第18話 風前に燈る

 スパッ.....

「ッ!!?」


 踏み出した足が突如として消え去ったリベルテは、勢いよく前へと倒れ込む。


 あまりの出来事に氷戈は足を止め、現場は静まり返る。

 状況を理解できていないリベルテは地に這いつくばりながら無くなった自身の右足と、後ろの方に見える切り落とされたそれを見て察する。


 響く悲痛の声。


「ぐあぁああああぁぁぁぁああああっ!!!!!??」


 血飛沫を伴いながら出血する右足を押さえ、リベルテはやっと痛みに悶えはじめるのだった。


「あ....ああ...」


 氷戈は目の前の悲惨な光景に思わず後退りする。


 いったい誰がこんな惨い事をしたのか。その答えはすぐに分かることとなる。


「そうか...随分と思い切ったな、?」


 ヴィルハーツは瓦礫の山があった方を見て、そう言った。

 氷戈もつられて視線を移すと、そこには膝をつきながらも片手でレイピアを構えるレオネルクの姿があった。


「すまねぇな...姫さん...」


 これを見たリゼとクトラは同時に行動を起こす。


「ッ!?うっそ、マジで生きてんの?ならッ...!!」

「ッ...揺籠の確保をしやがります!!」


 リゼはレオネルクを排除すべく『斥力波動グランフィーツ』の構えを取ろうと腕を動かし、クトラも転がるリベルテの回収を最優先すべく前へ駆け出そうとする。


 両者の判断は凄まじく早く、且つ適切なものだった__


「留まれ_」


 __レオネルクを前にしていなければ、であるが。


 レオネルクの一言で察したヴィルハーツは瞬時にクトラの腕を掴んで引き戻し、後ろのリゼには珍しく早口で言ってみせた。


「動くな、リゼっ....!!」

斥力グラン_』


 ところが、この忠告がリゼに伝わる前にレオネルクは詠唱を終えていた。


「留まれ」の一言に続いた、技の名前は_


「_『留刃結界りゅうじんけっかい』....」


 唱えると同時に事前に境内へと張り巡らされていた無数の斬撃が、その瞬間からとなる。


 シャっ....

「?」


『何かが切り刻まれる音』を聞いたリゼはその出所へ、視線だけを向ける。


「ッ!!?お...い、どうなって...?」


 視線の先には何も無かった。

 しかし本来であれば、自身の右腕がそこに伸びているはずなのだ。


 レオネルクへ『斥力波動グランフィーツ』を放つために右腕を振り上げたのだから。

 

 静寂に包まれた場に、吐き捨てるような一言。


「けッ、だから言ってやったんだ....『留まれ』ってな?」


「くッ...!?」


 リゼはレオネルクのこの言葉によって漸く、自身の右腕が『留刃結界』の餌食になったのだと理解したようだった。


 一方で勝ち誇ったようなセリフを吐いたレオネルクではあったが、彼の顔が限界を迎えていることは誰が見ても明らかだった。


 ヴィルハーツは身体を動かさぬよう、目線だけをレオネルクに向けて言った。

 どうやらその場から動きさえしなければ『留刃結界』の刃に触れることはないようだ。


「大したものだ、姫の居るこの状況で『留刃結界それ』を放つとは」


「褒めてんのか、そりゃあ?・・・だがよぉ、テメェら動きを封じるオマケで弟クンの片腕を消し飛ばせたのは気分がいいぜ。早く帰って止血してやんねぇとくたばるぜ、そいつ?」


「・・・ふむ、どうにもそれはお互い様のようだが?」


 あくまで冷静なヴィルハーツは、倒れているリベルテの方に視線を向けながら言う。


「チッ....だったら、とっとと失せやがれってんだ....。テメェらも困るだろうよ、揺籠姫さんが死んじまうのは」


「それもお互い様だろう?・・・どうだ、我々に預けてくれさえすれば足の一本や二本は治療してやれるぞ?『留刃結界これ』を解いてはくれないかな?」


「起きてても寝言は言えるモンなんだな?・・・いいかクソ共?生き延びてもテメェらに攫われれば...その先に待ってるのは『死』以上の結末だ。・・・オレが持たなくなったその時は、オレが先に姫さんを...殺す....。それで永遠に恨みを買おうとも....」


「?ふふふ....ハッハッハっ!!」


 レオネルクの覚悟をヴィルハーツは笑い飛ばす。


「いやなに、素晴らしい覚悟だと思ってな?・・・望んだ結果では無かったが叔父と姪の我慢比べを見届けるのも悪く無い、続けてくれたまえ」


「チッ、ゲスが....」


 レオネルクは上手く乗せられないように舌打ち程度に留めてはいるものの、内心では怒り心頭していることだろう。


「・・・」


 氷戈はこのやりとりを黙って聞いていた。


 -なんなんだよ、これ....俺よりも小さい女の子が一番信頼してる人に脚を切られて苦しんで、誰よりもあの子のことを想っている人がその子を殺さなきゃいけない状況って...いったいなんなんだよッ、これはッ!!?-


「レ....オ...」


 氷戈が煮え滾るような怒りを必死に抑えていると風前の燈火ともしびのような、かすかな声が前から聞こえてきたのだった。


うぬは...主を呪ったりなど...せぬぞ...決して、な」


「ッ!!?ひ、姫さんッ!!?」


 レオネルクはリベルテの言葉に驚き、思わず身を乗り出す。

 張り巡らされた留刃が身体中にめり込み、傷だらけになろうとも構わずただ耳を傾ける。


「主は優しい...それは己が一番よく知っている....どうか、業を背負ったなどと...思わないで欲しい...」


「そん....なッ...」


「悔しかった...のだ....。自慢である主と、親愛なる両親を貶された事が....」


「もう...」


「情けなかったのだ....。己が弱いばかりに、愛する者を傷つけてしまった....ことが」


「いいんです...もう、いいんだ...」


「最後に_」


「・・・?」


「_主が隣に居た事、何よりも心強く...そして、楽しかったのだ...」


「姫...さん...?」


「そんな主の、リュミストリネが世界に誇る、自慢の刃だ...きっと、暖かい...」


 ここでリベルテは、足の断面を抑えていた両の手の力を緩めた。


「ッ....!!?」


 氷戈には、彼女が何をしようとしているのか分かっていた。


 =『留刃結界』を利用した自害=


 リベルテは自分の所為でレオネルクが死んでしまうのが耐えられないのだ。自分さえ死ねばヴィルハーツがリュミストリネを狙う理由もなくなる。以降、リュミストリネに生きる誰をも傷つけまいと。


 そんな自己犠牲の果てに彼女は自害を試みている、と。


 氷戈は思った。


 -こんなの....馬鹿げてる-


 彼女が身体を少し大袈裟に動かすだけで、それは叶ってしまう。

 ところが、混乱しきったレオネルクはこれを察せない。察して『留刃結界』を解除しても、リベルテは攫われてしまう。誰の助けも望めない。何も望めない。


 本当に、馬鹿げている。


 それでもレオネルクは、掠れた声で問うのだった_

 彼女が絶対に明かすことの無い、『最後の言葉』の真意について。


「何...言って...」


「最期まで...本当に世話になったな。・・・ありがとう、レオ_」


「ッ!!?」































『_大好きだ』










 _______________________。











「うあああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?!?!!」


 ==========================


 吹雪く世界_


 凍てる大地_


 怒れる者は、すべからく_




 この場に於いて間違いなく『最弱だった存在』が、ただの一瞬でへと成り変わる。



 どうしてか?



 ただ一人、留刃結界この場に於いてから。




 もう既に、最弱なる脅威は駆けていた。


 忌むべき相手を殺すために。

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