5-11 トラウマ、トラ下手
◯●◯●
――少し時を遡り、店長と狸が追いかけっこをし始めた頃。
南棟。兎とトラ、リュウの三人と、狸座の手下達が戦闘を繰り広げていたのだが――それもついさきほど終着した。それは狸座達の用意していた武器や弾丸を
そして南棟の四階、角部屋。東棟のすぐ隣の部屋に兎達はいる。
「なんだか歯応えなさ過ぎて萎えちゃうわ〜。店長と一緒に行って、ヘビちゃんと遊んだ方が面白かったかもしれないわね〜。やっぱり男は男同士、女は女同士ヤるのが一番よ!」
「弟よ〜、オレ達は護衛の仕事をしてるってことを忘れんなよ。それにしても、矢部ちゃんが無事で良かったぜ〜。……やや!? もしかしたらどこか怪我をしているかもしれない。オレが全身くまなくチェックして差し上げようか……? さぁ早くお召し物をお脱ぎになって」
「最っっっっ悪だ……コイツらだけには絶対に関わり合いたくなかったのに……」
「な、なんだか、ごめんなさい……」
三人は矢部医師を無事(?)救出していた。降伏した狸座の一味共から矢部医師は実は南棟のこの部屋に居ると聞いていたのだが、そのとおりだった。部屋の片隅に雑に縛られ、放置されていたのを今解放したところだった。
矢部医師は立ち上がり、少し伸びをする。少し咳払いし、バツの悪そうな顔をしつつ改まって兎の前に立つ。
「最悪な連中を引き連れてではあるが、助けだしてくれたことには礼を言おう。……だが、その、そもそもはお前が、私の隠れ家をバラしたことが原因なんだろ。だから、これでトントンというか……」
「あ、はい。ごめんなさい、もちろんそうです。これで矢部さんに貸しができたとは思っていません。むしろご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ないです」
兎は深々と頭を下げる。すると矢部医師は更にバツの悪そうな顔で頭を掻く。まだ何かモゴモゴ言っているようだが、兎は一旦それを放置してトラとリュウの方へ向き直す。
「トラさんとリュウさん、ありがとうごさいました。おかげ様で矢部さんの救出ができました。これで契約は完了、ですね」
二人は笑ってサムズアップする。
「お礼なんていいぜ、オレ達は報酬のために働いただけだからよ。……あ、ちなみに報酬はいつでも変更可能だぜ。一晩抱かせてくれる毎に一ヶ月分の――」
「支払いについては店長と相談しますので、本当にありがとうございました」
トラを華麗にスルー。流されるのにトラも慣れてきたのか、最早ショックを受ける素振りもしなかった。
逆に兎の方が伏し目がちで落ち込んでいた。それを察してかトラが心配そうに声をかける。
「どったの、兎ちゃん。まさか、流れ弾に当たってたりはしないよな?」
もちろん、と兎は頷く。
「まったくの無傷です。お二人が凄くて……いや、凄すぎて。あんな銃撃戦を、誰も傷つけずに終わらせるなんて……」
思い出しただけで身震いした。
四方八方から狸座の一味による銃弾の雨嵐。弾切れまでのおよそ十分間、トラの早撃ちとリュウの剣撃にて全てを無効化していた。夢でも見ているかのような光景だった。沢山の銃声と硝煙に囲まれながら、目の前で弾が弾け、引き裂かれた。しかも二人は終始涼しい顔をしていた。いったい、自分はどんな化け物を雇ってしまったのか。底力すら推し量れなかった。それに比べ、自分はなんてちっぽけなんだろう。
塞ぎ込む兎だが、それを察してかトラが背中をポンと叩く。
「そのスゲー二人を雇ったのは兎ちゃんだぜ。自分でいうのもなんだが、このクセ強姉弟を従えるなんて、たいしたモンだぜ! 自身持ちな!」
トラは二カッと笑った。顔も良いが、こういう気遣いができるのがモテるポイントなのかもしれない。
「ちなみに今回の依頼は報酬のやり取りがあったけど、
こういうのが無ければ本当に良い人なのだが……。
兎がドン引きしていると、リュウがコホンと咳払いし、割って入る。
「さて、矢部ちゃんも救出できたことだし、店長に連絡入れてさっさと盤堅街へ向いましょ。急いでるんでしょ?」
「あぁ、たしかに」とトラが無線機を取り出す。
「い、いいんですか? 店長の加勢に行かなくても……」
「あら、店長のこと馬鹿にしてる? 大丈夫よ、あの人は
リュウさんがそう言うならそうなのかも。と兎が思った時だった。どこからかドンと地鳴りのような音が聞こえた。地震だろうか? しかし余震も特にない。
トラやリュウ、矢部とも顔を見合わせるが、みんな特に気にしてはいない様子。トラは「えーっと、店長の周波数は……」と無線機を操作し、店長へ連絡をした。
そして、今至る――。
◯●◯●
兎はスコープ越しに見ていた。
自分との通話に夢中で後ろから忍び寄る蛇沢に気づかない店長。どうやら奇襲に直前で気づき、致命傷は免れたらしいが、左腕を怪我したようだ。遠く、スコープからでもその鮮血が見えてしまった。
血。赤い流血。アレを見るとどうしても思い出してしまう。幼い私を庇い、盗賊の凶弾に撃たれ血を流す母――もう顔すら思い出せない産みの母。血みどろになりながら母は私を抱きながら街外れまで逃げることができたが、母は自らの血の海の中で息絶えた。
それ以来、赤い血を見る度に、何もできず見殺しにしてしまった母を思い出し、胸がつかえるようになってしまった。
「うっ――」
兎は軽くえずく。すぐにトラが「大丈夫か?」と駆け寄ってくれた。トラは兎からライフルを拝借し、スコープを覗く。そして状況を理解したらしい。
「あの馬鹿、なに油断してんだか」
「ちょっと、お姉ちゃん、兎ちゃん、何が起こってるのか説明しなさいよ」
トラはリュウと矢部医師に手短に状況を説明する。何やら一部、ヒソヒソと声を顰めてこちらには聞こえないように話している部分もあった。しかし、気持ちを落ち着かせるのに精いっぱいでそれどころではなかった。
説明を終えたトラが、今度は兎に聞く。
「兎ちゃん、店長なんか言ってなかったか? 何かを兎ちゃんにやらせるってのは聞いてたんだが」
少し落ち着いた兎は思い出しながら答える。
「えっと……「俺の眉間を撃て」って……。あ、「十二時五十九分五十秒」に、とも言っていました。やらなきゃ私の家族を殺すって……」
「な、なんじゃそりゃ!」と矢部医師だけ驚き、トラとリュウは顔を見合わせ「まさか……」と呟く。
兎は慌てて懐から時計を取り出す。店長から以前借りた腕時計。時間は店長が合わせていたから、時刻はこれを見れば良いはずだ。
――指定された時刻まで、残り四分。
「ど、どうしましょう……ヘビさんと戦ってる最中にそんなことしたら確実に店長は死んじゃいます。いや、そもそも店長を撃つ意味がありませんし、この距離で狙撃なんて無理ですが……」
言いながら意味はあると分かっていた。ヘビから店長の店へとスパイとして潜り込む際に交わした「一ヶ月以内に店長を殺す」という契約。その契約を守らなければこの身体に仕込まれた液体操作金属?とかいうものが私を殺してしまう。
おそらく店長はこの話をヘビから聞いて、あんなことを提案したのだろう。
店長の言っていたことはもっともだ。自分の幸せは誰かの不幸。自分が生きるために食べるご飯は、誰かが食べるはずだったご飯かもしれない。それを奪って生きる責任――『覚悟』。
頭では分かっているが……体が動かない。
小さく震える兎の肩に、リュウの大きな手が掛けられる。
「兎ちゃん、店長はあなたにやれ、って命令してたわ。酷かもしれないけど、やるしかないわ」
軽く、優しく掛けられた手だが、鉛のように重く感じた。
「でも、そんな、私にはできないです。そもそもこんな距離で店長の眉間を狙撃するなんて技術、私には無いです。で、でも、やらなきゃ私の家族が……! そ、そうだ、トラさん! 契約した時に「一日なんでも聞いてあげる券」も付けるって言ってましたよね!? それを――」
「悪いが、そいつぁ対象外だな。オレは狙撃の腕がクソだから、聞いてあげられねぇんだ」
バッサリと断るトラ。
そもそも人殺しをオマケで付いてきた券で実行しようなんて、卑怯過ぎるなと兎は更に自己嫌悪に陥る。しかしそんな間も無情に時間は流れる。
――指定された時刻まで、残り三分。
バンッと兎の背中が叩かれた。叩いたのはトラだ。いつも猫なで声で優しいトラが、険しい顔で兎の顔を覗き込む。
「店長から言われたんだろ? やるのか、やらないのか、決めなきゃ。……このままじゃあ、家族が死んじまうぜ」
「で、でも……言ったでしょう? 私にはそんなことできないって。トラさんやリュウさんと違って、私にはなにも――」
「いいや、できるね。……兎ちゃん、オレはな、本当はこの砂漠で一番強い奴になりたかったんだ」
……。……?
唐突で話の筋がわからず、兎は混乱した。トラは構わず続ける。
「オレは一番腕っぷしが強くなりたかったんだ。家族もみんな死んで、たった一人の弟分を守るには、そうなる必要があった。……けどなぁ、オレは女だ。筋肉のつき方が男共と違う。無駄に乳や尻もデカくなるし。オレなりに頑張ったつもりだが、店長や守るべき弟分よりも強くなれなかった……自分の力の無さに、挫折したんだ。今の兎ちゃんと一緒さ」
トラは自らの腕を見る。女性の割に隆々とした逞しい上腕二頭筋。腕の付け根からは豊満な胸も目に入るが、おそらくその脂肪の下に潜む筋肉も凄いのだろう。
兎は思わずツッコむ。
「弾丸を殴り返せる人と一緒にされても……」
「そうよ、さすがに「兎ちゃんと一緒」は無理があるわね」
リュウも後追いでツッコむ。真剣な口調で語っていたトラは赤面しつつ話を戻す。
「ま、まだ話の途中だから! 最後まで聞け! ……で、筋力で勝てねーなと思ったオレは、店長やリュウに反射神経や小手先の器用さを褒められたから、戦闘スタイルを今の銃の早撃ちに変えたんだよ」
まだ話がよく見えない。トラは続ける。
「……つまり、オレが言いたいのは、「自分の才能は自分じゃ気づきにくい」ってことだ。反射神経や小手先の技術なんて、オレからしたら普通のことだったからな。でも、コレに変えてからは店長やリュウとも渡り合えるようになった」
ふぅとトラは一息つくと、一段と真面目そうな面持ちになる。
「兎ちゃんの狙撃の才能はオレが保証するぜ。店長もそんな勝負をさせるってことは、その才能を認めてるってことだ。だから、兎ちゃんなら店長を
そう言い切るトラ。リュウも後ろで頷く。
「長々と何を話してんだと思ったら、そんなことを言いたかったのね。説得が下手ねー……。ま、銃に関してお姉ちゃんはウソつかないから、信じていいわよ」
化け物二人から太鼓判を押されてしまった。あんな戦闘をする二人からここまで言われてしまえば、その狙撃の才能とやらは本当なのだろう。褒められるところがないと思っていた自分に誇れるものがあって嬉しい。
が、その半面、狙撃という「必殺」の技術は、あまり望むものではなかった。
――指定された時刻まで、残り二分。
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