第27話 あの日『お前か』

 感情が支配する。

 『あの時』が蘇る。幼き日の、悪夢が。

 ________________________

 -夢だと思った-


 暗い部屋の中、片隅へ追いやられた少年は怯えた声で許しを請う。


「ごめんなさい...ごめんなさいっ...!!」

「謝らなくていい....俺はただ、守りたいんだ」


 彼はそう言い、ゆっくりと左の掌を開いた。


 カチャ....


「覚えているだろう....ヒョウ?」

「ッ...?そ、それって...でも、どうして....?」


 そこに乗っていたのは母が生前、肩身離さず付けていたペンダントだった。

 青く、そして先の尖った特徴的な宝石が取り付けられており、文字通り母の形見として父が大事に保管しているはずだった。


「これじゃないといけないんだ。母さんとの、約束だから」

「やく...そく....?」


 彼は一歩近づき、静かに言った。


「そう、約束だ。だから、お前を消さなきゃならない」

「ッ!!?消すって...嫌だ、そんなの嫌だッ!!ごめんなさい、許してッ...まだ、まだ死にたくないッ...!!」


 -夢だと信じた-


「死ぬ?それは違う、ヒョウ。・・・居なくなるのさ。俺の世界から」

「ッ....?」


 -夢だと願った-


 彼は左腕を振り上げ、宝石のきっさきを少年へ突き立てる。


「さようなら....氷戈。・・・俺のために、消えてくれ。


 鈍く光る鋒をその目に捉え、

 -心の底から願い、欲し、渇望したものとは_-


「あ...ああ....あ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ__」

 ________________________

「__あああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「?」


『死』を目の当たりにし、自暴自棄となった氷戈はアルムガルドへ突撃する。

 実力差は明白。天地がひっくり返っても結果は変わらないだろう。


 だが今はじゃない。

 ただ目の前で『死』が遂行されている事実こそが何ものにも変え難い恐怖であり、苦痛であり、悪夢なのである。耐えられないのである。


『死』の原因を排除するために、本能的に動き出した氷戈。

 これを迎え撃つためにアルムガルドはサイジョウの腹から剣を抜き、氷戈へと向ける。


 二人の距離が十メートル程となったところで氷戈は左腕を空へ向け、何かを生成し始める。


「っ...?」

「ッ!?」

「___ッ....」


 これを見たアルムガルドは珍しく驚いた表情を見せた。彼だけではない。プロイスはそれ以上に驚愕していたが、一番の反応を見せたのはフラデリカであった。

 彼女の大きく見開かれた目は次第に濃い憎悪へと色を変えてゆく。今の氷戈にそれを知る由は無いのだが。


 氷戈は氷で生成した『槍』を力強く握りしめ、アルムガルドへ向かって全力で投擲する。

 目で追えぬほど早い訳ではなかったが、それなりの速度でもあった。


 しかし、アルムガルドにそれはひらひらと舞い落ちる落ち葉のように見えたのだろう。

 彼はゆっくりとそれを切る体勢をとった。



 やがて剣先が氷の槍の先端を捉え、両断。__するかに思えた。


「ッ!?」


 実際にはそうはならず、氷の槍は剣先から沿うようにズレたのである。否、剣先の方がまるで滑るようにして槍の横へと逸れてしまったのである。

 決してアルムガルドの剣筋が甘かった訳では無い。氷の槍が彼の剣からの『干渉を許さなかった』のである。


 こうして斬撃をスカされたアルムガルドの眼球数センチ前にはもう既に、槍の鋒が迫っていた。

 この場に居る全ての人間に緊張が走る。


 当然、であるが。


「っ....」


 彼は必要最小限の動きで槍を交わしたのである。


 そして余裕の溢れるその動きとは裏腹に、張り詰めた声で言い放つ。


「レベッカを殺したのは貴様だな?」


「・・・は?」


 どうしてそうなるのか?

 少し考えた後で、思い付く。


「お、俺が使ったのが氷の源術アルマで、レベッカの死因が『氷塊』だからか?は...ハハハ....、ただ同じ属性を使ったからって俺を犯人って断定するのは流石に早計だろ....?」


 『死』に怯えつつも、氷戈はただ正しいことを言ったつもりだった。誰が聞いても、おかしくはない内容だろうと。


 しかし、氷戈を除いた三人はこの発言に疑問符を浮かべた。

 これを代表してアルムガルドが言う。


「貴様、何を言っている?私の知る限り、いや、常識的な話として現状、氷の源術アルマを使用できる人間はであろう」


「は?それってどういう....」


 全くの初耳であった。


 思考の整理が追いつかない氷戈など目にも暮れず、プロイスは追い打ちをかける。


「レベッカさんの殺害を隠蔽したかったのなら今の技を使ったのはマズかったなァ....。仲間が刺されて判断が狂ったのか知らねえがザマァねえぜ...この殺人鬼めが」


「い、いや...そんなこと」


 『知らなかった。』


 こんなことを言っても、この状況で信じてもらえるはずがない。だが他にどうすれば...。果たして、どうしようもあるのか。


 サイジョウが刺され、『死』を感じ、感情に飲まれたその瞬間からだったのかもしれない。


 その場に立ち尽くし思考を巡らせるも、この状況が絶望であるという結論は変わらない。口では何を言っても無駄、力でも何をしても無駄。考えれば考えるほど、どうしようも無かった。


 暫しの間があったが、アルムガルドは氷戈の方へゆっくりと歩き出す。


「・・・今から貴様を制圧する。動機を聞けば気が済むというわけではないが、抵抗はしないことだ。聞かずに殺してしまう事はなるべく避けたい」


「ッ....」


 絶望の淵の立たされた氷戈であったが、それでも持ち前の主人公魂を胸に思考悪あがきを始めるのだった。


 -ここで泣き喚き、自分はやっていないと訴えかける事は簡単だ。でも、そんなことしてもどうにもならないだろう!?万に一、いや、億に一でもアルムガルドに勝つしか生き残る方法は_-


 _その時は、突然に。


「え。」


 氷戈の心はポッキリと折れてしまったのである。


 トドメを刺したのは他でもない、フラデリカであった。


「_えか....お前か....お前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前か!?姉さんを殺したのはお前かあああああああッ!?」

「ッ!!?」


 氷戈は、声を出すことすら叶わなかった。


 圧倒的憎悪。

 この上ない悲しみ。

 抑えきれない震え、狂気、殺意。


 この全てが、フラデリカを支配していた。


「だアァァッ!!??!!!」


 プロイスの制止を振り切った彼女は腰にかけていた鞘から剣を抜き、氷戈を文字通りに向かった。


 怒りに身を任せたこのデタラメな突撃は、今の氷戈の実力であれば交わせたやもしれない。


 しかし、実力が伴っても気は伴わなず__




 小さい頃から見慣れたその顔で、そんな目をしないでよ。

 どんな時も隣で聞こえたその声で、そんなこと言わないでよ。

 ずっと大好きなその存在で、そんなことしないでよ。


 違う、違うだろ。燈和は違う。燈和はそんなことしない。燈和はそんなこと言わない。

 どんな時も明るくって、どんな時も気を遣ってくれて、どんな時も怒りっぽいけど、どんな時も俺の幼馴染宝物なのが燈和だろう?


 だからさ、そんな目で俺を見ないでよ。その顔で、その目で、その身体で、その存在で、なんで俺を殺そうとしてるんだよ?なんでッ!!?


「・・・」


 『あの時』に似てるな。そう、悪夢を見てるみたいだ。起こるはずのない、最悪な出来事。

 そうか、これは悪夢なんだ。


 なら、いっか。

 もう抗わなくていい。あとは待つだけだ。この悪夢から、目が覚めるのを。





「_______。」


 まるで棒立ちの氷戈の目は明らかに死んでいた。死を覚悟したのとはまた違う、生きるのを諦めたような目。


 アルムガルドやプロイスはその異常さに気づいていたようだが、フラデリカの『然るべき殺意』を尊重してか、あえて止めるような真似はしなかった。


 憎悪の炎に滾ったフラデリカの剣撃は、まさに氷戈を捉えようとしていた。


「死ねええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」

「・・・・・」


 ドゴォっ!!

「ッ!?ぐハッ!!!」


 フラデリカは腹部に蹴りを入れられ、大きく後ろへと吹き飛ばされた。飛ばされた先に地面は無く、ただ崖下へと落下していくのみ。


「プロイス、フラデリカを」

「は、はいっス!!」


 アルムガルドはプロイスへ即座に指示を送り、フラデリカ救出へ向かわせる。そして崖下へ飛び降りたプロイスを確認することなく、前へと向き直る。


「貴様ッ...、どうやって....」


「うん?『どうやって』、だと?おかしなことを聞く。・・・まさかとは思うが、オレがあれしきのことでくたばったと思っていたワケじゃあないよな?」


 氷戈の前に立ち、フラデリカを蹴り飛ばしたのはサイジョウであった。


 アルムガルドですら多少なりとも驚きはしていたものの、氷戈に至っては反応ひとつすらない。生きたまま死んでいると表して全く差し支えのない状態だった。


 これを見たサイジョウは小さくため息をついて、何かを決心したようだった。

 が、この一瞬を逃さないのがアルムガルドであった。彼は再びサイジョウの懐へ瞬時に移動すると、今度は胴体を真っ二つにするような斬撃を放つ。


 鳴り響く、甲高い衝撃音。


 ガキィィィィィン!!!!!


「っ...」

「どうした?その速度ソレはさっき見たぞ?」


 今度はサイジョウの反応が追いつかず斬撃を身体に受けてしまうということは無く、しっかりと己の剣で受け止めてみせた。

 次いで流れるようにアルムガルドの剣を払い除けて後退させると追い打ちがてら、即座に技を打ち込んだ。


仁技じんぎ光餮六連こうてんろくれん!!」


 唱えると、その大きな剣で空をデタラメに六回斬ってみせた。するとそこから光の斬撃が具現化し、凄まじい速度でアルムガルドを襲う。

 その速度はアルムガルドの後退時、僅かに宙に浮いてから着地する前に彼へと至るほどであり、回避をする事は叶わなかった。


「くッ...!!」


 アルムガルドは苦い顔をしながらも光の衝撃波のうち四つを宙で、地に足をつけてから残り二つを捌いてみせた。


 流石の剣捌きであったが、安堵の暇は無く。

 氷戈の前に居たはずのサイジョウの姿が見えなかった。代わりにアルムガルドの懐で剣を構えており_


「おのれ...!」


 アルムガルドは苦し紛れに捌いた直後の剣で迎撃を試みる。


「フっ」

「!?」


 まるで、アルムガルドの思考を全て見透かしたかのようにニヤけるサイジョウ。

 これを見たアルムガルドはある違和感に気付く。


 サイジョウの切り上げをいなすために構えた剣がボロボロにしていることに。


「な...んだ...?」

「さぁ、どうするッ!!?」


 アルムガルドは瞬時に斬撃をいなす方針を諦め、それを交わそうと後方へ体をしならせた。

 しかし既にサイジョウの剣は彼を捉えており、このままでは間に合うはずも無かった。


 故に、アルムガルドの身体が熱を帯び、輝き始める。


 すると『交わす動作』が大きく早まり、そのままバク転で距離を取ることに成功したのだった。


「ふむ、それがオマエのカーマか。おもしろいなッ!」


「・・・」


 致命傷は免れたものの、左目の辺りに斬撃を貰ったらしく流血が見られた。

 それを見たサイジョウは怪訝な顔をして問う。


「おい、オマエっ!!そのカーマといい、まだな?遠慮は要らん....オレに魅せてみろ、その実力ちからをッ!!」


「・・・」


「と、言いたいところなのだが」


「?」


 今にも襲ってきそうな気迫を見せたサイジョウは、途端にそれを収めたのである。


「今、オレとオマエで戦り合えばここら一帯は消し炭になるだろう。普段であればそんな事どうでも良いのだが、今回は『依頼』でここへ来ているのでな」


「依頼だと?」


 サイジョウは廃人状態の氷戈の方を見て続ける。


「つまるところ、あんな奴が側に居たのでは思う存分戦えんという事だ。まったく腹立たしい」


「貴様、何を言ってい...」


 やはりサイジョウに『話し合い』という言葉は無いようであり、アルムガルドはこれに困惑する。

 相手の言葉をいつもの如く無視し、背を向け歩き始める。


「また会おう、我が友よ!!アウスタッシュ=アルムガルド、だったな?そのめい、しかと覚えたぞ」


「逃がさん.....っ!?」

 サァァン!


「クッ....」


 アルムガルドがサイジョウを追おうと足を踏み出そうとした瞬間、刺すような音と共に足元が崩れ始める。


 サイジョウが地面に向けて剣を大きく横に振り、崖ごと切り崩したのである。


 崖と共に落ゆくアルムガルドと、氷戈の首根っこを掴み崩落を免れるため高く飛ぶサイジョウ。

 離れていく二つの存在は、それでも尚互いの顔をその目に刻み続けた。


 二人はそれぞれ別の感情を抱きつつも、来るべき『再戦』を誓ったのであった。




 あの後、なぜ生きていたのか。

 この先、どのようにして戻ってきたのか。

 氷戈は未だ思い出せずにいる。

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 ☆登場人物図鑑 No.19

 ・『フレイラルダ=レベッカ』 

 フラミュー=デリッツ所属/23歳/167cm/60kg/カーマ命火ノ縁めいかのえん


 フラミュー=デリッツに於ける実力者上位十名を『十位之焔ツェルマン=デリッツ』と言い、その中でもNo.3ドライスに位置する。つまりめちゃくちゃ強い。どういう訳か燈和もといフラデリカの姉を名乗っているが、詳しいことは不明。好きなことは治安維持の仕事、自然との触れ合い、妹との稽古。苦手なものはラヴァスティの連中、胡散臭い奴、実家。


 カーマ命火ノ縁めいかのえん』は『自身の炎源素を介して命を分け与える』というもの。自身の発する炎に命を与えて戦闘に於ける頭数を増やしたり、自身や他人の傷を癒したりも出来るので能力だけで見ればチートも良いところ。

 当然致命的なデメリットもあり、このカーマを自身以外のものに使えば使うほど自身の寿命を削ってしまう。まさに『命を分け与える』カーマなのである。


 レベッカはこの『命火ノ縁めいかのえん』の圧倒的な性能によってNo.3ドライスにまで上り詰めており、単純な剣術や源術アルマの技術は上の上とまでは言えない。


 死亡当日、『命火ノ縁めいかのえん』の副作用によって本調子では無かったが、責任感の強いレベッカは無理を通して国境巡回を行っていた。

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