憧れの筋肉を求めて
僕は、弱い。
ネストさんのように鍛え抜かれた筋肉があるわけでもない。
レイナンさんのようにブレない信念を持っているわけでもない。
あの課外授業の時、僕だけ大きな成果を残すことができなかった。第一王子シュナイレが集めてきたという〝護衛の幻影〟に、僕はなすすべもなく倒されてしまったんだ。
――だから、僕は弱い。
栄えあるマレスティナ王立学園に入れたとて、その事実は変わらない。
「ふふふ……。たかが平民の分際で、貴族社会に盾突くのが悪いんですよ」
「も、申し訳ございません。申し訳ございません……!」
「あははははは。謝って済む問題なら、わざわざ僕がこんなところまで来るわけないよねぇ!」
休日。
近郊都市ヴェルハムにほど近い、商業都市リンダスにて。
僕ことウェスタ・エスフォードは、父親の情けない悲鳴をただひたすらに聞くことしかできなかった。
理由はわからない。
僕の家系はもともと平民で、マレスティナ王立学園の学費を出せるほどの家じゃなくて。
それがこうして王国随一の学園に通えているのは、父が一代にして商業的成功を収めたからで。
だから休日はせめて親孝行していこうと、今日もこうして実家に帰ったところなのに――。
「ふふ……。情けないねぇ、息子くんの前で土下座かい」
愉悦的な表情でそう笑うのは、黒装束を羽織った謎の人物。白い仮面で顔を隠しているあたり、何やら怪しげな雰囲気が漂っているが……。
ただ一つ言えるのは、父親は決して悪どい商売に手を染めていないこと。
僕は詳しく聞いていないけれど、たしか出版系の事業を立ち上げたと把握している。
現在書店に出回っている本の多くは、値段が高すぎて平民にはなかなか手が出せない。内容がどうというよりかは、たしか材料費と製造費でバカにならないコストがかかっていると聞いた。
父親が現在やっているのは、できるだけ安いコストで本を製造すること。
お金がなくて勉強もままならない平民たちに、少しでも勉強の機会を与えることだ。
それが結果として財を築くことに繋がったわけだけど、父は決してそれで傲慢になっていたりはしない。
むしろより本のコストを下げられるよう、日夜遅くまで仕事しているというのに……。
「悪いことは言わないよ、エスフォード君。このまま出版事業をやめてくれれば、少なくともこの家庭には手を出さないであげる」
「うぐ…………!」
「君だって馬鹿じゃないだろう? 最初からこうなることはわかっていたはずだ。貴族だけが得られる知識を、平民なぞに与えてどうする」
「…………」
先ほどまでずっと頭を下げ続けている父親が、姿勢を変えぬままちらりと僕を見た。
――やめろ。
――やめてくれ。
――僕はお父さんに、親孝行するためにここに来たんだ。
――こんなこと……‼
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
気づいた時、僕は走り出していた。
憧れの師匠を真似して、拳を大きく振りかぶって。
鍛え上げた筋肉にものを言わせて、謎の男に殴りかかろうとして。
けれど。
「ははは、泣かせるじゃないか。親のために殴りかかろうとするなんてねぇ。でも……!」
「ぐわぁぁあっ!」
僕は、弱い。
レイナンさんの時と同じように、誰一人として倒すことができない。
大切な人を、誰一人として守ることができない。
「うっぷ……!」
謎の男に吹き飛ばされた僕は、そのまま情けなく地面を這いつくばる。
ああ、痛い。
意識が飛び出そうだ。
胃の中のものがすべて飛び出そうだ。
――でも、でも。
僕は。
「なに……?」
さっきまで余裕そうな笑みを浮かべていた謎の男が、一転して表情を引きつらせる。
その理由は考えるまでもない。
一撃で倒したはずの僕が、またしても立ち上がったからだろう。
足はふらふらで、正直立っていることもままならないけれど。
でも師匠なら、こういう時でも絶対に諦めない。
それがわかっているから。
「ひとつ、いいことを教えてあげようか」
僕はニヤリと笑うと、右腕の上腕二頭筋を持ち上げ、その部分を左手で叩いてみせた。
「筋肉は裏切らない。おまえの攻撃なんか、屁でもないさ……‼」
「…………貴様‼」
と、啖呵を切ってみたはいいものの、今度は本気でぶちのめされた。
ああ、強くなりたいなぁ。
弱いままは、嫌だなぁ。
そんなことを考えているうちに、僕の意識はぶつりと途切れた。
★ ★ ★
一方その頃。
俺ことネスト・シア・アルボレオは、この世の幸福がすべて凝縮されたかのごとき日常を味わっていた。
「うおおおおおお……! レイナン、これはうまい! うますぎるぞ……!」
「大げさねぇ。ただの卵焼きじゃないの」
「何を言うんだ! レイナンの作った飯だから美味いんじゃないか‼」
「……は、恥ずかしいことを大声で言わないでちょうだい」
マレスティナ王立学園。Bクラスにて。
むしゃむしゃと弁当を食べている俺を、レイナンはやや呆れ気味に見つめていた。
例によって、まわりの視線が突き刺さっているような状況だけどな。
だがもはや、俺もレイナンもそんなものは気にしない。
俺はレイナンを絶対に幸せにすると決めたし、レイナンも俺についてきてくれることを決めてくれた。
ゆえに、周囲の評判ごときで俺たちの信念は揺らがない。
「うおおおおお! なんだこれは! 普通のピーマン肉詰めじゃないぞ‼」
「よく気づいたわね。あなたの筋肉がより大きくなるように、たんぱく質が豊富な肉を選んでみたの。味は少し劣っちゃうから、そのぶんソースに力を入れた感じでね」
「レ、レイナン。こんな俺なんかのために……!」
「当たり前でしょう。これからいっぱい食べさせてあげるから、楽しみにしてちょうだいな」
ほら。
どこからどう見ても、これは幸せとしか言いようがないだろう?
「あ、そうだ。ネスト」
弁当を無心で食べ続けていると、レイナンがふと思い出したかのように提案した。
「さっき小耳に挟んだんだけど、近いうち、ヴェルハムで夏祭りをやるらしくてね。よかったら……」
「ああ、行くぞ! もちろんじゃないか‼」
「……即答なのね」
「当たり前じゃないか‼ 断る理由がない」
レイナンとの夏祭りかぁ……。
前世でも女性と一緒にお祭りなんか行ったことないし、いったいどんな幸せが待っているんだろうか。今からでも楽しくなってきたぞ。
「そうだな。夏祭りの時の服装は――む」
しかし俺のセリフは、思わぬ人物の登場によって中断せざるをえなかった。
「えっ……⁉」
「なんであいつ、あんなに傷だらけなんだ……?」
――そう。
珍しく今朝登校してこなかったウェスタが、顔をめちゃくちゃに腫らされた状態で登校したからだ。
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