夜空に煌めく星たちのように

 その後。

 エマから一週間分のプロテインを受け取った俺は、自分たちの寮へと戻るべく、近郊都市ヴェルハムを歩いていた。


 ちなみにレイナンに関しては、エマから魔法の特別指導を受けることが決定。

 本来はAクラスに該当するはずが下位クラスに入ってしまったわけだから、これもまた、学園長の計らいだということだろう。


 世界最強の魔術師が、一対一で魔法を教える……。

 これだけで破格の待遇と言えるので、今日はかなり実りのある一日だったと言えよう。


 ――ということで。


 時刻はもう夜の七時あたり。

 近郊都市ヴェルハムはすっかり暗くなっていて、そこかしこの建物では明かりがついているな。


 それなりに人口のある街ゆえに、飲食店や雑貨店など、まだまだ営業している店は多い。

 しかも俺たちと同じく、制服姿の者たちもあちこちで散見されるな。授業終わりには、こうして街に繰り出す生徒たちが多いんだろう。


 そして。


「あいつら、噂の二人か……?」

「そのようだな。王子に喧嘩をけしかけたっていう……」

「にしても男のほう、なんか今朝よりでかくなってね?」

「でも今日はすごかったらしいよ。あのマルコロをギャフンと言わせたらしい」

「マジ? それは普通にありがたいんだが」


 こうやってヒソヒソ話の的になってしまうのもまた、いつもの流れだと言えるだろう。


 俺はあんなもの気にしないし、レイナンも澄まし顔で歩いているので、おそらくは大丈夫そうだが――。

 やはり仮にも婚約者にあたる女性が、こんな目に遭っているのは嬉しくないな。


「すまんレイナン。ちょっといいか」


「え……?」


 レイナンが目をぱちくりさせている間に、俺はプロテインの入っている紙袋を片腕にかける。

 そして空いた両手で、隣を歩く彼女を軽く抱え上げた。


「ち、ちょっと、いきなりどうしたの⁉」


「せっかく新たなる領域に突入したのだ。有効活用しないと勿体ないと思ってな!」


「ゆ、有効活用……⁉」


 彼女が戸惑っているそばで、俺は脚力にものを言わせ、空高くまで跳躍。

 そこらの建物など軽く見下ろせるくらいの高度まで飛び上がり、ひとっ飛びで人気ひとけのない場所に降り立つ。


 さっきは多くの商店が軒を連ねる通りだったが、ここは緑豊かな公園。

 人がいないってわけでもないが、先ほどよりも幾分か静かな場所だった。


「ここのほうが落ち着くだろう。寮への近道にもなるしな!」


「…………」

 しかしレイナンは俺の腕の中でじっと固まったまま。

「あ、あんた無茶苦茶すぎない……? 鳥より高く飛んでた気がするけど」


「はっはっは! それだけ俺もパワーアップしたということだ」


「……ネストならプロテイン飲まなくてもやりそうだけどね」

 レイナンはふうと息をつくと、そっと地面から降り立つ。

「でも、ありがとう。私のためにやってくれたのよね」


「まあな。レイナンの嫌そうな顔は見たくない」


「…………そっか」


 レイナンはぼそりとそう呟くと、近くにあったベンチに腰掛ける。

 俺もなんとなく、彼女の隣に腰を下ろした。


「……ねえ、よかったらこれ食べない? もう冷めちゃってると思うけど……」


「む?」


 目を丸くする俺に差し出されたのは、なんと三つほどのおにぎり。

 しかも異様にでかく、間違いなく彼女自身のものではないことが伝わってくる。


「本当は昼ご飯に渡そうと思ったんだけどね。ほら、ネストは筋肉のために食事管理してると言ってたから、えっと……」


 なるほど。

 それで言い出すに言い出せず、結果、鞄にしまっていたということか。


「もちろんいただくぞ! 全部な‼」


 俺はにかっと笑みを浮かべると、彼女からすべてのおにぎりを受け取る。

 そして一つ目の包みを開けるや、無心になって食べ始めた。


「うまい! うまいじゃないか、レイナン!」


「ち、ちょっと、そんなに食べて大丈夫なの……? 栄養管理もあるだろうし、少しだけでいいって言おうとしたんだけど……」


「そんなことは気にしない! レイナンが作ってきてくれたものはすべて食べたい!」


「…………」


「だから今後は遠慮しないでくれ! レイナンが一生懸命作ってくれたものを、俺は拒否しない!」


 気のせいだろうか。

 数秒だけ、彼女の頬の色が変わった気がした。


 学園長にも似たようなことを言ったが、俺が強くなりたい理由は、身近な人を守りたいからに過ぎない。筋肉を理由にレイナンを窮屈にさせてしまっては、それこそ元も子もないわけだ。


「というか、本当に上手じゃないか。公爵家の貴族たちは、みな使用人たちに料理させていると思っていたんだが」


「本当はね。でも昔から料理するのは好きで……心のどこかでは、そういった〝貴族のしきたり〟が馬鹿らしいと思っていたのかもしれないわ」


「そうか。なら俺と一緒だな!」


「ふふ……そうね」


 ふわり、と温かな風が俺たちを包み込んだ。

 自然豊かな場所で、好きな人と一緒にいて、うまいメシを食う。


 なんだこれは。

 これこそ幸せってやつじゃないか?


「ねえ、あれ見てよネスト」


 と。

 無意識かどうかはわからないが、彼女の手が、そっと俺の腕に触れた。


「あの星、ネストに似てない? 他の星に比べてすごく大きいし」


「おお、そうかもな。あれくらい大きくなりたいもんだ」


 俺はにかっと笑みを浮かべると、その近くにある、淡く緑色に煌めく星を指差した。


「なら、レイナンはあの星だな。今は小さな輝きで、世間にもその光は届いていないかもしれない。だがそれはなによりも綺麗な光で――俺にはしっかりと、その美しさが届いている」


「…………」


 なんだろう。

 レイナンの頬の色がまた変わった気がするのは、俺の気のせいか……?


「ふふ……ありがとう。最初はどんな人かと思ってたけど、あなたって本当に優しいのね」


「そうか? ただ本音を言っただけだが」


「そうね。あなたならそう言うと思ったわ」

 そう言うと、レイナンはゆっくりと立ち上がる。

「ありがとう。あなたと出会えてよかった。今なら心からそう思える」


「ああ! 俺もそう思うぞ!」


「……私も、これで心に決めなくちゃね」


「ん? なにか言ったか?」


「いえ。なんでもないわ」


 レイナン。

 夜空に煌めくあの星は、たしかにまだ、弱く光っているだけかもしれない。


 だが待っていてくれ。

 いつかきっと、その美しい煌めきを、夜空中に広がらせてみせよう。


 そんな決意を秘めながら、俺たちは静かな公園を歩き出すのだった。

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