5-8 鬼気、起動
◇◆◇◆
時刻はすでに昼一時前。狸座アジト、北棟の三階からドスンドスンと男が鈍重に走る音がしている。その後ろから瓦礫を破壊させながら、ゆっくり歩く足音が聞こえる。
そして、男の怒号が響き渡る。
「た〜ぬ〜き〜!! 待てゴルァ!!」
「ひ、ひぃぃっっ」
二人の男が瓦礫で溢れた廊下で追い駆けっこをしている。追う男は身の丈ほどあるチェーンソーを振りまわし、足元の瓦礫を薙ぎ払いながら駆ける――店長である。追われる男は小さな銃を片手に額に汗かき、涙目で逃げている――狸座の長、狸だ。
「ち、ちくしょう! 手負いのお前なら、儂でも、勝てると、思って、隠れてた、のに!」
「あぁ!? 誰が勝てるってぇ!? 俺を誰だと思ってる!」
無表情ながらもドスの効いた声で追いかける店長。ついに廊下の隅まで狸を追い詰めた。
――少し時は遡り、ヘビとの決着をつけた後。
店長はヘビの身体を担ぎながら、地下から脱出していた。たまたま見つけたロープを使い、なんとか一階までよじ登ったのだった。ヘビにはまだ息がある。最後の一閃の時、店長は日本刀をクルリと返して峰打ちにしていた。兎に仕掛けられた液体操作金属の解除方法を聞く必要があるからだ(そうでなくても殺す気はなかったが)。ただ、峰打ちでも相当の威力だったため、ヘビは気絶しているのだった。
「あー、ダルい……まずは止血止血……」
ヘビを適当に床に放り投げ、店長はエプロンのポケットをまさぐる。適当な布切れを見つけ、未だに血の流れ続ける右脚のふくらはぎを覆い、強く締め付ける。
さすがに血を流し過ぎたのか、少しフラフラする。帰って何かしら血になるものを食べなければ。
そうぼんやり考えている時だった。銃声と弾が飛んでくる気配を察知した店長は、その身を軽く屈める。すぐ横の壁に銃弾がめり込んだ。
銃声がした方向を見ると、そこには太った無精髭の男、狸座が長、狸がいた。不意打ちの銃撃を避けられたことに心底驚いたのか、膝が笑っていた。
「あ、あわわわわ。なんで普通に避けられるんじゃ……」
「てめぇ如きが当てられると思ってることが不愉快だ……まぁ、いい、探す手間が省けたぞ……!」
店長はふらつきながらも背中のチェーンソーを構え、狸に歩み寄る。抜けそうな腰を支えながら逃げ出す狸。そこから店長と狸の鬼ごっこが始まった。
――そして、今に至る。
逃げる狸を追って、東棟から北棟への三階まで来ていた。鈍足の狸をゆっくり追いかける店長。足と怪我や出血でフラフラとしているが、本気を出せば一瞬で追い付くことができたがそうはしなかった。
どうやら三階は隣の西棟への渡り廊下がないらしい。廊下の突き当たりで震える狸に詰め寄る。
「た〜ぬ〜き〜。てめぇ、盤堅街の管理もサボって、街を統べる狸座の主が、こんなことしてタダで済むと思ってるのか〜?」
「ひ、ひぃぃぃ……く、くそ、元々、盤堅街の管理なんて、
「はぁ〜? 今までも充分、自由にさせていただろう。
ガタガタと震える狸。ぷっくりと蓄えた脂肪と髭が揺れる。
「右と左、どちらがいい?」
「へ、へぁ?」と情けない声で狸は聞き返す。店長は再度言うと狸は青ざめる。
「い、一体、
店長はにじり寄りながら言う。
「人間の身体ってのは不思議なもんで、大事な部位は大体二つずつあるよなぁ」
店長は一歩進む。狸は店長が何の話をしているのか理解できていない様子。
「そして「罰」ってのは大事な物を失うことで、己が過ちを省みることだと思う」
更に店長は一歩進む。狸は震えが止まり、少し考える。そして、サッと顔から血の気が引いた。
「つーわけで、今からお前の身体に二つずつあるモノの片方を奪う! 右か左か、残したい方を選べ! 目ぇ! 耳ぃ! 腕ぇ! 足ぃ! 陰嚢ぉ! 肺ぃ! ……脳ぉ!」
「い、嫌じゃぁぁぁぁ!! そんなことされたら、死ぬわ! なんて恐ろしいこと無表情で言うんじゃぁぁぁ!!」
この世の終わりかのように泣き叫ぶ狸。店長は鬼気迫るオーラを発しながら、ゆっくりと歩を進める。
ま、先ほどのはただの脅し。冗談だ。こんなマヌケで分かりやすく、狸座のトップとして祭り上げるにはちょうど良い男を殺すのは少し惜しい。が、それはそれとして、今回の騒動には少し苛ついたので、脅せるだけ脅そうと思った。
店長はわざとらしくチェーンソーのエンジンを起動すると、狸は壁に張り付いた。気絶するまで脅かそうと思ったが――狸の様子が少し変わった。
狸はハァハァ喘ぎながら壁をバンバン叩く。すると、何か見つけたようでニヤリと笑って壁を強く叩いた。その瞬間、狸が寄り掛かっていた壁から
「……! 行き止まり、じゃなかったのか」
驚いた店長は少し遅れて壁に駆け寄った。壁の奥からカチッというロックが掛かるような音が聞こえた。壁の向こう側で狸が回転しないようにしたのだろう。しかし、問題無い。
店長は無言で扉を蹴りつけた。どうやら少し厚い扉のようだが、蹴りつけた感覚で大体の厚さが分かった。勢いをつけ、今度は先程より力を込め――蹴る。
ドォンと扉が吹き飛び、辺りに細かい砂塵が舞った。
「う、うわーーっ! なんなんだお前は! 本当に儂と同じ人間か!?」
「同じじゃねぇよ。てめぇは今からハーフサイズの人間になるんだからなぁ!」
「く、来るなあぁぁぁぁ!」
泣き叫ぶ狸を見て、少しは溜飲が下がった。だが、面白いのでもう少し続けよう。ゆっくりと店長は部屋に入り込む。
砂埃が少しずつ収まっていくとこの隠し部屋の全容が見えてきた。
ボロボロで瓦礫に溢れた廃墟のような廊下とは打って変わって、清潔で整頓された部屋。中心には何故か真っ二つに割れた円卓があり、正面の壁には幾つものモニターが掛けられ、幾つものボタンや計器が付いた操作盤が備えられている。大きな窓のカーテンから零れる太陽の光で、部屋はピカピカ輝いているようだ。
そんな小綺麗な部屋、薄汚れた中年太りオッサンと恐らくその部下である小柄な女が、モニター前の操作盤の近くで震えていた。最後の抵抗か、狸は震えながら銃をこちらに向け構えている。もう片方の手で操作盤のスイッチを押そうと構えている。
「ま、待て! 本当にいいのか、店長? こ、こんなことして。こちらには――」
店長は中央の円卓を無言で蹴りつけ、大きな音を叩き鳴らす。
「先に質問したのはこっちの方だ。右か左か選べっつってんだろ。二択の質問くらいパッと答えてくれよ。選べねーってんなら――」
店長は大きく跳躍し、「両方だっ!」と叫びながら狸の頭目がけてチェーンソー振り降ろそうとした、その時。
「ひぃん!」
情けない声と共に狸は気絶するようにその身体を操作盤に倒した。操作盤の上に置いていた手でとあるボタンが押されたらしく、カチッという音がした。同時に操作盤に重たい体が乗ったせいか、複数のボタンが潰れたり、何かが折れるような音が聞こえた。
――その直後。
ドンっと、建物全体が大きく揺れ、地響きが辺りに広がる。不吉な電子音が鳴り響き、地響きはすぐに止まった。
泡を吹いて倒れる狸。その隣で狸の部下が口を大きく開け、唖然としている。
「お、お頭……なんて事を……」
「……」
意識をなくした狸から返事は返ってこない。ただただ部下が慌てふためいている。店長はチェーンソーを振りかざすのを止め、背中に戻し、狸の部下の女に問う。
「今のなんだ?」
ふたつ三つ編みにしている丸眼鏡をかけた女部下。見た目だけで技術系の者だと分かった。何故か懐かしさを感じるキャラデザイン。そんな女が髪をくしゃくしゃにしながら言う。
「例のアノ兵器、起動しちゃったっス……!」
「……? おい、もっと分かるように言え」
睨み、凄みを効かせて問うと、女部下がおずおずと答える。
「そ、その……そこの窓から見える兵器が……お頭の押したボタンで、作動したんス……」
震えた指先は、太陽の光差し込む腰窓を指していた。店長は振り返り、窓に歩み寄ってカーテン払い除け、外を見る。外の様子に暫く呆然。一呼吸置き、呟く。
「ふざけんなよ……」
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