第7話 災難と『最』難


「うぉぉぉォォッ!!!間に合えェッ!!」


 氷戈は炎を宿す男から背を向け、全力で走り出す。

 目標であるシルフィ、ないし彼女の抱える酒瓶までの距離はたった二メートル。手を伸ばせばその距離は更に縮まるだろう。


 しかし今の氷戈は一センチでも永遠に感じてしまうような、言わば極限状態の中にいた。

 それ故に、後ろから聞こえる声が酷く恐ろしかった。


「さようなら、少年。・・・『燃ユル君ディ・イェルツェ』」


 一歩を踏みしめる前に放たれた獄炎の弾は、ものを数える間も無く氷戈の背に直撃した___



 ______________。



 __だった。


「ッ...!?なんだ....?」


 『ヴィル』は目の前で生じた『虚無』に、珍しく動揺の色を見せた。


 それもそのはず。

 氷戈を殺す為に放った炎が、のだから。


 この間にも怯まず足を止めなかった氷戈は、既に瓶のネック部分に手をかけていた。後は瓶を握りしめ、思いっきり地面へ放り投げるだけ。


 一見、氷戈が決死の賭けを制したかのように思えた。


 ところが、これでは遅かった。


「させんッ....」


 氷戈のたったそれだけの動作でも、他と一線を画す『ヴィル』にとっては寝ぼけ覚ましの動作に見えたのだろう。

 男は締め上げたリグレッドの首から左手を離し、氷戈を物理で確実に仕留めに向かう。


 全く以て間に合うという確信が、次の瞬間まであったようだ。


 だからこそ男は違和感を覚えた左腕に目を向け、驚く。


「ッ!!?」


 見れば、今度はリグレッドが両の手で『ヴィル』の左手の付け根部分をガッチリ掴んでいたのである。

 リグレッドは、例えどのような目に遭おうがこの手を離す気は毛頭無いといった表情で言ってみせた。


「・・・どこ行くねん、ヴィル?寂しぃやろ.....?」


「くッ....」


 『ヴィル』は苦い顔をしながらも、力任せに左腕を振り上げる。

 それでもリグレッドは離れない。


 『ヴィル』は当初の目的通り、リグレッドを殺す勢いで腕を地面へ振り下げた。当然、振り子の役割を担ったリグレッドは一番力の働いた状態で地面へ叩きつけられることとなった。


 ドッガァッッーン!!!


 再び大地が割れ、轟音が鳴り響く。

 フィズの時ほどでは無かったものの、リグレッドの半身も地面へめり込んだ形となり、見るも悲惨な状態と化した。


 これとほぼ同時に、高い音が響き渡る。


 バリンっ!!


 瓶の割れる音。

 リグレッドが決死の思いで稼いだ五秒にも満たない時間は、手に持った瓶を地に投げつけるには充分過ぎた。


 飛び散るガラス片と共に、中から眩い光が溢れ出す。


「うあッ!!!」

「ッ....」


 驚き声を上げる氷戈と、起こりうる『何か』に構える男。


 そしてその『何か』に該当するであろう、場には到底似つかわない男の馬鹿笑いが聞こえたのだった。


「ガッーハッハハハハっ!!!・・・まさかッ、まさか本当にこうして相見えることになろうとはッ!!ヴィルハーツ・ローツェンミュラーっ!!我が宿敵よッ!!」


「ッ...!」


 瓶の中から現れた男を見た『ヴィル』こと『ヴィルハーツ』は驚き、言った。


「この状況でリグレッドが希望を見出みいだしたものだったので警戒はしていたんだが.....なるほど、これはしてやられたようだ」


 氷戈にはこの男が誰なのかさっぱりだったが、圧倒的だったヴィルハーツにこう言わせた時点で相当の期待を抱く。もしかして助かるんじゃないか、と。


 男はそんな氷戈には目もくれず、興奮冷めやらぬ様子である。


「感謝するぞリグレッドっ!!やはりオマエは....うん?」


 男はヴィルハーツの横で叩き潰されたリグレッドの姿に気付き、固まる。


「うぅむ、死んでは...いないようだな」


 真後ろに居た氷戈はこの男も茈結の人間であり仲間なのだろうと考え、状況を伝えるため声をかけた。


「あ、あの.....」


「ん?・・・ッ!?オマエはッ!?」


 男は氷戈の姿を見ると、一瞬ひどく驚いた様子を見せた。


「セルフィン・ノーレンツっ!?・・・では無いか。アイツと違って弱そうだしな」


「え」


 人違いとそれに伴う悪口を言われたような気がした氷戈は一瞬戸惑ったが、構わずに続けた。


「えっと....リグレッドさん含めたシケツの皆がヴィルハーツあいつにやられ__」

「要らん」


「は、はい?」


「・・・誰が誰にやられたなど、そんな事はどうでもいいと言ったんだ。オレはただひたすらに、強いヤツとの戦闘以外に食指を動かさん。・・・誰かに負け、伏している者に関わるつもりは無いし、オレと戦うべき勝者も見れば分かる.....という事だ」


「・・・はぁ?」


 無茶苦茶な理論を展開された氷戈はまたも戸惑う。


 なんとか頭を捻り、言っていることだけを解釈するのであればこの男は敵でも無ければ味方でも無い。ただ成り行きで氷戈達の敵であるヴィルハーツと戦ってくれそうなので現時点では味方だと捉えられる程度か。


「分かったならと一緒にどっか行っていろ。・・・戦いの邪魔だ、偽ルフィン」


「にせルフィン....うあッ!!?」


 人違いされた挙句、偽物扱いと変なあだ名を付けられた氷戈は些か不服であったが、それよりも自身の足元に突如現れた『コイツ』に驚きの声を上げる。


「リ、リグレッドさん?でもどうして....」


 見ればヴィルハーツの真横で伏していたはずのリグレッドが、もう既に氷戈の足元に居たのだ。


 男は続けざまにしゃがむと、リグレッドの身体に手を当てる。

 すると、リグレッドの身体が一瞬発光したのだった。なんて思っていると、次には息を吹き返したリグレッドが勢い良く立ち上がったのだった。


「いんやぁー、助かったわ!おおきに!!・・・氷戈も、よぉやったなぁ!!」


「ふん、オマエに死なれては困るんでな」

「・・・」


 目まぐるしい状況の変化に一人、置いてけぼりの氷戈は反応出来ずにいた。

 そんな氷戈を見たリグレッドは呑気に、瓶から現れた男の紹介を始めたのだった。


「ええっとなぁ....ひとまず。こいつの名前は__」

「『最強』だ」


「?」


「・・・らしいで?ま、事実やし」


『最強』を自称する男が割り込んだせいで氷戈はますます混乱する。


 -自分でそれ言う奴、大体何かしらの都合で退場するけど大丈夫なのかな....?いや、もしかしたら本当にそういう名前なのかも....?-


 無駄な思考を始めた氷戈を余所に、リグレッドはけしかける。


「実際、見た方が早い。・・・ちゅーことでサイジョウ、ちーと耳貸しぃ」


「む、なんだ?」


 リグレッドは氷戈にギリギリ聞こえるくらいの声量で耳打ちをし始めた。


「あそこにるジェイラっちゅう女、噂やとエラい強いらしいで?」


「なんだとッ!?」


『サイキョウ』がジェイラを視界に捉えると同時に、黙っていたヴィルハーツが後ろに向かって言う。


「クトラよ、直ちにジェイラ含む幹部総員をこの国から引き上げさせろ。本作戦は失敗だ」


「は、はい?ヴィルハーツ様、今何と言いやが.....おっしゃいました?」


 ジェイラの横に居た『クトラ』と呼ばれた女児は、戸惑いを隠せずに思わず聞き返す。

 そして幹部のもう一人、ジェイラはシルフィに金縛りをかけた状態で慌ただしく問うたのだった。


「なッ!?なぜですか、お師匠!!まだリュミストリネ姫を捉えていないどころか、あのリグレッドをぶっ殺す絶好のチャンスをみすみす逃すおつもりですかッ!!?戦況だって、どう考えても_」

「おーい、殴るぞ〜?」


 ジェイラは突如背後から聞こえた脅迫紛いの、いや、もはや純度100%の脅迫に驚き振り返る。

 そこには拳を繰り出す自称最強、『サイジョウ』の姿があった。


「ッ!!?」


 慌てて金縛りの構えを解き、自身へ向けられた拳を視界に捉えた頃にはもう遅かった。


 ドゴォっ!!

「アグッ!!?」

「ちょッ!!」


 サイジョウの殴打はジェイラの横腹辺りに直撃した。

 鈍い音と呻きを上げて吹き飛ぶジェイラの先にはちょうどクトラがおり、彼女も巻き添えとなって向こう十メートルほどにあった屋台へと直撃した。


「・・・?」


 氷戈は自身を最強と謳うのだから、とんでも無い破壊力のパンチが披露されると思っていたので少し拍子抜ける。正直、攻撃の迫力はヴィルハーツの方が数段上である。


 それでも、幹部と呼ばれたジェイラを一撃で仕留めたことに変わりはなかった。

 お陰でシルフィも拘束から逃れられたようであり、フラつきながらこちらへ寄って来た。


「シルフィ、無事やな?ほんなら今がチャンスや。早よフィズを治し行くで!!氷戈も付いて来ぃ!?」


「まっだぐ....ざっきまで痺れてだ人への扱いが雑だよ、団長は」


 リグレッドを先頭に氷戈と、金縛りの後遺症で拙い足取りのシルフィが後を追う。


 ___________________


 全身が地面へとめり込んだフィズの元までほんの数秒でたどり着いた一行は、彼の見るも無惨な姿を目の当たりにする。

 怯む氷戈を側に、リグレッドはシルフィへ即座にめいを出す。


「シルフィ、早よぃや!!死んでまうで!?」


「分かってるよッ。・・・それ!」


 シルフィはどこからか取り出した、どうしてかハンマーの絵が描かれたシールをフィズの背中へと貼り付けた。


 ペタっ!!


 すると、今まで音沙汰無かったフィズが急に声を上げたのだ。


「んンッ!!」


 氷戈は驚愕する。


「ッ!?嘘...でしょ....」


「いーヤ。ワタシ、嘘はツかナいよ?『オボウ』が始マっちゃウからネッ!!」


「うあっ!?」


 フィズは訳の分からない事を言いつつ、既に立ち上がってピンピンとしていた。

 リグレッドはすかさずツッコミを入れる。


「それ言うんなら『泥棒』な?その二つ、二度と間違えん方がエエで。バチ当たりとかそういうレベルちゃうねん」


「・・・」

 -『嘘つきは泥棒の始まり』ってことを言いたかったのか.....じゃなくってッ!!?-


 納得しかけた氷戈はリグレッドに問う。


「こ、これって....一体どうなってるんですか?」


「ん?これ?・・・ああ、フィズが治った事?ちょいとややこいんやが、つまりや_」


 ドォンっ!!

「ッ!?」


 リグレッドが解説しかけたところで、向こうの方から大きな衝撃が走った。


 出所へ目を向けると、サイジョウとヴィルハーツが組み合っているところだった。


 これを見たリグレッドは皆へ促す。


「諸々の説明は移動しながらや。今は先を急ぐで!!」


 こうして、駆け出したリグレッドに他三人が並走する形でこの場を後にするのだった。


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 ☆登場人物図鑑 No.9

 ・『ヴィルハーツ・ローツェンミュラー』 

 ラヴァスティ所属/??歳/188cm/86kg/カーマ『???』


 『ラヴァスティ』という連合国の最高司令官。長く伸ばした赤い髪でポニーテールを作れるイケおじ。煽りカス。好きなことは政治と言葉遊び、読書、部下達とのコミュニケーション。苦手なものはお酒と過去の自分、リグレッド、カリフラワー。


 カーマは持っているようだが、今のところ不明。使わないでもクソ強い。特筆すべきは近接戦闘の強さであり、彼に敵う者はそう居ない。リグレッドとは旧知の仲。


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