第五章

5-1 西棟、ホモ姉弟の生い立ち

 狸座に連れ攫われた矢部医師奪還のため、狸座アジトに辿り着いた店長、兎と浦茂姉弟。狸座の長である狸と用心棒である蛇沢ことヘビから矢部医師の身柄交換として提示された要求「蛇沢と店長の一騎打ち」。これを果たすべく、要求どおり店長は単身でヘビが待つ狸座アジトの東棟へ。矢部医師が居ると言われた西棟へは兎と浦茂姉弟が向かうこととなった。


 嘘や罠を顧みず、指示されたとおり動く店長達。その行動が吉と出るか凶と出るか――。


◯●◯●


 店長と分かれた兎と浦茂うらしげ姉弟。狸座アジト、南棟の長い廊下を渡り、西棟へと辿り着いた。


 光の遮られた薄暗い空間。ここは大昔、大病院だったとのこと。今では狸座の手により、増築に増築を重ね、病院とは思えないほど無骨で広大な建造物となっている。兎達のいる棟の一階は南棟と同じく受付のようなカウンターがいくつかあり、沢山の長椅子があちこちに並べられている。しかし何処も砂埃だらけで、今では病院とは思えないほど不衛生な所だ。


「あー、もうっ! 掃除くらいしなさいよねっ!」


 リュウが鼻を覆いながら文句を言う。一方の姉であるトラは何も気にしない様子で辺りを見回す。


「さて……奴の話が本当ならこの棟の何処かに矢部がいるはずだが。あの野郎、具体的な所までは言わなかったな。面倒だが一階から全部探してみるしかねぇな」


 リュウは頷き応えるが、少し後ろにいる兎は生返事で今来た道を振り返る。その廊下の先は、今店長が向かっているはずの東棟。店長の身を案じる兎にトラは言う。


「兎ちゃん、店長の心配はしなくていいぜ。こんな事今まで何度もあったが、あいつ今まで一度も死んだ事ないから。それより、今は自分の身を案じた方がいい。ヘビの話が本当なら、狸座の連中が全員、そこら中にいるって事だからな」


 辺りを警戒しながら、兎の頭にポンと手を添える。兎はトラを見上げ、また東棟へと続く廊下に目を向け、耳を澄ませる。銃声や爆音は今の所聞こえない。


「そう……ですね……」


「あぁ! それより兎ちゃんの母ちゃんの方が心配だ。急いで矢部を探すぞ」


 兎は背中を押され、前に進む。矢部医師の探索が始まった。


◯●◯●


 広いロビーを抜け、西棟の長い廊下へと出る。ここも陽の光が入らず、仄暗い。外が見えるはずの廊下の窓には、ガラスの代わりに板がはめ込まれている。道理で暗い訳だと思いながら兎達は廊下沿いの部屋を一つずつ確認していく。


 ドアを開ける度、兎は誰かが襲ってこないかとビクビクするが、姉弟はなんの躊躇いも無くドアを蹴破り、部屋を見渡して人の気配を感じないと、隣の部屋へと移って行った。不用心だなぁと思ったが、姉弟は互いの死角を確認し合っているようだった。


 この姉弟がそれぞれ工房を構えるほどの人物ということは、それなりの実力があることはなんとなく分かっていた。しかし、二人合わされば店長と同等の実力になるとは思ってもみなかった。


「私、お二人のこと全然知らなかったんですね。……そもそも、 店長のことも全然知りませんが」


 廊下を歩く中、ポツリと零した兎の言葉に姉弟は顔を見合わせる。そして小さく笑った。


「出会ってまだ一週間くらいしか経ってないんだから。それに、兎ちゃんは最近ここの砂漠に引っ越してきたばかりなんだから、昔のアタシ達のことを知らないのは当然よ〜」


「店長のことはオレ達も部分的にしか知らねぇしなぁ」


 兎自身も自分のことを隠していた手前、三人のことをアレコレ聞くのは気が引けていた。しかし、今は違う。狸座のスパイとして潜り込んだいたことを告白し、他に自分が隠すことは何もなくなった。


「今からでも、お二人のこと、詳しく聞いてもいいですか?」


 すると二人とも同じように少し照れくさそうに苦笑いした。


「いうてオレ達は店長ほど波乱な人生じゃなかったけどなぁ」


「えーっと、アタシもお姉ちゃんも、小さい頃にお互い・・・両親が殺されて、二人で姉弟として生きていくことになって……なんやかんやでフリーの用心棒になったのよね。で、色んな盗賊団からお尋ね者扱いされていた店長の暗殺依頼を何回も受けて、何回も失敗して……で用心棒稼業を止めて、お互い工房を作って暮らし始めたって感じね」


 色々と端折られている気がするが充分濃く、何気に重要な話もサラッと流れ、どこからツッコめばいいのか分からなくなってしまった。兎の脳内処理を待たずしてトラが補足する。


「そうそう、そんな感じだぜ。店長とは殺しの中で仲良くなったって感じだなー。どっちかが死ぬまで殺し合うんだろうなーって思ってたら、あいつが急に「もう殺しは止めた」って言い出したんだよな。それでオレ等も毒気が抜かれて、用心棒から足洗ったんだっけか」


 うんうん、と頷くリュウ。


 省略されている気がするが、二人が人殺しを止めるに至った時、どういう心境だったのか、そして今までの行為とどう向き合おうと考えたのだろうか。いくら自分の素性を明かしたとはいえ、それらを今聞くには、あまりにも二人と過ごした時間が短すぎる、兎はそう思った。今後、もっと二人と仲良くなった時、それは聞くことにした。


 二人の話の中に出てくる店長の話も気になる。以前、たしかに店長は昔たくさんの人を殺したと言っていたが、いったい何故それを止めたのだろうか?


 話もほどほどに、一階の部屋をあらかた調べ終わった。矢部医師どころか狸座の手下一人出てこなかった。これはいよいよ本当に店長のいる東棟に全戦力が注ぎ込まれたのではないか?


 敵が誰も現れなかった安堵と共に、店長の身の危険を案じる兎。リュウがそんな兎の背を叩く。


「ほら、次は二階に行くわよ。そうやって油断してるところを狙われるんだから、気をつけなきゃダメよ?」


 「は、はい……」と兎は先行するトラとリュウに続き、二階への階段を登る。

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