4-6 アジト、ド忘れ
◇◆◇◆
外壁の内側は、砂漠のど真ん中とは思えないほど平らで堅い地面に覆われていた。とてつもなく広く、中央にそびえ立つ建物以外に高い物は何も無い。代わりに外壁からその建物に続く平地には、妙な機械が無数に並べられている。
四人は開けた平地を、遠距離攻撃に警戒しつつ、道なりに進んでいく。兎は挙動不審に辺りを見まわしながら三人の後ろについている。少し歩き、その妙な機械の近くまで来た。幾多にも置かれた機械には大小様々な大きさの岩が横に添えられている。
「それにしてもあいつら、ずいぶんと増やしたな。戦争でもするつもりだったのか?」
「ま、店長に歯向かうならそれくらいの覚悟じゃないと駄目ってことね〜。結局、効かなかったけど。流石店長だわ♡」
「距離の概算は旧時代の技術かね。でなきゃあんな飛距離で精密に投石ができねーしな。……ま、銃じゃないから、オレは興味ないけどね」
店長とリュウ、トラがそれぞれ設置された機械である投石機について話しながら進む。
手作り感溢れるツギハギだらけの機械。自動的に梃子の原理を用いて岩を放り投げるようだ。トラの言う事が正しければ、何処かに旧時代の技術が使われているはずだが、パッと見は分からない。
「距離の測定ね。まぁ、ボコした時についでに聞いてみるか」
見慣れない器械に少々興味が惹かれるが、今はそれどころではないと一旦スルーする。しかし、ざっと数百はあるこの器械。つまりはこれらを使う人間も数百いるわけだが、狸座がそんなに数を増やしていたことに少し驚いた。
特に奇襲も無く、四人は無事中央にそびえる建物にやって来た。近づくとやはり巨大だ。ここからは大きく横に伸びる四階建ての棟が一つしか見えないが、同じ大きさの棟が奥に3つ囲うようにある。上空から見ると「口」の形で並んでいる。元々は「コ」の字の巨大な医療施設だったようだが、狸座が増築し今の形になっているようだ。
この元・医療施設の正面玄関だった場所の前に四人は立っている。
「よし、行くぞ。さっさと矢部を見つけて連れて帰る」
店長は指をポキポキ鳴らし、いざ突入、と足を踏み出した、その時。建物の上から声がした。
「店長ーー! よくぞ儂等の猛攻、岩雪崩を掻い潜ってきたなぁ!」
拡声器を使った大きな声。野太く、掠れた男の声だ。
建物の四階部分の窓から人影が現れた。無精髭にボサボサの髪。中年太りした腹はまさしく狸のよう。灰色のつなぎを着ているが、デカイ腹の所為で今にもはちきれそうだ。狸座の座長こと、狸座黄その人だ。
座長がその姿を現すと、建物の窓から続々とその手下達が姿を見せた。皆それぞれ頭にバンダナや口元をスカーフで隠している。共通してそれらは全て狸座のテーマカラーである茶色で統一されていた。
目視できる手下だけでも五十人はくだらない。姿は現していないが、あの投石機の数からして百人以上は手下がいるのだろう。
店長は見上げながら溜め息を溢す。
「岩雪崩か。俺にとってはにわか雨程度だったぞ。それよりも、そんな高いところから挨拶するたぁ、良い御身分になったなぁ!」
そう言うと狸は眉間にしわ寄せ、言う。
「引きこもりのお前と違って、儂は色々と努力したからなぁ!」
「けっ、
すると狸はその顔を赤黒く染め、怒りを露わにする。
「元はと言えば貴様が押し付けただけだろう! ……まぁ、良い。お前が偉そうにするのも今のうちだ! ここに来たということは、もう知っているんだろう!? 儂等に人質があることを!」
そう言うと狸の部下らしき者が誰かを引き連れ、窓際へと立たせた。やはりというか、そのためにここまで来たため驚きも何もないが、立たされたのは矢部医師だった。窓から上半身しか見えないが、特に暴行された跡は見られない。いつも通りの白衣姿で、いつも通りのボサボサ髪の三白眼で、いつもより少し不機嫌そうな表情だった。
「おー、矢部。元気か?」
店長がそう言うと矢部はやはり怒っている様子。
「おかげでさまでな! 元気過ぎて久しぶりの外出だ! ハハハハハッ! クソがっ!」
怒り過ぎてテンションが少し高い。しかし、無事で良かった。
「まさか私が囚われの姫ポジションになるとは思っていなかった……」
「ここからの絵面だと、敵サイドの科学担当幹部ポジションだけどな」
「なんだと!」と怒る矢部だったが、狸の部下にまた連れていかれてしまった。去り際に「お前ん家の水源に毒流してやる!」と言葉のとおり毒を吐かれた。囚われの姫にしてはえげつない思考してやがる。
悪態つく人質に若干引きながらも狸が仕切り直す。
「ふ、ふふふ。とにかくこちらにはお前が大切にしている(?)人質がいるんだ。俺達の要求を聞いてもらおうか」
人質をとるくらいだ、何かしら要求されるのは想定済み。何かとの交換となると、「持っている武器」もしくは「身体の一部」とか、そんなところだろうか。武器はまだしも身体の一部――例えば「右腕を切り落とせ」とかだと嫌だな。ま、一旦聞いてみるか。
狸が何か話すのかと思いきや、狸は一歩後ろに下がった。
「――ここから先は、俺が話そう」
狸の横からまた人影が現れた。また狸の手下かと思ったが、どうやら違うらしい。漂う雰囲気が只者ではない。
現れたのは灰色の長髪に、眼の細い青年。肌の色も髪のように薄白い。銀色の衣服は今では珍しい和服。黒い帯には白い蛇の模様が付けられている。
「久しいな……店長」
……。
……。
……? 誰だ?
「誰だ? トラ、リュウ。分かるか?」
トラとリュウに聞くが二人とも首を傾げる。
「知らん」
「同じく〜」
その様子に兎が引いていた。
「えぇ……嘘でしょ。この流れで誰も知らないなんてことあるんですか? あの人だけ「久しい」って言ってますけど……こ、こんなの悲し過ぎます……」
◇◆◇◆
四人が困惑する中、一歩引いていたはずの狸が窓際まで齧り付くよう身を乗り出し、驚嘆の声を上げた。
「げぇぇ!? 誰かいるかと思えば、ホ、ホモ姉弟!? 何故ここに!? 店長と繋がっているとは知っていたが……いつのまに傘下に入った!?」
他の狸座の手下共もざわつき始めた。
リュウが何故か嬉しそうに答えた。
「店長と
「右に同じくだぜ!」
リュウとトラがそう言うとさらに狸座連中は騒ぎ始めた。「あのホモ姉弟が!?」「あんな小娘の配下!?」「二人同時に!?」等々。二人の姉弟に降り注げられていた視線が一気に兎に集中した。注目されるのに慣れていないらしい兎はドギマギしている。
そんな兎に狸は顔を引き攣らせる。
「あ、あの性豪と名高いホモ姉弟を……しかも二人同時に従えるなんて……。小娘、貴様どんな性癖しとるんだ」
「え゛。相対的に私がめちゃくちゃヤバい奴みたいな感じになってます……!? お二人とも、一体何者なんですか……」
冷ややかな視線を向けるとトラが慌てて訂正に入る。
「違う違う! 別に『性豪』だけで有名なわけじゃないぜ!? コラァ! 狸! もっと他に言い方あるだろ!」
リュウも合わせて「そーよそーよ!」と文句を垂れると狸が応えた。
「お前ら姉弟と言えばソレが最初に出てくるだろうが……。儂の部下だって、お前らのせいで恋人の性癖ねじ曲げられた奴がいるんだぞ!」
すると手下共から「俺の彼女を同性愛者にしやがってー!」「幼馴染がお前のことしか話さなくなったぞ!」と野次が飛ぶ。
性格はアレだが、
「うるさいわね! そんなもん個人の自由よ! アタシ達は好きに恋愛してるだけよ! ブサイク共はお黙りなさい!」
「ルッキズム……」
店長のボヤキを無視してリュウはトラに同意を求める。
「まるでレイプ魔みたいな扱いして……ちゃんと同意とってから色々してんのよ! ね、お姉ちゃん?」
「……ウン。モチロン」
「なんでカタコトになるのよ……」
「いや、トラさんは初対面でいきなり襲いかかろうとしたじゃないですか。ああいうことを、他の人にもしてるんじゃないですか……?」
静かになるトラに向けてリュウと兎が侮蔑の視線を投げかけている。狸も呆れた口調で続ける。
「それに貴様ら、基本的にワンナイト済めば去っていくらしいからの……。後腐れがないと言えば聞こえはいいが、性癖ねじ曲げるだけねじ曲げて捨てるのはちょっと儂でも引くぞ……」
「「……」」
黙り込む二人に「うわぁ、二人とも否定しないんだ……」と兎はゴミを見るかのような目で見つめる。
コホンと咳払いし、狸がまた仕切り直すように続ける。
「と、とにかく性格に難があるに加えて、その力量! かつてはフリーの用心棒として名を馳せ、いくつもの盗賊団をたった二人で壊滅させた化け物姉弟! 二人合わされば店長とも互角に渡り合えるという貴様らが、まさかそんな小娘の配下になるとは……」
トラがここぞとばかりに声を張って答える。
「「二人合わされば」ってのが鼻につくが、まぁ事実か! さっきからごちゃごちゃ言ってるが、ちゃんとした契約の元、オレ達は兎ちゃんに付いてるんだ! お前らにあれこれ言われる筋合いはないぜ〜。というわけで、さっさと矢部ちゃんを返すんだな! ……うひょー、久しぶりだなぁ、ダウナー系お姉さ〜ん。もう大丈夫だからねー。今度お茶しよ〜」
少々欲が漏れ、絶妙に引き締まらないトラのセリフに、窓際の奥から矢部医師らしき白衣の腕だけチラッと見えた。中指を立てていた。
狸が震えながらも笑って二人に宣誓する。
「く、くっくっくっ。まぁ良い。店長もろとも、この砂漠で名高い貴様らを今日ここで始末してやるわい! そうすれば儂ら狸座の株もうなぎ上りじゃい!」
ガハハと笑う狸。手下共も鬨の声を上げ士気を高めている。
そんな中、ひとしきり姉弟へ侮蔑の視線を投げ終えた兎が言う。
「そ、それよりも! 皆さん何か忘れてませんか!?」
店長や姉弟含め、狸座連中も頭に?マークを浮かべる。兎は我慢できず、アジト四階の窓際に立つ銀髪の男を指差す。
「あの人が結局誰なのか、です! せっかく満を持しての登場って感じだったのに、総スルーで可哀想じゃないですか! 惨めです! 気付いたらトラさんやリュウさんの話ばっかり! みんなで聞いてあげましょうよ! ……はい、どうぞ!」
なんて雑なフリ。たしかになんだか可哀想だが、それに拍車をかけるような言い回し。惨めさのトドメを刺したのはお前だぞ、と店長は兎に少し戦慄した。
再び銀髪の男に注目が集まる。果たして、この男の正体とは。
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