「積極的にこちらに干渉してくるかもしれませんね…」

「その通り。今まで通り、我々に従うとは限りません。『魔力性心不全』はあなたでも直せないのです? だからこそ『孤児院の聖女』を試す価値はある。治せるなら利用し、治せないなら……、また別の手段を考えなくてはなりません」

「分かっています…。お任せください」

 モンターニュは満足げに頷き、リシャールの治療館を後にした。



 ヴィンセントは、意識の中心を領主の館で生活している別のネズミへと移した。

 領主の爵位は確か子爵だったか。けれども、それがどのくらいの偉さなのか、ヴィンセントは詳しく知らなかった。その領主館は、リシャールの治療院のような贅を尽くした者ではないが、貴族の気品が感じられるものだった。そこの一室。1人の少年がベッドに横たわっていた。

 生前のヴィンセントと同じ、十五歳ほどの少年。


(なるほど。これが魔力性心不全ってやつか)


 少年の顔色は悪く、息は浅い。しかし、ただ衰弱してるわけではない。特異魔法『魔力視』を使ってみると、人間にしては魔力がかなり多い。病名から考えて、その多量の魔力が心臓に負担をかけているのか。

 屋敷の使用人たちのお喋りからも、この少年の病状についての話が漏れ聞こえてきた。

「レオナール様の容態は……?」

「あまり良くないみたい。治療医の先生も長くは持たないって……」

「なんとかならないのかしら?」

「治療医の先生も手を尽くしているみたいだけど、根本的な治療法はないみたい」

「そういえば『孤児院の聖女』の噂は聞いた? その人ならもしかして……」

「まさか。あんな噂が本当だとでも?」

 使用人たちの間でも、エミリアの奇跡の噂は伝わっているようだった。

 しかし、ヴィンセントは少なくともここで治す気はなかった。領主が孤児院にお金を出してくれていることは知っているが、この子が生きている限り、この街で教会と治療院が強い権力をもってのさばっているのだ。それなら死んでくれた方がこの街のためになる。

 それにヴィンセントにはもっと優先すべきことがあった。

 教会とリシャールはエミリアを諦めていない。これからも何かしら差し向けてくるだろう。それを排除しなければならない。

 しかし排除し続ければ、何かが起こっていると悟られる。となれば、大元ごと潰す必要もある。なかなかに難しい。


(考えることが多すぎるな……)


 ヴィンセントは領主館のネズミの支配率を下げ、意識を放した。




 そして、その日の晩。

 領主家の紋章をつけた馬車が孤児院へやってきた。

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