Prologue 孤高な王

炎は善悪を選ばず


呼ばれた名が正しければ、それでよかった


ただの一歩が、何かを壊した


それを見ていた















 燐光りんこうが、玉座を舐めるように揺らめいていた。

 宮廷の奥。王自らの手で創り上げた香が揺蕩たゆた紅玉こうぎょくの間。王との謁見が許されるその場には灯火の数より静寂の方が多く、空気の流れすら王の許可なく動けぬとでも言いたげに凍り付いていた。

 玉座に座す男――ライゼ・ヴァルトシュタイン。

 その眼差しは鋼鉄のように冷たく、死者の眠りのように深かった。戦火に焼け焦げたような長髪、冷厳な輪郭、美しくも威圧的な気配は彼がこの世界の支配者であることを否応なく周囲に知らしめる。知る人間もいないというのに。

 「人間」は誰一人として存在せず、「王」だけがただ"在る"空間。遠くから祭りの喧騒が聞こえる事はない。戦災に喚く人間の慟哭も届かない。常ならばかき消されるだけの香の燃える音が、ただ静かに空間を揺らしていた。

「……くだらん」

 不意に、地を這うような声が玉座の間に落ちた。それは他者に向けた罵りではない。己の過去、かつて"人間"だった部分へと向けた嘲笑だ。



王には家庭が要らない

王には夢が要らない

王には感情が要らない

王には愛が要らない


王には支配と威厳、それだけが在ればよい


王とは、孤高たるべき存在なのだ






「陛下、ヴェラノス教についてご報告が」

 密偵派閥、「影使い」に属する一人の男が紅玉の間の扉を開いた。

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