18:詰所管理人イトウ(交換所)
「おっ? 貴様、まだ生きていたのか。相変わらずしぶといやつだな」
ポイント交換の詰所で、管理人のおじいさんにご主人は声をかけられました。
「誰かと思ったら、イトウ先生じゃないか」
「獄卒ってのは、耐用年数が五年と言われて久しいが、たまに貴様みたいなのがいるからなあ。本当の耐用年数を知りたいもんだよ」
管理人のおじいさんは、にやりと笑います。
このおじいさん、只者ではなさそうです。
*
獄卒のひとは
獄卒のひとたちは、『星』とも呼んでいます。
ポイントは討伐数に応じての金銭支給に繋がるほか、基本的にわるいひとの多い獄卒の評価にも繋がります。よって、善行ポイントなどとも呼ばれています。
貯まれば昇格して、最終的に一般市民になれると聞いていますし、マイナスの度が過ぎれば、たいへん厳しい環境に派遣されて、実質処刑されてしまうこともあります。
ご主人は、といいますと……。
ご主人は、ずーっとUNDERというわるい評価を受けています。
一方でご主人はお仕事ではエース級の腕前なので(身分証に黒い星が何個もついています)、そこは申し分ないですが、素行が悪いからマイナス評価なんですよね(具体的には、ほかの獄卒の人と喧嘩になったりとか)。
ただ、それをいうと、ご主人、あえて調整していると自分では言います。
「評価が良すぎると、それはそれで困るんだよなー。しょぼい悪事でマイナスされてちょうど良いくらい」
確かに、ご主人、ちょっと成績が良すぎると、他の人に『星』をあげちゃうことがあります。星の売買は表向き禁止ですが、横行しているし、黙認されています。
誰もが、ご主人みたいに強いわけでもないですから、そういった人はお金で星を買ったりしていて、そこはそこでうまく経済が回っているらしいです(悪い世界ですが)。
一方で、ご主人は気に入ったひとには、無料で星をあげたりすることもあります。例えば悪いお友達のハブさんなどにです。
このへん、スワロはモヤっとしてしまいますが、ご主人、それなりに仲間の人に優しいんですよね。
星こと識別票の読み取りは、アシスタントが管理します。スワロのような自立型のアシスタントは多くないので、普通はタブレットに自分で読み込んで、それを持って詰所で申請します。
スワロの場合は、基本はスワロとご主人が一緒に申請する必要があります。
しかしご主人は、交換のための詰所に行くのを面倒がるので、困っています。スワロ単体で行かせたり、最悪、レシートに印刷させて誰かに行かせたりしていました。
ただ、タイロと仲良くなってからは、自分から管理局に行く用事も増えました。
ポイント申請の詰所には色々な種類があり、正規の管理局職員と顔を合わせるところは不人気です。なので、タイロのいる管理局の獄卒管理課なんかはへんなひとがすくないのと、混んでおらず一瞬で手続きが終わるので、スワロはそちらの方が好きです。
タイロもお出迎えしてくれますし、ご主人もタイロに構いにいくのは好きですし、率先していくこともあります。
他の詰所はというと、獄卒街にあることが多く、結構怪しげなところも多いです。そういうところにはご主人は、スワロをひとりでいかせません。
ご主人、口は悪いし、スワロ使い荒いけれど、『かほご』なんです。
「お前には良い部品使ってるからな。連中になにされるかわからねえ。とっ捕まって、スクラップにされたら大変だ。あんなとこ、一人で歩いちゃダメだぞ」
それはちょっとかほごだと思います。スワロだって戦闘用なんですよ?
今日やってきた詰所は、獄卒街の片隅にある交換用の詰所です。ここの交換所は、土地柄、それなりのエース級のひとが多いところとされていますが、それだけに癖のあるひとも多いです。
揉め事は日常茶飯事。喧嘩も刃傷沙汰も珍しくはありません。
プロ級の戦士が多いので、スワロに近い自立型のアシスタントを連れているひとも見かけます。そういうピリピリ感があるので、スワロがみんなとお話しすることはほとんどないのですけれど。
今日は、ご主人、しばらくポイント申請をサボっていて、お金も少なくなったので、通りすがりに申請するつもりになったようで、ここに立ち寄りましたが、相変わらず緊張感もあるし、ひとも多い詰所です。当然待ち時間が発生しています。
周りに危ない感じの人が多いですが、ご主人、喧嘩しちゃダメですよ。
そう注意すると、
「安心しろ。ここの管理人のイトウのオヤジはヤバいやつだから、実際は揉めるやつは少ない。あのオヤジ、俺よりヤバいと思う。正直、イカレてやがる」
小声でそういうご主人でした。
その管理人というのが、このおじいさん、イトウさんのようです。
確かに意外とがっしりした体つきで、ただものではなさそうです。
「アンタに長生きって言われてもな。五年程度のキャリア乗り切れてるやつは、あちらこちらにいるだろ」
管理人さんとご主人は顔馴染みなので、ご主人はなれた口調です。
「何言ってんだ。獄卒の耐用年数が五年ってのは、生き延びているって意味じゃないぜ。体の方じゃなく、頭の方が環境に耐えきれなくてイカレちまうという話」
「あー、それは立ち回りの下手なヤツの話な」
ご主人、口に電子煙草をくわえつつ、気楽に話をしています。
「なかなか戦いから逃れられねえさだめだが、そういうのに慣れねえ奴はどんどん淘汰されてしまう。でも、うまくやってる奴もいくらでもいるだろう。星買ったり、管理局にちょっと恩を売ってそれなりの立場になって、お目こぼし貰ったりさ。獄卒として生きるならそういう知恵だって必要だって話なだけだ」
「貴様の場合は、適性がありすぎるんだよ。暴れるのが好きなタイプだろう?」
「身も蓋もねえこというなよな。否定はしねえが」
結構、皮肉なやり取りをしていますが、うちのご主人もこういうのは平気です。
「まあいいさ。長年見知った顔が少なくなるのは、年を取ると寂しくなるもんだし、イカレてここで暴れるられるのは、俺の仕事が増えてもっと困る。貴様みたいなやつが定期的に顔を出すぐらいがちょうど良い刺激だ」
「ひでぇ言い草だな。人を娯楽の材料みてえに。しかし、アンタも変わらないね、イトウ先生」
ご主人がちょっと呆れています。
「アンタこそ、調子に乗った獄卒ねじ伏せるのがシュミなくせに」
スワロ、この管理人さんが実際喧嘩している獄卒さんを取り押さえているところを見たことはないですが、ご主人の言い分を信じると大概なひとな気がします。
「しかし、貴様の連れてる丸い子も、ずっと一緒だな」
管理人さんはスワロを見ていいました。
「アシスタントは、取っ替え引っ替えするもんじゃねえからな。こいつだってちゃんとメンテして、アップデートを重ねていけばいいだけの話だ」
どうも管理人さんの関心は、スワロに向いているみたいです。
「だが、自立型かつ武器連携型のそいつは、メンテ費用もかかるだろう。それを含めて考えると、貴様みたいにアシスタントを可愛がってる奴、そんなに居やしないからな。おっかねえ噂の割には、その子ずいぶん可愛がってるそうじゃないか」
「んー、そりゃ、金食い虫には違いねえが、まあその、相性ってのもあんだろ。むげにするもんじゃねえ」
ご主人は、ちょっと照れたように言葉を濁します。そして、
「自分だって昔使った武器やらナビやら使ってるくせに、アンタに物好きって言われたくはねえな」
ご主人はため息をつきます。
「アンタとツカハラ隊長は、元白騎士部隊連中のなかでも特にやべえよな。だから、こんなところに天下りしてんだろうけど。引退しても、アンタらは油断ならねえから怖いぜ」
管理人さんはニヤリとします。
白騎士というのは、昔、管理局が備えていた肉体改造された強化兵士のことらしいです。
スワロもその頃のことは、あまり知りませんが、昔は部隊がいたのだとか。
「ツカハラと一緒にされたくねえな。俺の方がまともだ」
「どうだか」
管理人さんは、楽しそうです。
「何はともあれ、貴様みたいな奴が長生きして、俺におもしれえ話をしてくれるのは、俺にとっても有益ってことだ。もっとこっちに回ってこいよ」
「俺はここは待ち時間が長えし、ろくなやつがいねえから、あんまり来たくはないんだがよ。アンタに面白い話ししたところで、なんの見返りもねえし」
「見返りか」
と、管理人さんが、ふと何か思いついたようです、
「そうだ。ツカハラのことで思い出した。せっかくだから、貴様の大切な小僧っ子にいいものをやろう。これで等価交換になるだろう?」
そういって管理人さんは、机の引き出しから小さなものを出してご主人に渡しました。
「こいつなら、そのおちびさんには合うだろ」
「なんだこれ」
ご主人はそういいながらも、なにか気づいたようです。少しだけご主人が眉を上げたのをスワロは見ました。
スワロはご主人の手のひらを覗き込んでみます。
管理人さんが差し出して来たのは、観覧車のマークのついたピンバッジです。
そして、このピンバッジ、あの仕立て屋さんで売っていた、スワロが今おこづかいを貯めて買おうと思っているブローチと同じモチーフが描かれています。
観覧車と遊園地のモチーフで、絵の細部もそっくりです。ただ違うのは、あれはブローチでですごくこまやかな作りだったのに対して、こちらのほうは小さな金属製のピンバッジ。金属の型に、色を流し込んで彩色しているみたいです。
でも、間違いなく同じモチーフです。
「これはどうしたんだ、先生?」
ご主人が尋ねます。
「こいつは、こないだ荒野の奥地に行って来た獄卒連中が拾ってきたピンバッジだ。奴らが売れねえから捨てるというので、二束三文で引き取ってやった。大量に残ってるが、ここにくるロクデナシ共には、似つかわしくねえからな、こんな可愛いもん。でも、貴様のところの子はこういうの好きだろう」
「そうか。こんなもんがまだ残ってたんだな」
ご主人はどうも思い当たりがありそうです。
「イトウの旦那は、このバッジがなんなのかわかるだろ?」
「わかるさ。俺だって白騎士の当事者だ。白騎士がまだ実験段階からのな」
管理人さんは言います。
「最初は、俺やツカハラみたいなやつが自分から申し出て強化兵士になったもんだが、それ以降は浮浪していたガキを使ったからな。そういったガキどもが心の慰めに遊園地をひと回りする時に与えられたツアーのバッジ。まあでも、未使用のままたくさんあったからな。使われないまま在庫になったんだろ」
管理人さんは、すこししんみりそう言います。
「まあ、特に貴様には関わりはあるだろうから、教えといてやろうと思ってな」
「そりゃあ要らん気遣いだな。まあでも、うちのスワロはこういうのが好きだから。ありがたく使わせてもらうぜ。ほら、スワロ、ここにつけるぜ」
ご主人は、ニヤリとして吸い終わった電子煙草をしまい、スワロの帽子にピンバッジをつけてくれます。
ちらりと窓に映ったスワロを見ると、不鮮明なものの、意外とおしゃれなワンポイントになります。
これ、かわいい予感します!
アレンジもできちゃいそう!
スワロも、きゅきゅっと鳴いて管理人さんにお礼を言います。
思ったよりも素敵です!
もしかして、これ、ブローチが買えたら、ご主人とお揃いになるんでしょうか。うーん、ペアはダサいと言われて久しいですが、あのブローチは趣味が良さそうなので、おそろいもやぶさかではないですよ。
うん。ご主人にも似合いそうです!
「そうだ。今でもツカハラには会うか?」
ふと管理人さんが話を変えました。
「会いたくねえけど、たまに出会うな」
管理人さんは、あやしく笑います。
「今度、飲みたいからここに来いって伝えてくれ。まあ、アイツと俺のこと、一回くらい手合わせするかもしれねえから、武器ももってこいってな。あ、貴様もきても良いぞ。参加歓迎だ」
ご主人は、気怠く舌打ちします。
「嫌に決まってんだろ。……そんな引退ジジイどもの血の気の多い余暇に付き合ってられっかよ」
うーん、ご主人をここまで呆れさせるとは。
何かと問題の多い獄卒さんたちを相手にするポイント交換詰所、やはりそこの管理人さんはただのひとではなさそうです。
スワロのおこづかい帳
残高:6,300円(+100円)
メモ:最近は、順調にお金貯まっていましたが、さすがにここにきてネタ切れです。ひとまず、お惣菜の半額セールを待っておかいもの。でも、まだ焦るには早いですからね。
目標まで3,700円
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