環境美化委員 美化委員長

 とある漫画のキャラクターが言った名セリフ。


 私は『完璧』を嫌悪する。

 完璧であればそれ以上はない。

 そこに想像の余地もなく、それは知恵も才能も立ち入る隙が無いという事だ。


 なるほど確かに。

 完璧とは限界の言い換えでもある。

 それ以上の成長の伸びしろはなく、改善点も改良点もなく、現時点以上の何も得られる事はない。


 幾ら鍛錬を積んでも、修行を積んでも、知識を蓄積させたとしても、それ以上の前進はないと思い知る事以上の絶望はないだろう。


 だが、人間はいつだって完璧を目指し、完璧に向かっていく生き物だ。

 人間は生きるだけで完璧な死へと向かう生き物だ。


 だってそうだろう。

 五体満足。

 病気はすれども致死には至らず。

 痛みもなく、眠るように命を燃やし尽くして果てる。

 これが完璧。完璧な死。


 誰かに殺されるでもなく、病魔に穢されてでもなく、ただただ命を燃やし尽くして老いて死ぬ。

 これ以上完璧な死はあるまい。


 故に、それ以外の理不尽な死を受け入れんとする蘇生というスキルないし魔法が嫌いな皆藤かいどう結城ゆうきは、自分の書く小説で殺したキャラクターを蘇生した事はなかった。


 此の世に完璧なものなど存在しない。

 完璧な死を遂げられる者とて数限られる世の中で、理不尽な死を受け入れず否定する、間違った完璧の求め方が嫌いだった。


 だから皆藤結城は、この世界を愛している。

 この世界は完璧ではないけれど、残酷だから美しい。

 だから残酷な天使は、千年経っても窓辺から飛び立つのだ。


「『残酷な天使のテーゼ♪ 窓辺からやがて飛び立つ♪ 迸る熱いパトスで、思い出を裏切るなら♪ この空を抱いて輝く♪ 少年よし、ん、わ、に、な、れ!!!』」


 ネット短編小説大賞に応募完了。

 後は結果を祈るのみ。


 祝詞を捧げるが如く籠めた歌が、どのような結果を齎すか。


「今の、何の歌?」

「千年前から、神の曲と謳われし日本の遺産さ。俺が歌ったからそうでもないように聞こえるだろうけど、原曲はめっちゃいい曲なんだぜ? 今度貸してあげようか」

「まぁ、機会があったらね。それに、あんたもそんな下手じゃなかったし。寧ろ普通の人より上手なんじゃない?」

「マジかよ……王女様に褒められるとか。明日は雪かな」

「喧嘩なら買うわよ……」

「俺が売らない。自分より弱い人間を甚振る趣味はありません」

「え」

「え、って何よ」

「いや、何でもないわ」


 今まで甚振っていなかったのか。


 そんな言葉が出てきそうになって、咄嗟にこらえた。

 言ってしまったら、それこそ今ここで甚振られそうだったから。


 と、そんなヴィオラに助け船が出された。

 当人にその意思はないだろうが、結果的にそういう形となって、ヴィオラは颯爽と飛びついた。


 また誰か、結城の眷属か誰かだろうと思っていたヴィオラだったが、その認識は一瞬で覆される。

 開けられた扉の隙間からと入って来た長身の男が、目を細くして笑いながらヴィオラへと迫る。


「初めまして、ヴィオラ王女。環境美化委員会委員長、九蝮くまむし弥鷹やたかと申します。今日は王女様にお話を伺いに参りました」

「話?」

「誰かと思ったら、環境美化委員会の毒蝮くんじゃん」

「毒蝮じゃなくて九蝮だって。相変わらず意地悪だなぁ、皆藤君は」

(そっか。今の三年って事は、本来結城かれとは同級生なのよね……)


 毎度の事ながら、生じる違和感。

 三年生と結城が対等に話していると、生じてしまう違和感が拭い切れなかった。


「それで? 環境美化委員会の委員長が、王女様に何の用よ」

「まぁ王女様に話があるって言いながら、皆藤君にも通さなきゃいけない話だから、このまま話しちゃおうかな」

「何の話……ですか?」


 優しい顔して、柔らかい態度をしていて、弥鷹はヴィオラに詰め寄る。

 それこそ蛇の如く跫音なんて無しに詰めてくるものだから、ヴィオラは思わずたじろいでしまった。

 長身故の上からの圧迫感が、重く圧し掛かってくる。


「王女様。君、窮屈には感じませんか? 何処に行こうにも監視の目。毎日二四時間見張られて」

「え……?」

「あれ、気付いてなかった? 皆藤君、自分の眷属使って王女様の行動を常時監視してるんだよ。君のためとはいえ、ちょっと気持ち悪いとか、不自由とか感じない?」


 ヴィオラが答えるより前に、結城が間に入る。

 ヴィオラよりは身長が上なので、高身長の弥鷹相手でも屈しない。寧ろ、引いたら負けとばかりに前に出て、押し返す。


「環境美化委員の管轄か? それ。仮に王女様が不自由を感じてたとして、目的は護衛なんだから、我慢して頂くのは仕方ないでしょう。なんで君がしゃしゃり出て来る」

「生活指導から頼まれたんだよ。生徒会も風紀委員会もそれどころじゃないからさぁ、今。だからそれに一番立場が近い俺が来た訳なんだけど。そうなんだよなぁ……畑違いなんだよ、正直に言って」

「だったら適当に話し合わせて帰ってくれよ。何なら俺の名前を出してもいい。俺が邪魔して話にもならなかったって言えば、先公も黙るだろ、一旦は」

「いいの? 君が悪者になっても」

「何を今更。最恐の二つ名が、悪者以外に付くかいね」


 弥鷹は大きく吐息する。

 前のめりだった姿勢は直り、真っ直ぐ立つと、天井に頭が付きそうになった。


「ま、それで行くか。悪いね」

「じゃ、そゆことで」

「うん。すみませんね、王女様。お邪魔しました」

「え、えぇ……」


 ヴィオラが呆けている間に、弥鷹はまた背中を丸めて扉を潜る。

 だがその途中、結城が弥鷹を呼び止めて。


「相変わらず、嘘が下手だねぇ……弥鷹ぁ。生活指導の先公が? 王女様に首突っ込む訳ぁねぇだろ。かなめちゃんが容認してるのに。監視の目が邪魔だと思ってるのは、てめぇら委員会の連中だろうが。なぁ、その糸目開いてみろよ。糸目は開くためにあるんだぜ?」


 次の瞬間。

 結城が挑発した通り、目を見開いて振り返った弥鷹の手には杖のような物が握られていた。


 一歩踏み込んで刺突で繰り出すが、結城のアッパーで拳ごと打ち上げられる。直後に結城が背を反らしたのを見て魔力を練った弥鷹の額と、結城の額が衝突した。


 二人がぶつかった廊下の左右の壁に、わずかながらに亀裂が生じる。


「前回の風紀委員のゴタゴタ然り……図書委員長がわざわざの忠告も然り……そして、遠回しのおまえ邪魔発言然り……しつけぇんだよ。てめぇら全員グルなんだろ? 委員会。風紀、図書、環境美化、保険、放送、運営実行、そして生徒会。全員で揃って俺を排除して、或いは王女様を排除して、何が目的だ」

「俺個人としちゃあどうでもいいんですけどねぇ。ただ、こっちにも面子ってもんがあるんだよ、皆藤くん。二回も留年した君が王女の護衛で、委員会が通常営業なんて、カッコつかないでしょう。だからその役を、俺達に譲ってくれって話だよ」


 結城は額を離し、考える風に首を傾げる。

 右へ、左へ。また右へと首を傾けて考えた結城は、パチン、と指を鳴らした。


「なるほどそりゃあご尤もだ。確かに委員会の連中が通常運営なのは、俺も腹立つ。せいぜい援助くらいしろよって思った事も何度かあったくらいなんだ」

「なら――」

「た、だ……君達に守れるの? 実際」


 杖を掴む弥鷹の手に、爪が食い込み、血が流れる。

 それほどの悔しさを噛み締める唇を震わせながら、何とか怒りを御しつつ問うた。


「俺達じゃあ、力不足だとでも?」

「君達が強いのは知ってるよ。ただ、それは結局って話。つまるところは井の中の蛙。大海から襲ってくる化け物から、王女様を守り続けられるのかよって話な訳さ」

「出来るとは、思ってくれないのかい」

「知らないよ。だってこれから先、どんな敵が来るのかわからねぇんだぜ? 俺でも手を焼く相手が出て来るかもしれないのに、はいどうぞって役目を放棄してみろよ。王女様が敵の手に落ちた時、そりゃあ俺の責任じゃねぇか。ヤだよ俺は。他人の不始末をこうむるのは」


 正論。

 これ以上なく。

 故に、刺さる。それこそ掌に食い込む爪よりも深く。


「何より、君達はわかっているのかね。君達は卒業後、魔導騎士育成機関に送られる。そこじゃあ先輩が、或いは先生が君達若い芽を摘ませんと身を挺して守ってくれるだろう。だがこの護衛任務に、そんな盾はない。失敗した時、もしくは何かを犠牲にしなければ勝ちの目が生まれない時、失われるのは人の命だ。残念ながら、この世界に回復の魔法はあっても蘇生の魔法はない。蘇生の秘薬も、命の数を増やす果実もない。人間、死んだらそこまでの世界だ。そんな世界で自分の力を誤認しながら出しゃばる事がどれほどの自殺行為か。君達がわかっている事を祈っていると、生徒会長に伝えて来な」

「……あぁ、そうする」


 それ以上の抵抗も反論もなく、弥鷹は部屋を出て行った。

 彼の反応と性格を知る結城は、弥鷹だけなら説得出来たと考える。

 しかし、相手は組織。教師一人相手にするより、質が悪い。


「ねぇ」

「うん?」

「あなたは……怖くないの? 自分が死ぬかもしれないってのに」


 何を言い出すのかと思えば。

 今の話の中で要らぬ気遣いをさせてしまったらしいなと、結城は理解する。

 だが悲しいかな。ここで虚勢を張れるほど、結城は完璧ではなかった。


「死ぬのが怖くない人間なんていないさ。寧ろ、力を持ってるからこそ怖いってのもある。どんだけ凄い戦場に送られて、どんだけ惨い死に方すんのかなぁ、みたいなね」

「……の割には、簡単に言うのね」

「あぁ。俺は狂ってる。こんな世界観の世界に生きてて、生き物を傷付ける事、殺す事に怯えながら他人を傷付けられる人間なんて、多分俺くらいだ。だからさぁ王女様。あんたは狂うなよ。完璧になれとは言わない。けど、絶対に狂うな。全うでいろ。それだけが、先輩として俺が言える事だ――らしくない事を言った。ずっと喋ってたから喉乾いた。何か買って来る」

「えぇ……いってらっしゃい」


 狂うな。

 完璧になれとは言わない。

 けど、絶対に狂うな。


 どうも抽象的でピンと来ないけれど、それが唯一の教えだと言うのなら、それを理解出来るように努めるのが今後の課題なのだと、ヴィオラは出て行く彼の背を見送りながら決心した。

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