第31話 女将八目

 講堂の壇上で昔話を語ったギルバートは、得意げに締めの言葉を綴った。


「_と、いうのがマーべラットの成り立ちだ。これは我が城の禁書庫にある資料に記載されているものでな、知っている者はそう居なかろう」


 唐突に始まった五分程度の語りであったが、どうやらそうするだけの価値はあったようだ。その証拠に初めは戸惑いの色を見せていた講師陣の殆どが聞き入っている様子である。

 氷戈もまた、こうした歴史の類が大好物なのもあって熱心に聞いていた。


 そうして余韻が一段落したところに、リグレッドが切り込む。


「ま、まぁそういうや。まさかここまで深掘った歴史を話すとは思わんかったけど、おかげでこの後の話が入りやすくなるやろ」


 一呼吸置いて、続ける。


「今話してくれよった事実を踏まえて、や。フラミュー=デリッツが資源国家マーべラットを攻め落とす理由が分かるか?」


 リグレッドがこちらに目線を合わせて言うので、氷戈は反射的に答えた。


「資源を狙って...というよりはそのパルトってのが目的っぽい?」


「ザッツライトや。特に向こうがそう公言しとるわけやないが、背景を考えるとその可能性は高いな。・・・まずはフラミュー=デリッツがつい最近までバリバリの軍事国家だったことやな」


「最近まで?」


 氷戈は当然の疑問を投げかけた。

 これに答えたのはギルバートであった。


「うむ。フラミュー=デリッツという国は、その時期に最も強い人間が国の実権を握るという完全実力至上主義の国政でな?しかし二ヶ月ほど前、実権を握っていた者がラヴァスティに取り込まれたのをきっかけに独立国から属国へと成り下がったのだ」


「まぁ元からそういうはあったんやが、名実ともにラヴァスティに取り込まれたんがその二ヶ月前っちゅうことや。・・・ほんでラヴァスティは過去に何度もマーべラット略奪を企てとる」


「なるほど。つまり今回のフラミュー=デリッツの動向の背景にはラヴァスティが関わっている可能性が高いんだ?」


 この会議には二十人弱の人間が出席しているものの、自然と氷戈、リグレッド、ギルバートの三人の会話で成り立っていた。

 氷戈は公に立って目立つのは苦手であるが話に夢中なので気づかない上、しっかりと話が進んでいるため誰も疑問に思うことも無かった。


「可能性が高いっちゅうよりは十中八九確実やんな。さしずめ戦力の確認と儲けた戦力やから最悪削られてもエエっていう魂胆やろう、ゲスいことしよるわ」


「ッ....」


 氷戈は燈和の属する組織にそのような命令を下したラヴァスティに対し、静かに腹を立てていた。

 敵としてではあったが、フラミュー=デリッツで出会ったレベッカやアルムガルド、プロイスなどは仲間や自国を真剣に想って行動していた。仮に燈和がそこに居なくともやっていることはそういった人たちの命を軽く見た、卑劣な行為であることに変わりはない。


 氷戈が黙ってしまい、話に一区切りついたと感じたリグレッドは次の話題へ移ろうとした。

 すると、すかさずある女性の声が割って入った。


「ねぇ、リグレッド?どうして茈結ウチマーべラット防衛それをやることになったのかな?マーべラット向こうが自国を守るために傭兵を雇うのなら、貿易で直接関わりのある他の大国に依頼したと思うんだがね?」


「あっはは...ラビさん、そないに睨まんでも....」


 表向きは笑顔でも、その言葉の節々に圧をしっかりと感じさせる話し方をしたのは『アビゲイラ・ラビエンス』という組織内でもかなり古株の女性である。

 お察しの通り彼女は重度の面倒くさがり屋、というよりは腰が重く、筋の通らない厄介事を嫌う傾向にある。


 これを日頃から重々理解させられているリグレッドは反撃に出る。


「確かに今回、向こうからボクたちに依頼があった訳やない。フラミュー=デリッツが侵攻宣言を出した時にボクの方から向こうにアプローチをかけたんや」


「だろうね。で?」


 アビゲイラは笑顔で、短くそう言う。こんなにも人の笑顔が怖いと思ったことはない。


「り、理由としては三つある。一つは、分かりやすく報酬が美味しい点や!!資源国なだけあって色々弾んでくれるんちゃうかと思うてな!?」


「なるほど?じゃあ理由は二つかな」


「ひん...」


 これは氷戈にでも分かった建前であった。

 そもそもリグレッドはお金というものになんら興味を示さない人間であるからだ。恐らくはアビゲイラの機嫌を取ろうとしたのだろうが、あっさりと交わされてしまう。


 観念したリグレッドは白状するように話す。


「・・・まず、ウィスタリアの戦力を今削がせるわけにはいかなかったからや」


「?・・・なぜここでウィスタリアの名前が出てくるんだい?」


「ええと...なぁギル、言うてエエか?」


 リグレッドは小声でギルバートに話しかけた。

 するとギルバートは返答をせず、アビゲイラへ直接解説を始める。


「我が国とマーべラットとの間には『マーべラットが侵略やその類の危機に瀕した際、ウィスタリアはその防衛に最大限の協力を果たす』という旨の条約が結ばれているのだ。これはマーべラット建国時に成立した密約であるが、今回防衛の主軸となる上にウィスタリアと親交の深い組織である『茈結貴殿ら』には公表しても良いと言付ことづかっている。無論、他言無用ではあるが」


「そうやったんか、向こうの王様は気前がええなぁ!」


「まるで余は違うみたいな言い回しだな?」


 リグレッドは少し拗ねるギルバートを宥めながら話を戻す。


「そゆことで、さっきラビさんが言うた通りマーべラットは当初、条約通りウィスタリアに援軍を要請するつもりやった。せやけどこれが不味い」


「回りくどいね、結論から話しなっていつも言っているだろう?」


「・・・今ウィスタリアの戦力が少しでも分散すれば、ラヴァスティの連中は確実に乗り込んで来おる。表向きの目的をパルトと見せかけて、裏ではそう考えとるに違いないんや....そうや無かったらわざわざ宣戦布告なんてせぇへんやろうし」


「ふむ....」


 事の大きさにさしものアビゲイラも考え込む様子を見せる。

 他の講師陣も想像以上のスケールに驚いたり、話し合ったりして講堂内はザワつく。


 間もなく、アビゲイラが話し始めると共にオーディエンスは再び静まる。


「なるほど話は分かる。けどね、分からないことも多い。まず何故フラミュー=デリッツがマーべラットへ攻め入るとウィスタリアが援軍に駆けつけるという確証がラヴァスティ側にある?密約だったんだろう?」


 少しややこしいが、確かにそうだ。

 マーべラットが攻められた時にウィスタリアが援助する、という密約の内容をラヴァスティ側が知っていない限り、ウィスタリアの戦力が分散するという発想がそもそも出てこないはずだ。


 リグレッドはこの矛盾に答える。


「いや、ラヴァスティ向こうは密約の内容を知っとる」


「おかしな話だね。そんなもの密約とは呼べないじゃないか」


「いや...ラヴァスティ側が知っていてもおかしくはないのだ」


「・・・どういうことです、陛下?」


 アビゲイラは敬語ながらも、毅然とした態度で聞く。

 彼女はリグレッドすら尻に敷いているのでこのような口調で話す姿はあまり見ないが、そもそもこれが本来の『王』との接し方なのだろう。

 その王は、問いに答える。


「これにもやはり、マーべラットの成り立ちが関わってくる。とはいえ、多く語らずとも『術師がウィスタリア、研究者がローツェン・クロイツの生まれであった』と言えば話は早い」


「と、言いますと?」


「・・・当然であるが、マーべラットは建国当初から未知の資源が溢れる国として周辺国から目をつけられていた。正当な交易を望む国もあったが、中には侵略を企てる国も相応に存在した。国を名乗る以上、自国を防衛するための軍事力が必要不可欠なのは理解できるだろうが、資源国ともなればそのスケールを必要以上に拡大せねばならん。そこで当時から大国であったウィスタリアと『軍事力を提供してもらう代わりに採れる資源を安価且つ優先して売り渡す』という旨の密約を結ぶことでこの問題を解決したのだ」


「・・・」


「ここで問題なのは『ウィスタリアのみ』が同盟の対象であった点だ。これには諸説あるが、どうにも当時のクロイツ王はマーべラットの支援には反対していたらしい。それこそどの国も飢饉に見舞われており、余裕が無かったのだろう。クロイツの出身である研究者本人の呼びかけですら一掃したとされている」


 バンっ!!

「それは違いますよ、ウィスタリア王」


「え」


 扉を開ける音と共に突如として割り込んだその声は、氷戈には聴き馴染みのあるものだった。


「む?いったい誰なのだ、其方は」


 怪訝そうな顔をして尋ねるギルバートへまるで答えるように氷戈は声を上げる。


「オ、オリバー!?どうしてここに...?」


『オリバー・ルーン』

 氷戈が根界オルドに来て初めて出来た友達の内の一人であり、今や茈結の任務を共に熟す仲である。


 そんな彼は、氷戈の姿を確認すると逆に質問で返した。


「それはこっちのセリフだ、ヒョウカ。ここには茈結の先生達しか居ないはずだろう?」


「そ、それは....」


 自分がイレギュラーな存在だと言うことを重々理解していた氷戈はオリバーの正論に押し黙る。

 何より、オリバーの表情や声色がいつもより暗いことが氷戈の言葉を余計に詰まらせる。


 そこへイサギがさらに割って入る。


「確かに、ヒョウカの野郎がここに居ンのは不思議だがよ....だからってテメェがここへ入って来て良い理由にはなんねェだろうがよ」


 会議の邪魔をされたイサギは分かりやすく腹を立てた様子だった。それは他の講師陣も同じようであり、確かにおふざけにしては度が過ぎた行動ではある。


 普段のオリバーであれば走って逃げるところであるが、どうしてか今日は違った。

 彼は小さく言った。


「_でだよ....」


「あン?何て_」

「何でヒョウカは良くって俺はダメなんだよ!!リグレッドさんッ!?」


 オリバーの話の矛先が突然リグレッドとなったので、場に居る者は全員彼へと目線を向ける。

 対するリグレッドは「あちゃあ...」と言わんばかりの表情で口を開いた。


「その様子....この会議の内容全部知っとるようやな...?」


「ああ....から聞いたよ」


 そう言ってオリバーは静かに右隣を向いた。

 どうやらすぐそこにオリバーへ全てを口走った張本人が居るようなのだが、氷戈達の位置からだとちょうど死角になっていてその姿を確認できない。


 が、すぐに何かが聞こえてきた。


(ちょ、ちょっと!!こんな重っ苦しい空気の中で紹介される感じでありますか!?困りますって!!)


 声の主はオリバーにのみ聞こえるよう言っているつもりなのだろうが、その努力も虚しく静まった講堂内には一言一句が響き渡る。


「?」


 ぱっと聞いた感じ氷戈の記憶には無い声だったので首を傾げていると、後ろに居たギルバートが大きな声を上げる。


「おのれヴェルナーッ!!そこに居るのは貴様であろう!?姿を現せ!!」


「ッ!?はッ、はひぃッ!!」


『ヴェルナー』と呼ばれた男はすぐさま扉の横の壁から姿を現し、慌ただしく敬礼した。


わたくし、ヴェルナー・モルトレーデ!!ただいま見参でありまっすッ!!」


「誰も呼んでなど居らんわッ!!」


「ひぃッ!?」


 怯えるヴェルナーを見たギルバートは深いため息を吐くと、何かと諦めた様子で紹介を始めるのだった。


「ふむぅ....粗相を詫びよう、茈結諸君。この者はヴェルナー・モルトレーデ。余の実妹であるクラミィ・ラル・ウィスタリアの目付け役として共に茈結ここへ赴いたのだが、どういう訳か色々とやらかしてくれたらしい....」


「な、なるほどなぁ....」


 リグレッドは愛想笑いで返すも、そこへオリバーが詰め寄る。


「なぁ教えてくれよ、リグレッドさん....どうして俺には教えてくれなかったのか」


「そ、それはやな....」


 たった二人の乱入で会議は混沌と化していた。


 ヴェルナーの言う通り、重苦しい空気の流れる中で第一声を発したのはアビゲイラであった。


「何やら面倒くさくなりそうだね...とりあえず二人は中に入っておいで、話はそれからだ」


 そう促されたオリバーとヴェルナーは中へと入り、講堂の扉を閉める。


 それを見たリグレッドがアビゲイラへ何かを言おうとする。


「あ、あのラビs_」

「あんたは黙ってな」


「は、はい....」


 団のリーダーをも差し置いて場を取り仕切るその様子は、まるで時代劇に出てくる女大将そのものである。

 彼女はたった一言でリグレッドをねじ伏せると、座ったまま口を開く。


「さて、問題児共。順々にいこうか」


 会議の主導権を持つ者が完全に変わった瞬間であった。


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