孤独の島で
「997、998、999、1000!」
俺はキリの良いところまで腕立て伏せを進めると、そのまま空中で身体を一回転させて地面に着地した。
「ふむ……」
前からこの傾向はあったが、もはや自重ではまったく負担を感じなくなったな。
もちろんそれは嬉しいことではあるものの、前まで好きだったトレーニングが通用しなくなる虚しさもある。
仕方ない。
せっかく〝魔術師の孤島〟に来ているわけだし、なんか強そうな魔獣でも倒しておくか。
……どういうわけだか、さっきから謎に妙な視線を感じるし。
「122、123、124、125……うぷっ」
隣ではウェスタが限界に達したか、苦しそうな声で地面に両胸をつけて大の字になっている。
「ぜぇ、ぜぇ……。もう千回って、師匠すごすぎませんか……?」
「ははは。これしきたいしたことはないさ」
俺は口の両端を上げると、彼に向けて手を差し伸べる。
「筋肉は一朝一夕で鍛えられるものではない。焦らず比べず、地道に成長し続けていく……。そんな精神の強さを養ってくれるのもまた、筋肉の魅力の一つだと言えよう」
「し、師匠……! うわぁぁぁぁぁぁああん!」
「はは、泣くな泣くな。おまえはまだこれからだ」
「はぁ……。ほんと、あんたたちって」
男の友情を育んでいる俺たちに向けて、レイナンがいつも通り呆れの表情を浮かべる。
「はいネスト、お水。どうせプロテインはまだでしょ?」
「おお、助かる」
差し出された水筒を受け取る俺。
こっそり俺の水分を用意してくれているあたり、やっぱり優しいよな。
「そうだな、これでは充分鍛えていると言えない。あのプロテインはもう少し負荷をかけてから飲みたいところだ」
「了解。じゃあプロテインは後で渡すわね」
そう言うなり、レイナンはウェスタにも水筒を渡す。
……いや~、彼女のこういうしっかりしたところは本当にすごいよなぁ。四大貴族の娘さんだし、身の回りのことは使用人たちにやってもらってきただろうに。
こういう魅力に溢れているのもまた、彼女が素晴らしい女性たる所以だろう。
「クスクスクス……」
「何をしているかと思えば、噂の問題児たちか」
「わざわざ課外授業で無駄に体力を消耗するなんて……。学園長の話、何も聞いてなかったようだな」
「それより王子殿下はどこにいらっしゃるのかしら……? お近づきになるのは無理でも、あの素敵なお顔を眺めていたいわ」
と。
近くを通りがかったらしき生徒たちが、俺たちを見てクスクス笑いを繰り広げている。
制服につけているバッジからして、おそらくAクラスの生徒たちか。
だがもちろん、レイナンもウェスタもあんなものは気にしない。
俺はそもそもSクラス昇格に興味はないし、ウェスタだって俺についてこられればなんでもいいっていう感じだしな。
彼らは彼らで、自分たちのやりたいことをやればいい。
俺は他者評価で自分の軸がブレることはない。
ただそれだけのことだ。
「……あら?」
何かに気づいたのか、レイナンが一点を見て眉をひそめる。
「ねえネスト、あそこに変なの見えない? 薄い膜が貼られているっていうか……」
「なんだと……?」
薄い膜。
いったい何のことかと思ったが、たしかに空が妙に緑がかっているな。
何かしらの結界のようなものが、この島全体を覆っていると言うべきか。
いや、待てよ?
結界ってまさか――。
「おい、おまえら‼ そっちには行くな、俺の傍にいろ!」
さっき噂話をしていた生徒たちに、俺が大きく声を張り上げると――。
「シャァァァァァァァァァァァァアアアアア!」
どこからともなく大きな胴間声が響き渡り、ウェスタがびくっと身を震わせた。
「コロス、コロ……ス。ミナ、コロシ……‼」
おぞましい掠れ声とともに姿を現すは、体長五メートルはあろうかという巨人。
髪にあたる部分が荒々しく蠢いているが、それもそのはずで、一本一本が生ける蛇となっているからだ。
肌は全体的に白色。片手に鎌のようなものを持っている。
まったく生命力の感じられない出で立ちをしているが、どういうわけか、俺たち人間に対して敵対心を剥き出しにしている状態だ。
危険度Sの超大型魔獣――デストロメデューサ。
かつての紅龍ディアソルテと同じく、Sランク冒険者でも歯が立たない強敵だ。
だがもちろん、ここはそんな化け物の棲息地域ではない。
仮にそんなのがいたら課外授業に選ばれなかっただろうし、教師たちが事前に処理しているはず。この場にデストロメデューサがいる自体が不自然だ。
そう。
あのとき急に紅龍ディアソルテが現れた時と同じ不自然さ。
背後にどのような黒幕がいるのか、もはや考えるまでもなく明らかだろう。
「ネスト……!」
レイナンも同じ結論に辿り着いたのか、険しい顔つきで戦闘の構えを取る。
「ああ、もはや課外授業どころではあるまいな。課外授業の混乱に乗じて、俺たちを滅するつもりだろう」
あの結界も、おそらく転移を防ぐための仕掛けだ。
俺たちが別の場所に転移することも、外部の人間がここに転移することも叶わない。
さながら死の孤島となってしまったわけだ。
「あれほど巨大な結界に、さらには危険度Sの魔獣まで……。なるほど。学園にも協力者はいそうだな」
だがそれについての考察は後回しにしよう。
今はこの場を切り抜けるのが最優先。
気配を辿るに――召喚された化け物は、おそらくこのデストロメデューサ一体だけではない。
「あ、ああああああ……」
デストロメデューサを前にしたAクラスの女子生徒は、やはりパニックに陥ってしまったようだ。
その場に尻餅をつき、もはや逃げ出すことさえままならない様子。
「し、師匠……!」
ウェスタが青白い表情で俺の名前を呼ぶ。
「ああ、任せておけ」
さっき馬鹿にしてきた生徒だとか。
助ける義理はないだとか。
そんなことは気にしない。
俺は――自分の心が正しいと思う道を突き進むまでだ。
「おらぁぁぁぁぁぁああああああああああああ‼」
今にも女子生徒に襲い掛かろうとしているデストロメデューサに向けて、俺は全速力で駆け出していくのだった。
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