パラドックス欠片の共鳴

詩乃

序曲:輪唱

序曲:輪唱

――鈴?

 大勢が行き交う道の真ん中に、持ち主に見捨てられたかのように“ポツン”と寂しげに転がる鈴があった。

 普段なら、地面に落ちている小さな物などあまり気にも留めないはずなのに、なぜかその鈴だけはしずくの視界を惹きつけた。

雫はその鈴に、咄嗟にそっと手を伸ばした。


 その瞬間だった。

足元が“ぐにゃり”と揺らぎ、めまいのような感覚が身体を襲う。

同時に、記憶の奥底で“パリン”と何かが割れる音が響いた。


――記憶にない。

 けれど、それは確かに〝自分のもの〟だと断言できる映像だった。

 鮮明でも不鮮明でもない断片たちが映し出す様々なイメージが、

キラキラと異彩を放ちながら音の形を変え、不調な“輪唱りんしょう”となって、頭の中で静かに、不協和音を奏ではじめた。


「あ……」

 雫は、グラリと自分の身体が傾くのを感じ、必死に何かすがるものを求めて空に手を伸ばした。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

 少し離れた場所で母の手伝いをしていた、五つ年下の妹・ひなたが、雫の異変に気づいて駆け寄ってくる。


「……! お姉ちゃん、鼻血が出てる!」

 倒れかかった雫を抱きとめるようにして、陽は周囲の人たちに姉の異変を知らせた。


 そんな様子を、視界の端にぼんやりと映しながら――

 雫は、記憶の欠片たちが奏でる不調な音の輪の中へ、静かに沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る