第26話

 その後、秀雄と合流して屋敷に戻った。

 成孝は夜会会場からずっと眉を寄せて一言も話をしなかった。


「椿、もう休んで構わない」


 休むように言われて椿は素直にうなずいた。


「それでは……おやすみなさいませ、成孝様。秀雄様」


「ああ、おやすみ。椿!!」


 秀雄は笑顔で声をかけてくれたが、成孝はじっと椿を見ているだけだった。

 そして椿の部屋の前で別れて、成孝と秀雄は成孝の執務室に入った。


「どうした? 何か問題でも起きたのか?」


 黙り込む成孝に向かって秀雄が怪訝そうな顔で尋ねた。


「いや、信じられないほど順調な夜会だった。しかも椿のおかけで、黒岩家と財前家の夜会に誘われた」


「は!? 黒岩家!? どうしてそんな繋がりが!?」


「皆、椿を気に入ったと言っている」


「へぇ~~椿、やるな!! でもそれならもっと椿を労えよ。初めての夜会で問題もなく過ごせて、顔つなぎまでしてくれたのだろう?」


 秀雄の言葉を聞いて成孝が、はっとして顔を上げた。


「そうだな……」


 素直に秀雄の意見を受け入れる成孝も珍しくて、秀雄はますます眉を寄せた。


「おい、本当にどうした?」


 成孝が、重い口を開いた。


「月田から妹との縁談を持ちかけられた」


「は? 月田って、あの月田六輔のことか?」


「ああ」


「来ていたのか……これは想像以上に大物が釣れたな。まさか、月田の方からが声をかけてくれるとは思わなかったな。月田家の令嬢は、成孝に気があると聞いていたが……許嫁の噂を聞いて本格的に動き出したのか……」


 秀雄の言葉に、成孝は眉を寄せたが、そんな成孝の様子には気付かずに興奮しながら話を続けた。


「月田家と繋がれるのならこれ以上の相手はいないな。縁談を進めるだろ?」


 成孝は沈黙した後に「そうだな……だが、椿が……」と小声で言った。

 そして秀雄が楽しそうに言った。


「まぁ、初めから成孝に本命が出来るまでだと言っていたし、椿ならすぐに次の相手が見つかる。あ、そうそう。この前会った時思ったが、西条宗介。あいつ、絶対に椿に気がある」


「は?」


 成孝が唖然としながら秀雄を見た。


「もしも椿が、家から西条家に嫁いでくれれば、西条家とも繋がれる」


 そんな秀雄に成孝が大きな声を上げた。


「西条だって、条件のいい家の令嬢と繋がるだろう?」


 秀雄はいつものように気軽に言った。


「ん~~それなら、俺が椿を嫁に貰うのもいいな。椿といるのは楽しいからな……うん、妙案だな。まぁ、椿の相手は気にするな!」


「……」


 成孝は唖然としながら、秀雄を見ていたが秀雄は特に気にすることもなく楽しそうに声を上げた。


「うん、いいな。それ。じゃあ、成孝、詳しい話は明日な」


 そして、部屋を出て行った。

 秀雄を見送った成孝の胸の中に得体のしれないどす黒い感情が渦巻いていた。

 自分でも制御できそうもないほどの痛みと不快感に、成孝は胸を押さえた。


「椿が……他の者と……」


 声に出すとますます不快感が込み上げてきてどうしようもない。


「成孝様。お湯の用意ができました」


 廊下から使用人の声が聞こえて、成孝はとりあえず身を清めることにしたのだった。




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