第16話
政宗の部屋に入り西洋長椅子に政宗を座らせた。椿は隣に座って背中をさすった。
「いつ……祝言を上げるのだ?」
すると政宗が呟くように言った。
椿は少し考えたが、契約のことを告げてもいいものかわからなかったので、言葉を濁した。
「……祝言の予定はありません」
「は? 同棲までして祝言の予定がない? 成孝、年頃の令嬢に何を不義理なことを!!」
政宗は胃が痛いと言っていたにもかかわらず、凄い立ち上がると部屋を飛び出した。
「政宗様!!」
椿は後を追ったが、廊下は走ってはいけないと言われているので、廊下を走る政宗には追い付けない。
「成孝、開けるぞ!!」
そして、政宗は成孝の執務室に入ったので、椿も遅れて執務室に入って扉を閉めた。
すると政宗は成孝に掴みかかる勢いで凄んでいた。
「おい、成孝。椿と同棲までしておいて、祝言の予定がないとはどういうことだ?」
成孝が『これはどういうことだ?』というように椿を見た。
「申し訳ございません。どこまで説明してもいいのかわからなくて、『祝言はいつだ?』と聞かれて『予定はない』と答えました」
成孝は、溜息をついて口を開いた。
「落ち着け、政宗。椿とは偽装の許嫁契約を結んだのだ。本当に婚姻を結ぶことはない」
政宗はさらに怒りを滲ませた。
「偽装の許嫁契約? なおさら人道に外れているだろう!! 許嫁を解消した後、椿をどうするつもりだ!!」
「しかるべき相手を責任を持って見つけると約束した!!」
政宗の瞳から怒りが消えた。
「椿の相手は成孝が見つける? 契約期間中は誰とも祝言を上げることはないということか?」
成孝が疲れた顔で言った。
「そういうことだ」
そして、政宗は椿を見た。
「椿はそれでいいのか?」
椿は「はい」と答えた。すると政宗が「そうか……当分は椿は嫁がないのか……」と言ってしばらく黙った後に、時計を見た。
「椿、遅れる!!」
「あ、はい!!」
そして、政宗は急いで成孝の部屋を出たので、椿も成孝に頭を下げて成孝の部屋を出た。
残された成孝は「何だったのだ?」と呟いた後、再び仕事を再開したのだった。
椿と政宗が部屋に戻ると、胃薬を持った徳永と会ったが、「すでに回復した!!」と言って、走る政宗を見ながら徳永は唖然としていたのだった。
椿は慌てて支度を手伝って、政宗を見送ったのだった。
◇
椿が政宗を送り出した後に成孝の書斎に行くと、成孝が疲れた顔をしていた。
「参りました」
椿が声をかけると、成孝が顔を上げた。
「椿、仕事だ。この封筒の中に書かれた人物の住所をこの紙に書き写せ。あとでデパアトに行ってお詫びの品のを送る手配をする」
成孝が指を差した場所は、お見合いの釣書が積み上げられていた。
「はい」
椿は封筒の束を抱えると、西洋長椅子の前の低い机の上に置いた。
(大体、三十枚はあるわね……)
椿が封筒の束を机に置くと、成孝が立ち上がり、再び声をかけた。
「椿、それだけでない」
そう言って、本棚の一番下の封筒の束を指差した。
「それも全てだ。頼む」
先ほど成孝の机の上に置いていた量の二倍はある。
椿は「はい」と返事をすると棚の下の封筒の束を二度にわけて運び机に置いた。百件分には満たないがそれに近いほどの封筒を机の上に四つの束にして積み上げた。椿は、羽ペンや紙、インクなどを用意すると成孝を見た。
「成孝様。字はいかがいたしましょうか? 成孝様の字を真似ますか?」
椿の問いかけに、成孝は一瞬、意味がわからず、固まった後に口を開いた。
「字をどうするか? ……まさか、筆跡を真似ることができるのか?」
「はい」
成孝は、少し考えた後に答えた。
「私の字である必要はない。デパアトの配達人が読める字で、椿の最速で書ける文字でかまわない」
「かしこまりました」
椿は西洋長椅子ではなく、絨毯に正座した。
「椿、下で書くのか?」
「はい。その方が楽ですので」
椿はまる背中に棒が入っているかのように真っすぐに姿勢を正すと、封筒の中を開けて住所を確認すると、次々に住所を書き写していく。しかも、早いのに正確で封筒を乱雑に扱うこともなく丁寧だった。
惚れ惚れするような流れる動作で住所を書き写していく椿に成孝はいつの間にか見とれていた。
「……忍びとは、本当に凄い一族なのだな……」
成孝はそう言った後に「椿の机も用意する必要があるな。午後からは銀座に行くか」と言って自分の仕事に取り掛かったのだった。
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