2-2 レズ、姉

◯●◯●


 トラの話によると、確かに店長が言った通りトラは「銃火器の専門家」だった。


 トラの生業は一言で言い表すのは少し難しい。基本、様々な種類の銃の製造をしている。しかし、彼女は銃の「職人」と言う言葉だけでは収まらない。そもそも一から銃を作るのではなく、すでに存在しているパーツを加工あるいは修復し、組み立てているのだ。その「すでに存在しているパーツ」というのは、月に数回、砂と瓦礫に埋もれた旧時代の建造物内を発掘する事によって得ていた。


 つまりトラは銃の職人でもあり、発掘人でもあり、修復人でもあるのだ。どれにも共通して言える事は「銃」を取り扱う事であり「銃火器の専門家」と言うのが最も相応しい彼女の呼び方だ。


 生活に必要な物は銃と物々交換で得て暮らしており、月に数回この店に来て店長と取り引きをしている。トラのような武器の生産者が他にも数人いるらしく、皆この店を通して手に入れ難い品を店長を介して交換しているのだった。


「ま、つまりこの店は物流の中心ってわけさ。ただ、オレは「金」を貯めるっていう考え方が性に合わなくてね。毎回、武器と食料の物々交換になっちまってる」


「そういえば私も結局お金は貯めてないですね。貯めるほどの余裕がないので。……ところでさっきの「水汲み」ってなんでしょうか?」


 二人はカウンターでくっつくように並んで座り、入口を眺めながら話していた。少し話しただけだが、トラとの距離が近くなった気がした。心理的な距離感だけでなく、物理的な意味でも。いつの間にか兎の肩を抱いていた手は兎の腰に添えらえていた。


「聞いてないの? 店の裏側に井戸があるんだ。昔、偶々見つけたらしい」


「井戸! 本当にここはなんでもあるんですね」


 枯渇したこの世界において、水とは命の次に貴重な物。水源を見つけた事は一生分の財産を手に入れた事と同義なのである。兎の住む盤堅街には人工オアシスがあるのだが、今では狸座の管理化にある。勝手に水を汲むことなんてできるはずもない。


「聞いた話じゃそんなにデカイ水源ではないらしいけどな。まぁ、それでも十分価値はあるか。今日はオレが工房で作った銃弾と、一カ月分の水を交換しに来たんだ。ま、水なんかよりもずっと素晴らしいモノに出逢えたんだけどね」


 小気味よくトラがウィンクを飛ばす。冗談なのか本気なのか分からないが、兎は思わず照れてしまいぎこちない愛想笑いしかできなかった。


 それにしても、井戸があるという重大な事を自分に話してくれないとは、やはり自分と店長の間にはまだ厚い壁があるようだ。一方でトラと店長にはほとんど垣根すら無いように思えた。


「トラさんと店長は、付き合いが長いんですか?」


 兎の質問にトラは虚空を見つめて少し考え、懐かしむような笑みを浮かべて答える。


「まぁ、結構長いかな。この店が建つ前からの仲だし」


 確かに、トラと店長の会話は積年の関係を思わせるほどの親しみを感じた。少し性格のひん曲がった店長にも、こんな普通の友達がいるのか。


 トラは銃の並ぶ棚の奥、整頓された刃物を指さす。


「あの剣やナイフはオレの弟が作ったんだ。あいつも店長とは長い付き合いになるな」


 そう言うとまるで応えるかのように、ナイフ達の刃先がキラリと光る。


「なるほど、トラさんと店長は姉弟ぐるみで仲がいいんですね」


 兎が言うと、少し照れくさそうにトラは答える。


「ま、今はね。最近はたまにしか会わなくなっちまったな。昔はほぼ毎日殺し合う・・・・仲だったのになぁ」


「へー。……ん?」


 「殺し合う」って言った?何かの聞き間違え?と兎は首を傾げる。そんな兎をよそに、トラは話したいことがあるらしく、兎の腰にまわした手をグッと引き寄せ、体と顔を近づける。互いの息がかかるほどの距離。


「さて、店長に頼まれた事をしなくちゃな……。銃について教えて欲しいんだろ? いいぜ〜、文字通り、手取り足取り・・・・・・教えようか」


 超至近距離で改めて見るとトラはやはり相当の美人だ。目元ははっきりし、まつげも長い。顔に関しては非の打ち所がない。そんな最高級の素材を持つ顔が作る笑顔は、この世で一番美しいものに見えた。


 ――が、そうであるはずだが、兎は何故かその笑顔からネットリとしたドスグロいものを感じていた。何処かで見たような、そんな笑顔。兎が考えている間にも腰に当てられた手は時々撫で回すように動き、いつの間にか反対側の手で兎の手も握られていた。


「さて、何から教えよ、う、か、な~」


 一層深みを増す笑顔。腰はがっちりホールドされ、握られていた手が腕をつたって肩、首、そして顎に添えられた。ゆっくりとしかし力強く顎を上へと持ち上げられた。いつの間にかトラの顔が吐息のかかる距離まで近づいていた。


 ふと、兎は思い出した。そうだ、砂漠の大蛇が捕らえた獲物をゆっくりと頭から舐り、喰らう時のおぞましさ。初めてあれを見た時の感覚が、今ここにある。


 兎が取り返しのつかない恐怖を全身で感じたその時、入り口に人影が現れた。店長だ。大きなポリタンクを四つ器用に抱え、店に入ってきた。慎重な足取りでカウンター前まで運び、水の音を鳴らして床に置く。


「ほれ、今回の分だ」


「~~~ったく、空気読めよ!」


 トラは目をつりあげ、声を荒らげる。店長は平謝りで受け流す。


「へいへい、邪魔して悪かったな。ついでに俺の分の水も汲んでくるから、その間だけ好きにしてろ」


 すぐに店長はカウンター裏のガラクタ山からポリタンクを二つ掘り出すと、何も言わず入り口に向かって行く。トラはそれを目で追い、いなくなるのを待っているようだ。


 すると、店長は店と外の境目で急に止まり、踵を返す。少し考える素振りをすると、兎の方を見つめ口を開く。


「おいバイト。一応言っておくが、そいつ、同性愛者――いわゆるレズだ。俺的には業務に支障をきたさないなら、何してても構わんが……あんまりハメを外しすぎるなよ」


 そう言い残し、再び店長はくるりと向きを変え、外へ消えていった。兎の隣にいるトラは、目を見開き、歯ぎしりを立てている。


「あ、い、つ……!! 余計な事言いやがって……!!」


「え? あっ……え? 同性愛って、その、つまり女性だけど、女性が好きっていうのですよね?」


 キョトンと目を丸くした兎に、トラは必死になって答える。


「あ、ああ、まぁ……、うん、その解釈で正しい。てなわけで、よろしく!」


 トラの頬がポッと紅く染まる。照れながらも、なおも兎の腰をしっかりと掴んでいる。


 ようやく、兎はこのピッタリとくっついた体勢の意味を理解した。


 今、完全に襲われかけている。性的・・に……!


 悪寒が体を駆け巡り、本能的に体をトラから遠ざけようと体を引く。


「浦茂さん。一旦手を放して頂けませんか?」


「あれ!? さっきまで「トラさん」って呼んでたじゃん! なんでちょっと距離置こうとすんの!?」


「いや、あの、すいません。私、ホント、同性愛とか、そういうのよく分からなくて……!」


「分からなかったら教えてあげるよ! 大丈夫だよ!」


 トラの両手に力がこもり、すぐには逃げられなかった。何も大丈夫ではなさそうに感じ、兎は必死で身を引く。


 兎のあまりの拒絶に観念したのか、トラは溜め息と共にパッとその手を離した。密着していた二人の間にようやく距離が生まれる。


「はぁぁぁ……あの野郎、まじで余計な事を。あともうちょいで……」


 トラはぶつぶつと呪いをかけるように店長を罵り、机に突っ伏せる。


 どうやら無理矢理襲ってくることはないと分かると、兎はホッと胸をなで下ろす。しかし同時に少し申し訳ない気持ちになった。別段、まだ何かされたわけではない――未遂ではあるが。それなのにあんなに拒絶して離れた事が、少し酷に思えた。


 落ち込むトラに、兎はそっと声をかける。


「あの……ホント、すいません。私、そもそも恋愛とか、まだちょっとよく分からなくて……」


 と言うと、伏せていたトラの顔がグリンと回り、兎を見つめ始める。湿度のあるトラの視線と見つめ合う事、数十秒。先に口を開いたのはトラだった。体を起こし、少し震える唇、潤んだ瞳で語り出す。


「……心配してくれたの? 襲われかけたのに?」


 体を起こしたトラに対し、兎はやや警戒しながらも頷く。


「かぁーーーっっ……優しいねぇ。ナンパに失敗した時は、大抵みんな走って逃げ出すのに。慰めてくれるなんて、ますます惚れちまうじゃねぇか!」


 ずいっと兎に身を寄せ、素早く両手を盗むように掴む。そして、頬を染め猫撫で声で兎に語る。


「もう、銃の扱いとかどうでもいいよな? いいだろ! 恋愛が分からないなら、一から教えてあげるからさぁ。男なんかより女の方が絶対良いって。え? 同性同士の性交の仕方が分からない? それこそ手取り足取り――」


「は、話を勝手に進めないで下さい!! 諸々、丁重にお断り致します!」


 引き攣った笑みで兎は返事。この人は下手に優しくするとつけ上がるタイプと認識。猛省にかられるが、すでに遅かった。


「そんな事言わずに! 優しくするから!」


「謹んでお断り致します!」


「先っちょだけでいいからさ!」


「意味が分かりません……!」


「じゃあせめて、「お姉さま」って呼んでくれ! 後で一人で妄想するから! 最近ご無沙汰なんだよ〜!」


「し、知らんがな! もう……勘弁して下さい!」


 トラの毒牙が兎に襲いかかろうとした、その時。店の入り口に一つの影が現れた。


 兎は助けを求めようと、喉元まで「店長!」という言葉が出てきていたが、止まってしまった。


 何故なら、視界に映ったその人影は、店長ではなかったからだ。

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