ラッティの試練 その5 ランディ

 ビヨンドは目が覚めると、目の前は真っ白だった。

 体を起こして辺りを見渡すが、何も存在せず、どこまでも真っ白だった。


 先ほどまでの闘いを思い出そうとした。

 そして、謎の黒い腕に殴られ、ルーフに敗北したことを思い出す。


「ああ......。私、負けたんだ......」


 おそらく当たり所が悪く、死んでしまった。

 そして、今いる場所は死後の世界ではないか。

 ビヨンドはそう考えた。


「はぁ......。十六歳にして人生おしまいかぁ......」


 ビヨンドは再び寝転がり、宙を見つめる。


「これから天国へ行くのかしら? そもそも、怪盗って天国へ行けるのかしら......? 犯罪者だし......」


 寝転がりながら、この先を考え始める。

 だが、死後のことに関する知識などほとんど無いので、すぐに考えるのを辞めてしまった。


「このまま死ぬの、嫌だなぁ......」


 ボソっと呟くビヨンド。


「キラーナさんを追い越すどころか再会もできてないし、お父さんもどうなったか分からないし......。私に期待を込めて傘を託してくれた学園長、訓練をしてくれたラッティさんに成果を見せることもできず。レパールのことだって、もっとおちょくってやりたいし

 ......。クレナイさんのことを、私に襲い掛かったことを後悔するくらい叩きのめしてやりたいし......。それに......」


 頭の中に、大切な親友の姿を思い浮かべる。


「ランディ......」


 ビヨンドの頭は、死にたくない、死にきれないという思いで埋まっていた。

 そんなビヨンドを、誰かが覗き込む。

 涙目だったビヨンドからは、はっきりと見えない。


「誰......?」


 目をこすると、なんとランディが覗き込んでいたのだ。


「ランディ!?」


 ビヨンドは勢いよく体を起こす。

 すると、ランディの頭と自分の額が思い切りぶつかってしまう。


「「痛っ!」」


 ビヨンドとランディが同時に叫ぶ。

 同時に額をさすり、同時に目を合わせる。


「どうしてこんなところにランディがいるのよ!?」


「えへへ。多分、ビヨンドちゃんが呼んでくれたからじゃないかな?」


 少し寂しそうな顔をしながらランディが言う。


「あのね? ビヨンドちゃんはもしかしたら、自分が死んじゃったって思ってるかもしれないけど、そんなことないよ!」


「し、死んでないって......。じゃあ、ここは......」


「多分、ビヨンドちゃんの想像の世界じゃないかな? ......でも、この世界のことよりも大切なのは、ビヨンドちゃんが生きてるってことだと思うよ?」


「でも、そのうちルーフにとどめを刺されて死ぬんだから、今生きてても仕方ないんじゃ......」


「本当にそう思う?」


「えっ......?」


 ランディの言葉にきょとんとするビヨンド。


「だって、ルーフさんは怪盗であることに誇りを持っていて、しかも、私のお願いを聞いてビヨンドちゃんを助けてくれた優しい人だよ? そんな人が、簡単に人を殺せると思う?」


「そ、それは......」


「とにかく! まだ生きてるってことは目覚めるかもしれないんだから、その時のための作戦会議しようよ! ね?」


 ランディはビヨンドの手を握りながら説得する。


「それで、生きて帰って、現実世界でまた会おうよ! 私だって、ビヨンドちゃんとお話できなくなるのは嫌だもん!」


「ランディ......。......うん! 私、まだ諦めない!」


「その意気だよ! 流石、私の弟子だね!」


 ランディはビヨンドの頭を撫でる。


「さて、それじゃあ作戦会議、開始!」


 ランディの宣言で、ビヨンドが窮地を打開するための作戦会議が始まった。



「じゃあまず、状況を予想しましょう。おそらくルーフは、私を殺すために、私の近くにいるはず」


「そうだね」


「ルーフが本当に優しい人間なら、苦しまずに殺すために首や心臓を狙うはず。そして、的確に狙うためにかなり近づくと思うのよね。だから、すぐ横に座っているなり、しゃがんでいるなりしていると思うのよね」


「しゃがんでいるんだったら、腕を......。腕が遠かったら、レイピアを引っ張って転ばせるのはどう? そうすれば、転んだ隙に虹の弓を盗めるし!」


「それいいわね。採用しましょう。じゃあ、もし座っていた場合だけど......。とりあえず、髪の毛を引っ張るのは却下ね。今のあいつの髪の毛は偽物だろうから、引っ張っても偽物の髪が外れるだけだろうし......。」


 ビヨンドは別の方法を考える。


「そういえば、気を失った時に衝撃が走ったから、壁の近くに倒れてるのよね? だったら、壁を蹴って勢いを付けて、あいつの頭を蹴り飛ばしてやろうかしら?」


「はは、ビヨンドちゃんらしいね」


 ランディが笑う。


「それで、あいつの姿勢を崩したところで、虹の弓を盗む。そしたら、一旦疾風の靴で距離を取るわ。真上や真後ろに移動すると光の攻撃で追撃されるから、斜め。光が飛んできたころには下に降り始めるように力を調整するわ」


「それから傘の回収だね」


「ええ。まずは傘の場所を把握するために、あいつを油断させるなり、気を引くなりしたいわね。......一か八か、虹の弓を撃ってみるわ」


「え!? ビヨンドちゃん弓も使えるの!?」


「当たり前よ。地元では弓で海鳥を撃ち落として夕食にしてたんだから。それで、矢を撃ってあいつが避けたところで傘の位置を確認。急いで取りに行くわ。後は脱出方法だけど......。......って、ランディ!?」


 突然、目の前のランディの姿が霞み始める。


「......もしかして、意識が戻ろうとしてるんじゃない?」


「そんな! まだ作戦が最後まで決まってないのに!」


「......でも、ビヨンドちゃんならどうにかなると思うよ! ビヨンドちゃん優秀だし! きっとどうにかできるって信じてる! だから......」


 姿形を保てていないランディが、ビヨンドを抱きしめる。


「絶対、生きて帰ってきてね。そして、またお話しよう」


「......うん! 絶対成功させるね!」


 目の前のランディが更に霞み、消えかかっている。


「ビヨンドちゃん! 準備はいい!?」


 ランディが確認をする。


「大丈夫よ!」


 ビヨンドが頬を叩き、気合いを入れながら返事をする。


「それじゃ、頑張ってね! ビヨンドちゃん!」


「ええ! 怪盗ビヨンド! 行くわよ!」


 ビヨンドの言葉と共に、ランディの姿は完全に消えた。

 そして、ビヨンドは再び意識を失った。



 ルーフはビヨンドの首元にレイピアを当てたまま、動けずにいた。

 レイピアを持つ腕がプルプルと震え、冷や汗が顔から垂れている。


「殺さなければ......。確実に任務を成功させるために、殺さなければ......!」


 だが、ルーフの腕が動き、レイピアで首を切り裂くことはなかった。


「......できないっ! 私に殺しなんて......! 私は殺し屋じゃない......! 怪盗だ......! 殺しなんて、怪盗としてのプライドが......!」


 ルーフが苦悶の顔で呟く。

 冷や汗はどんどん溢れていき、目に入った。

 視界がぼやけたルーフは、目を擦ろうとした。


 その時、ビヨンドの目が開いた。

 ビヨンドは即座に目の前の情報を的確に分析し始める。


 ルーフはしゃがんでおり、レイピアを自分の首に当てていた。


 状況を理解したビヨンドは、レイピアの先端付近を掴み、思い切り引き寄せた。

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