第27話・三寒四温
三月も中旬が過ぎ、先輩達の卒業式の日。まだ寒い日もあれば、春と言って良いほど日差しの優しい日もある。三寒四温なんて言葉があるらしいが、まさにそれだ。冬用コートをしまい込むタイミングはまだ見つかりそうもない。
――そろそろ、ミケが遊びに来てくれるようになるかなぁ?
暖かい日があれば、何度も隣のブロック塀の上を覗き見してしまう。丸い顔の三毛猫が長い尻尾をピンと伸ばして歩いてくる光景が待ち遠しい。冬の間は本当に数えるほどしかミケの姿を見ていない。入院していたっていうのもあるのかもしれないが、あまり散歩に出ていないのかも。早くミケが遊びに出掛けたくなるような季節になればいいのにと、願わずにはいられない。
普段と同じ時間に登校して、千尋達二年生は体育館内に卒業式の会場設営をさせられていた。バスケットボールのコート二枚分もあるスペースに、参列者用のパイプ椅子を並べていくのだ。二年になってから、何かにつけて行事の設営に借り出されるようになった。まだ不慣れな一年生と、受験を控えた三年生に挟まれて、二年生というのはまるで中間管理職みたいだ。中弛みの二年なんてのは絶対に嘘だ。忙し過ぎて弛んでいる暇なんて無かったように思う。
ようやく並べ切ったパイプ椅子を、教師の指示を元に列を真っ直ぐ整えていく。先輩達にとって、中学生活の締めくくりとなる今日は、後輩達が都合の良い労働力にされてしまう日でもあったのだ。一年生だった去年にはそんなことだとは想像もしていなかったのに。
「そこ! 真ん中辺りから微妙に斜めになってるぞー」
「ええーっ、どの辺ですかぁ?」
「いち、にい、さん……六つ目からだ。そこが曲がってるから、後ろも全部同じように斜めになっていってる。一列ずつ修正して」
なかなかオッケーをくれない神経質な教師の指示に、生徒達はうんざり顔をしつつも従っていく。微調整を繰り返しながら設置した会場が、二年間お世話になった先輩達の旅立ちの舞台になるのだ。来年は自分達がという思いを胸に抱き、厳かな雰囲気に仕立てられたステージを見上げる。
「これ、片付けるのもやっぱり私達なんだよね……?」
生徒の誰かが、ぽつりと嘆くように呟いたのが聞こえてきた。体育館中に敷き詰められたシートと、その上にずらりと並んだパイプ椅子。来賓用の長机に、花道を作っている沢山のプランター。進級まで残り僅かとなって、過去最高の労働をさせられている気分だ。
この作業もまた、今日旅立って行く先輩達もこなしてきたのだと思うとちょっとだけ灌漑深い。
中学生活最後のホームルームを終えた卒業生が、校門やグラウンドなどのそれぞれが思い入れある場所で、自由に記念撮影をしあっている。泣き腫らした目のまま友達同士で抱き合っていたり、グループでお揃いのポーズを取って騒いでいる人達。担任教師までもが当然のように巻き込まれている。
この人達は全員、明日からはもうここへは通って来ないのだ。長ければ小学校からもずっと一緒だった仲間が、四月からは別々の高校へと進んでいく。中学の卒業が人生で一番初めに経験する大きな分かれ道という生徒も多いだろう。
千尋達は両手で花束を抱えて、そんな集団の中に見知った顔を探していく。毎年恒例の、部活の先輩への花束贈呈だ。胸に造花を付けた卒業生の間をぬって、読書部の二年生五人はキョロキョロと見回していた。
「やばい。もう帰った先輩とかもいるんじゃない?」
「えーっ、さすがにそれは無いでしょ……まだ終わったばっかりなんだし」
他の部に在籍する生徒も、自分達の先輩用に用意した花束を持って、ウロウロしている。生徒だけじゃなく、卒業生の保護者も居るから、どこもかしこも人だらけ。
「飯塚先輩と金子先輩、いたよー」
千尋以上に幽霊部員な相模桃花が、ようやく最初の先輩を見つけたと、こちらに向かって手で合図してくる。優香と一緒に駆け寄って行き、二人の先輩を取り囲んでお祝いの言葉を投げかける。
「ご卒業、おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす」
在校生で書いた寄せ書きの色紙と共に、片手サイズの花束を差し出す。二人の男子生徒は照れ笑いを浮かべながら、礼を言って受け取ってくれた。そして、「大西さんはグラウンドの階段で写真撮ってたよ。あと、まだ教室に残ってる人もいたなー」と教えてくれる。彼らも去年はこの先輩探しに苦労したから、今の千尋達の気持ちをよく分かっているのだ。
まだまだ盛り上がり続けている先輩達に礼を伝えてから、二手に分かれて別の先輩の姿を探し求める。千尋は有希と一緒に、グラウンドの近くで写真を取っているという大西清香のところへ向かった。
グラウンドに近付いていくと、昇降口前よりも賑やかに騒ぐ声が聞こえてくる。こちらは運動部員が固まっているらしく、大きな人だかりがいくつも出来ていた。
「せんぱーい、一緒に写真撮って下さーい」
一、二年生に囲まれての記念撮影大会になっているみたいだ。野球部の集団の横を通り過ぎ、グラウンドへと続く階段のところで、ようやく大西の姿を発見する。仲良しグループという感じの女子三人で階段の途中に座り込んで、しんみりと話し込んでいたみたいだった。
「大西先輩、ご卒業おめでとうございます」
「わー、ありがとう。ごめんね、こんな分かり辛いところに居て……」
「いえいえ、飯塚先輩が教えて下さったので、すぐ見つかりました」
大西は渡された色紙を嬉しそうに目を細めて眺めている。ほとんど幽霊部員だったけれど、こないだの棚移動のような肝心な時には必ず駆け付けてくれた彼女は、千尋にとって憧れの先輩だ。彼女がいると、周囲がほんわかとした空気に包まれるから安心できる。あの好戦的な飯塚でさえ、大西がいる時は喧嘩腰が続かないのだから。
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