第20話 【真実の愛】がもたらしたもの(最終話)

 リオノーラは、日差しの柔らかな暖かい春の日に婚姻式を挙げた。

 嫁ぐ国での式だったが、家族をはじめ、自国で仲の良かった友も参列した。


 シルヴァンの父親は、無骨な軍人風情の大柄な人だが、リオノーラとシルヴァンの並ぶ姿を見て、顔をゆがめて涙をこらえていたのが印象的だった。シルヴァン曰く、見た目も軍人としてもかなり怖がられているけれど、家族への愛情は人一倍なのだとか。

 義母となるシルヴァンの母は、シルヴァンと同じ漆黒の艶やかな髪の端麗な美人で、夫人となる前は女性の騎士として、今の国主の妃の護衛を務めていたらしい。涙もろい夫と隣で苦笑いをする夫人は、シルヴァンと結婚したリオノーラを大きな愛で受け入れてくれた。

 他国の次期公爵夫人となるリオノーラを、義母は丁寧に指導してくれた。無事に式まで漕ぎ着けられたのは、この国のしきたりなどをしっかりと教示してくれた義母のおかげでもあった。


 国を繋ぐ公爵家同士の結婚ではあったが、親しい者を中心とした心温まる式であった。


 その後、リオノーラは、シルヴァンとの間に2男2女を授かった。

 ベシエール公爵家の跡取りの長男は、祖父に似たしっかりとした体格の美丈夫になり、次男はリオノーラのすらりとした細身のシルエットをそのまま受け継いだ。長女は、リオノーラの母に似て、いずれは社交界で持て囃されるであろう美人で、次女はベシエールの祖母ににて、凛とした女性となり、道も倣って女性騎士を目指している。

 シルヴァンは、末っ子である次女が生まれた頃、公爵位を継いだ。

 現在の国主とは年が近く、若いうちから側近として側に置かれていたから、今も変わらず国の中枢で側近として働いている。

 リオノーラはそれに伴って公爵夫人となった。

 夫であるシルヴァンの仕事柄、外交にも同行することもあり、社交ではその穏やかな性格と地頭の良さで、賢夫人として名を馳せた。

 外交の間には、自国にもよく里帰りをした。


 あの法律制定後、自国でのリオノーラの名誉は回復された。

 里帰りをすれば、もともと仲の良かった令嬢たちもすでに夫人となっており、茶会や夜会などに招待を受けた。

 そこで、あの二人のその後を聞くことになった。

 

 リオノーラ達より前に婚姻を認められたデビッドとエイミーは、シェリンガム侯爵家から排籍されたことにより、貴族たちを呼んだ式を挙げることはできなかった。

 処罰として、役を課されていたわけではなく、貴族籍を廃されただけなので、シェリンガム家の系列の服飾店ブティックを任された。その店のデザイナーとエイミーだけのデザインのドレスを作り、お披露目という形での式は行ったらしい。

 真実の愛で結ばれたはずの二人だったが、その関係は長くは続かなかった。

 もともと、エイミーはである。

 自分たちの店の新作を着ては、お披露目をするのが役目とばかりに、懇意になった貴族の男性とともに、度々夜会に顔を出すようになった。広告塔と言えば聞こえはいいが、本来、出席できる立場ではない。あくまで貴族の男性がする形だ。

 対してデビッドは、もともと自尊心の高い質ではあったので、その分、自分が落ちぶれるのには我慢は出来なかった。その熱量は、自身に任された店を大きくすることに向かったため、ある意味いい方向に向かったと言えた。

 ただ、エイミーとの仲は、早々に冷え切ったものとなり、もともとの美丈夫であったことも相俟って、貴族夫人たちにドレスを売り込むために浮名を流すようになった。

 裁判の結果、彼らは離婚することを許されていない。真実の愛を騙り、一人の女性を傷つけた代償として。

 お互い、ほかに多々愛人を作りながらも、一つの店を営むことだけで繋がっている。


 

 第2王子の王子妃となったパトリシアは言う。


「結局、あの二人は周りにちやほやされるのがいいのよね。今の形が幸せなのではないかしら」


 幼馴染の伯爵令息と結婚し、伯爵夫人となったジェシカは言う。


「リオノーラを傷つけたくせに、とは思うけど」


 婿を取り、マキオン商会の会頭及び子爵夫人となったミリーは言う。


「あの店、売り方に難はあるけど。勢いはあるのよね。負けられないわ」


 そんな友人たちを見ながら、リオノーラは思う。

 デビッドとエイミーの幸せの形は、リオノーラにはわからないけれど、不幸になって欲しいと思っているわけではないのだ。

 それはこの3人もそうなのだと思う。

 ただ、あの頃、二人が誠実に向き合ってくれていたら。

 もっと、人の心を大切にしてくれていたら。

 結末は違っていたかもしれないと思う。


「真実の愛って、難しいわね」


 リオノーラの言葉に、3人は笑う。


「そんなもの、若い頃に分かるわけないのよ。あれは一種のだったわ」


 パトリシアの言葉は、あの小説が起こした現象のことだ。

 デビッドとエイミーも、周りの生徒たちも、学園という狭い空間で、持ち上げられた象徴のような存在だった。おそらく二人もその状態に酔ってはいただろう。

 若さゆえの偏った集団心理の中で、あの熱病はあっという間に広がってしまった。

 それは、最後には国まで動かしてしまった。


 リオノーラは、小さく笑って。

 

「……わたくしは、今、とても幸せだわ。子供たちもいる。頼りになる愛する夫もいる。

 この世を去る時、『この愛は真実だった』と言えるように、これからも生きていきたいわね」


 そう呟いた。


 

 

 

 ___________________________


  【真実の愛がもたらしたもの】

 ここでいったん完結です。

 続きはエイミー視点です。

 

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