第5話 リアル主人公

 檻とは本来、捉えるべく者を外へ逃がさぬよう、とても頑丈な造りになっているはずである。

 そんな檻の格子をいとも容易く捻じ曲げてしまえるような奴も、もしかすると居るのかもしれない。


 しかし、格子の方から触れるのを拒絶される人間などどう考えても普通では無かった。


「お前ッ....一体何をした?」


 ジェイラは問う。

 一緒に檻の中に居たフィズやシルフィも不思議そうな表情で氷戈を見ていた。


 注目される事に慣れていない氷戈は、照れ隠しの為にとりあえずで笑って見せた。


「えへ....エヘヘ...」


 そこへ唯一、動揺の色を見せなかった男の声が響く。


「氷戈、早よ立ちぃ!!後がつかえとんねん!!」

「ッ!!はっいッ!!」


 切迫したリグレッドの声を聞いた氷戈は、反射的に言われた通りの行動をした。

 身体を起こし、前へ数歩出たところで当然、妨害が入る。

 せっかく捉えた獲物が逃げていく様を、黙って見ているだけのはずが無い。


「させるかよッ!!」


 ジェイラは雄叫びながら氷戈へ突貫する。

 声と背後から感じた迫力に、氷戈は振り返る間も無く腰を抜かす。


「ひッ...!!」


 その時、誰かが尻餅を付いた氷戈の頭上を華麗に飛び越える。


「とッ!!」


 彼女シルフィは湾曲した格子の間を通り抜け、氷戈とジェイラの間に割って入ると、すぐさま構えた。

 これを見たジェイラは不敵な笑みをこぼし_


「いいぜ、シルフィネラ・フォークス!!まずは厄介なテメェから始末してやらァ!!」


 滾った様子のジェイラから稲妻が迸り、その速度を更に上げてくる。それでもシルフィは決して怯まなかった。


「その時点で侮ってるよね?・・・僕の厄介さ」


 シルフィはそう言うと、右の掌をゆっくりとジェイラへ向ける。

 結果として、それを見たジェイラの方が怯む事となった。


「ッ!?まさか_」

「なんて言ったっけ....?ああ、そうだ__」


 シルフィはワザとらしく惚けてから、唱えた。


「_『穿々電雷ガウ・デラ』」

 キィィィィィィィィィンッ!!!!


 シルフィの片手からノーモーションで放たれたのは、間違いなく『穿々電雷ガウ・デラ』であった。その証拠に、あの特徴的な甲高い音が鳴り響く。


「ッ!!?」


 こちらへ向かって来ていたジェイラは己が持つ最高峰の技が自身を襲うと分かると、回避のためにその場で即座に飛翔した。


 但し、戦闘に於いて宙への回避は最終手段である。それは当然、人間が宙で身動きが取れぬことに起因する。


 故に、その選択肢を取った時点で致命傷は免れないのであった。


「モう一度、防イでみルかい...?」


「ッ!!?クッソがっ....!!?」


 ジェイラが飛び上がったところへ、いつの間にか檻の中から脱出していたフィズがその剛腕を高らかに振り上げて待ち構えていたのだった。

 それを見たジェイラは苦い顔をしながらも、瞬時に拳を構える。フィズの気迫溢れる殴打を防ぎ切ることが出来ぬと瞬時に悟った彼女は、上へと飛び上がった勢いを拳へ上乗せし、寧ろ相殺してしまおうと考えたのだ。


 迎え撃とうとするジェイラを見てフィズは笑い、続けた。


「ヤハッ!!見事ナ判断だ」

「くたばれやァッ!!!!」


 両者の拳は素人の氷戈には捉えられぬほどの速度で交わり、衝撃音と一種の破砕音が入り混じった音が辺りに響いた。


 ドッゴォッッ!!!


 ただ拳同士がぶつかっただけだというのに、数メートル離れた氷戈のところにまで衝撃が直に伝わってくる。これがこの世界に於ける格闘術の規模なのであろうか。


 そんなことを感じている間に両者は既に地へと降り立っていた。


「ハッハッハ!!いヤはや、こコまで腕が痺れタのハいつ以来だロうか!!眠っテいた筋肉達へモーニングコールをドうもあリがとウッ!!」


「ハァ...ハァ...。チッ、おっさんそんなキャラだったかよ....?」


 それに関してはジェイラに全くの同意であるが、そんな彼女の右腕は完全に機能を失っていた。力無くぶら下がった腕を見るに、氷戈ですらそこを通っていたはずの骨が全て砕け散ってしまったのだと理解できた。


 暫しの沈黙が続く中、先に口を開いたのは意外にも満身創痍のジェイラであった。


「ったく、しょーもねぇぜ。どれだけ足掻いたって勝ち目がねぇ....このままじゃあ、な」


「・・・ウん?」


 フィズの予想とは裏腹に、弱気な言葉を口にしたジェイラはそっと息を吸う。


「何をスるつモリかは知らナいがね、何もサせるツもりはなイよ」


 何か厄介なことをされる前に仕掛けようとするフィズであったが、ジェイラの次の一言を聞いて足を止めるのだった。


「・・・『帯電鉄檻デ・プリズム』ッ.....」


「ッ....!?こレは.....?」


 先ほど氷戈たちを捉えた技の名前を詠唱したジェイラであったが、今回捉えられたのはフィズでも氷戈たちでも無く_


「じ、自分を檻に....?」


帯電鉄檻デ・プリズム』の予想外な使い方に思わず声を上げる氷戈であったが、驚きを隠せないのは茈結しけつの三人も同じようだった。


「どうしちゃったの、あれ?」


「んぇ?・・・あー、あれやろ。おにごで捕まりそうな奴がよぉやる『はいバリヤー!!』的なあれやろ」


「・・・僕と同じ言語で喋ってほしいかな、とりあえず」


「ふッ....」


 最中さなか、ジェイラは不気味に笑ってみせたが、決してリグレッドとシルフィの会話がツボだったというわけでは無い。


「テメェらのその余裕は、まさか勝ちを確信してるから湧いてきてんのか?フフ....フハハハ!!楽しみだぜ、そのクソっ面から冷や汗が沸いて出る瞬間がよぉ」


 一見、小物の吐く大言のように聞こえる言葉であったが、どうやっても彼女からそのような雰囲気は感じ取れなかった。

 怪しさ全開だというのに『帯電鉄檻あの檻』に囲われたジェイラにこちらからアプローチする術は無く、敢えて自身を囚われの身とした理由がここで明確となった。


 前に立つフィズをはじめ、先ほどまでふざけていたリグレッドとシルフィもその異様な雰囲気に警戒の姿勢を取る。


「気ぃ付けぇや、フィズ!!何か企んどるで!!」


「ふム....」


 構えるフィズに向かって、ジェイラは笑って言った。


「・・・を使っていい条件ってのが二つあってな?」


「・・・?」


「一つは『目の前にこの国の姫であり今回のターゲットでもある、リベルテ・ラ・リュミストリネが居る時』。・・・じゃあ、もう一つは何だと思う....おっさん?」


「『これ』がいったイ何を指スか分かラないケど、君ヲ見てラ察するに『怖くてチビってシまいソうな時』かナ?」


「ははっ!!強ち、間違ってねぇかもなぁ?・・・本当にチビっちまうのはテメェらのほうなんだが_」


 そうしてジェイラは勢いよく跪くと、残っていた左の掌を地面に付けて言った。


「_二つ目は『目の前に宿、リグレッド・ホーウィングが居る時』だとよッ!!繋がれッ_」


「そ、そレはッ!?」

「ッ!?アカンッ!!シルフィ、早よ___」


「_『地繋ギスペクト』!!」


 何かを察したリグレッドが言い終わるより先に、ジェイラが唱える。

 すると、当てた手を中心に四角形の枠が地面へと描かれたのだ。学校机ほどの面積のそれは直ぐに赤い光を放ち始め、周囲を刹那の間染め上げる。


「・・・ふむ」


 場に居るみなが目を瞑っていたところに、落ち着いた、それでいて凄まじい威圧感を帯びた声が響いた。

 続けてもう一言。


「昔を懐かしむには少々騒がしい....」


 ドゴォォッオンッ!!!!


 鳴り響く轟音。

 大地が大きく揺れ、ひび割れる。


 何が起きたのかと、咄嗟に目を開いて確認する。


「ッ!!?」


 そこには見慣れない男がフィズの顔面を鷲掴みにして思いっきり地面へ叩きつけているという、何とも悲惨な光景があった。

 地の抉れようといい、伝わる衝撃といい、フィズの致命傷は必至。即死と言われようが何ら疑問も抱けない程の破壊力を感じられた。


「ッ!!?フィズっ!?」

「なッ...ん...」


 リグレッドは叫び、氷戈は絶句する。


 そして思い知る、今まで『エンタメとして見て来た異世界』と今居る『現実の異世界』の違い。異世界に希望を抱いていた氷戈にとって、あまりにも残酷に突きつけられる現実性リアルさ


 


 何が起きてるのか分からない。

 なのに誰も説明してくれない。解説もない。

 だからといって考える間も無く、次から次へと何かが起きる。

 その度に感じる、鮮明な『死』の恐怖。


 何より、異世界転移者主人公である自分が抱くとは思わなかった、この感情__


 圧倒的な『無力感』。


 -ああ、俺って『主人公』じゃ無いんだ-


 おのが抱く劣情を、現実によって踏み躙られた氷戈は目の前の『恐怖』に屈しようとしていた。


 恐怖の対象はフィズの顔から手を離してからゆっくりと立ち上がり、言った。


「久しいな、リグレッド。また会えるのを楽しみにしていたよ、我が宿敵よ」


 言われたリグレッドは言葉を返す。


「よ、よぉヴィル....連合のお頭にしちゃあ、フットワークが軽すぎるんとちゃうか....?」


 そのクソっ面からは大粒の冷や汗が流れていた。

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 ☆登場人物図鑑 No.7

 ・『シルフィネラ・フォークス』 

 茈結しけつ所属/??歳/171cm/59kg/カーマ複欲デュプリカーマ


 容姿端麗だがちょっと意地悪で糸目キャラなところが玉に瑕。ボクっ娘。通称『シルフィ』。好きなことはイタズラと脂っこいものを食べること、人の匂いを嗅ぐ事。苦手なものはお化けと自分自身。


 カーマ複欲デュプリカーマ』は『対象とするカーマの能力を専用のシールに複製できる』というもの。複製したいカーマの持ち主に専用のシールを九秒間貼り付けると、シール自体にそのカーマが宿る。使用するには再度どこかに貼り付ける必要があり、能力の発動は一度きり。


 因みに今話ではカーマ『収出リリプション』を複製したシールを掌に貼り付け使用。氷戈に放たれた『穿々電雷ガウ・デラ』を前話で吸収、そのままストックしていた『穿々電雷ガウ・デラ』を今話でジェイラへとおみまいした。














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