第24話

今回は――


葉と紗英が一緒にスコーンを焼く朝のお話をお届けします。


“ひとつぶ”の静けさは、

厨房の奥からも生まれています。

あたたかい香りと、ことば未満のまなざしが交差する、小さな記録です。



『まんなかの朝』


 店を開ける前の朝、まだ空が白んでいる時間。

 厨房には二人分の影があった。


 葉が粉をふるい、紗英がバターを切っていく。

 コト、サラサラ、トン――

 ことばの代わりに、音が会話をしていた。



 「葉さん、スコーンって、生地さわりすぎちゃダメなんですよね」

 紗英がふと聞く。


 「うん、こねすぎると固くなる。

 手の熱も伝わりすぎないほうがいい」


 「……でも、それって難しいですね。

 ちゃんと混ざってほしいけど、混ぜすぎないって」


 葉は少し笑った。


 「……ひととの距離感みたいだね」



 粉とバターの生地をまとめていく指先は、

 やさしいけれど、どこか遠慮がちだ。


 「このくらいでいいかな」

 「うん。触りたくなるけど、“これでいい”って止めるのがコツ」



 焼きあがったスコーンは、表面がほんのり割れて、

 少しだけ陽に焼けた山みたいな色をしていた。


 紗英がオーブンの前で立ち止まる。


 「……ちゃんと、香りが朝になってる」



 ふたりで1個ずつ、割って食べる。


 「さっくりしてるのに、ほどける」

 「うん。焼きたては、やっぱり静かにしゃべるね」


 「……え?」

 「このスコーン、声じゃなくて、“音”で話しかけてくる感じ。

 割ったときの音とか、口に入れたときの温度とか。

 “いま、ここにあるよ”って言ってくれてるみたい」



 店を開ける時間が近づいてくる。


 「……スコーン、今日も“ひとつぶ”のはじまりですね」

 紗英が言った。


 葉は頷いて、

 焼きたてのかごをカウンターの上に並べていく。



会話をしなくても、

同じ朝を焼くことができる。

静かな手と手が、厨房に今日の空気をつくっていた。


 “ひとつぶ”のスコーンには、

 ことばにしなかったやさしさが、ちゃんと詰まっている。

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