真実の愛がもたらしたもの
Kaoru
第1話 地味な婚約者と学園の天使
ある国で、ひとつの法律が成立する。
骨子は、要約すると以下の通り。
【真実の愛という名の、不誠実な関係を選ぶ場合、双方貴族籍を廃し、市井において国のために尽くすこと】
このような法律が立案され、可決され、施行されたのには、国を揺るがすひとつの騒動があったからだ。
そう、当事者二人にとっては美談として語られるが、それをよしとしなかったのが相手側だった。相手側に権力があった故、【真実の愛】という美談はそれで終わらず、真実の愛を取るのであれば、貴族という身分は捨てて、平民として国を支えることを法律として定めるよう要求したのだ。
そうして、法案は、2年に及ぶ審議を経て成立した。
それにより、美談とされた二人は平民となり、相手方は名誉を回復した。
これは、その法案が作られる原因となった、ある貴族たちの話である。
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デビッド・シェリンガムは、自他ともに認める美丈夫であった。
自身も、父譲りの背の高さと精悍な顔立ちや、母の神秘的な紫の瞳などが、他人の目を、一際女性の目を引き付けるということに早々に気付いた。
8歳のころ、政略的な理由による婚約を果たすが、相手には不満があった。
こんなに人目を惹く自分にはふさわしくない、茶色の髪と茶色の瞳。顔立ちは可愛らしいものの、隣に並んで絵になるとはとても言えない。そんな令嬢だった。
ただ、家の格は申し分なかった。何せ、王妹の孫なのだ。王族に繋がる縁が結べる、家にとっては最高の縁談だった。
もちろん、侯爵家当主である父親は、一も二もなく了承した。
そこにデビッドの意志など介入はしない。貴族の政略的な婚約などそんなものだ。父にも母にもそう説得された。
もちろん、たかが8歳の子供の言うことであり、親も重要視してはいなかった。
デビッドの中に広がる、婚約者に対する嫌悪感を。
デビッドの婚約者はリオノーラ・アルドリット。アルドリット公爵家の次女であった。
この公爵家は、王国創建当時からの家柄であり、王族の血が濃い。さらに二代前に王女の降嫁があった。
現在の王国下ではもっとも地位が高く、血筋も尊い家といえた。
長女は隣国の王族に嫁ぐことが決まっており、次女であるリオノーラには王族と縁づくことを期待する貴族から多数の縁談が舞い込んだ。
その中から、王家の介入で決まったのが、シェリンガム家嫡男との婚約であった。
シェリンガム家にとっては、王家に認められた婚約であり、今後のシェリンガム侯爵家は安泰と見られた。
ことが大きく動いたのは、二人が学園に入学してからだった。
デビッドは一人の少女と出会った。
名は、エイミー・ペイン。ペイン男爵家の令嬢である。
令嬢といっても、男爵のお手付きだった平民が産んだ子で、2年前に男爵家へ引き取られたばかりだった。
だからなのか、生粋の令嬢たちとは毛色が違った。
天真爛漫で、人との距離が近い。母親似だというその愛らしい顔立ちに、屈託のない笑顔を乗せて、あっという間に懐に入り込む。
その手腕は、令息たちだけではなく、教師や下位の貴族令嬢たちまで及び、気付けば彼女の周りには人が集まるようになっていた。
多少の無礼はご愛敬。学園にいる間で令嬢としての知識は身につければいいもの。周りは彼女の裏表のない明るさに取り込まれていった。
エイミーの存在は、しばらくすると徐々に影響を見せ始めた。
最初は、親しくならないものの天真爛漫な平民上がりの令嬢を高位の令嬢たちは静観していた。徐々に礼儀は身につくであろうし、周りもそう指導するだろう。教師もいれば、同級生もいる。そして、上級生もいるのだ。
しかし、男子生徒はもとより、男性率が高い教師陣までがエイミーを目こぼしするようになる。エイミーの人気は上級生の令息たちにも広がり、まるでエイミー一人が特別であるかのような空間になっていく。
本来なら、上位貴族の令嬢からお小言のひとつも出るところだ。このままではエイミーは貴族の令嬢としては落第である。いくら見た目が可愛く、性格が良かったとしても、それはあくまで平民としてなら問題がない範囲。貴族には貴族の責務がある。貴族社会の常識を知らずして、生きてはいけない。だからこそ、この学園に通う3年間で、貴族社会の縮図を学ぶのだ。
静観していた令嬢たちの視線が険しくなってきたころ、最高学年に在籍していた第3王女からほかの令嬢たちに警告がなされた。
【件の令嬢には、関わらないように。たとえ我慢ならないところまで来たとしても、口に出してはならない】
王女のその通達により、エイミーは高位の令嬢たちからはさりげなく遠巻きにされた。エイミーからの接触も当たり障りのない理由を盾に躱される。誰も、怒ってはいない。不機嫌でもない。
ただ、笑顔で去っていくだけだ。名前すら名乗ってはもらえなかった。
高位の令嬢たちに構ってもらえない寂しさを、エイミーは周りに吐露する。
曰く、
――みんなと仲良くしたいのに。
――全員で遊べば楽しいのに。
――どうして、あの人たちは私とお話してくれないのかしら。
といったような具合に。
そうして、令嬢たちと彼女を庇護する者たちとの溝は深まっていった。
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