第8話 仕事中の彼と、初めての共同作業
予期せぬ共同プロジェクトの開始は、私の日常を一変させた。週に一度、高村さんとの打ち合わせが定例化し、私たちは連絡を取り合うことが増えた。クライアントオフィスでの会議室、カフェの片隅、時にはオンライン通話で、私たちは何度も顔を合わせた。
高村さんは、仕事中は驚くほど真剣な顔つきになった。普段の穏やかな笑顔は鳴りを潜め、鋭い眼差しで資料を読み込み、的確な指示を出す。そのプロフェッショナルな姿を見るたびに、私は彼への尊敬の念を深めていった。
「佐伯さん、このフォントだと、ターゲット層への訴求力が少し弱いかもしれません。もう少し、親しみやすい印象を持たせたいのですが」
ある日、高村さんは真剣な表情で私に意見を求めた。
「そうですね……。このブランドが持つ『安心感』と『新しさ』を両立させるのは、確かに難しい課題です。いくつか候補を考えてみます」
私はすぐに手元のタブレットにメモを取り、彼の要望を具体的なデザインに落とし込もうと頭を巡らせた。
私たちは、互いの専門知識を尊重し合い、率直な意見交換を重ねた。時には意見がぶつかることもあったが、彼の言葉には常に、より良いものを作ろうとする情熱が感じられた。彼が提案するコンセプトは、いつも斬新でありながら、地に足がついている。彼の視点に触れるたび、私のデザインの引き出しが広がるような気がした。
ある日の午後、私たちはデザインの最終調整のために、高村さんのオフィスで打ち合わせをしていた。窓の外には、高層ビル群が夕焼けに染まり始めていた。
「佐伯さんのデザインは、いつも期待を超えてきますね。僕が漠然と考えていたイメージを、こんなにも鮮やかに形にしてくれるなんて」
高村さんが、完成間近のロゴデザインを見つめながら、穏やかな声で言った。
彼の言葉は、私の胸に温かく響いた。デザイナーとして、これほど嬉しい言葉はない。
「ありがとうございます。高村さんの的確なフィードバックがあったからこそ、ここまで来られました」
私がそう言うと、彼はふっと笑った。その笑顔は、仕事中の真剣な表情とはまた違い、打ち上げで見た時の、少しはにかんだような顔だった。
「佐伯さんって、仕事中はすごく集中してますよね。普段の美咲さんとの会話とは、また違う顔で」
彼が言うと、私の頬が少し熱くなる。
「高村さんもですよ。初めて会った時とは、全然印象が違って……」
「そうですか?」
高村さんは少し驚いたように目を見開いた。その琥珀色の瞳が、夕焼けの光を映してきらめいた。
沈黙が訪れる。しかし、それは決して不快なものではなく、心地よい静けさだった。
夕焼けに染まるオフィスの中で、私たちは、互いの存在をより深く意識し始めているのを感じた。
「あの、高村さん」
ふと、私は口を開いた。
「なんですか?」
「『夜のカフェテラス』、読みました」
私の言葉に、高村さんの表情が柔らかくなった。
「本当ですか。どうでしたか?」
「すごく……切なかったです。読み終わった後も、ずっと心に残って」
「でしょう? あの、カフェの情景描写が、またいいんですよね。まるで自分もそこにいるかのような感覚になる」
彼もそう言って、遠い目をした。
同じ本を読み、同じ感情を分かち合えること。それは、私たちをより深く結びつける、小さな共通点となった。
プロジェクトの終わりが近づくにつれ、私たちは、仕事仲間としてだけではない、新たな関係性を築き始めていた。
それは、ゆっくりと、しかし確実に、私の心の中に芽生え始めていた恋の予感だった。
夏の終わりを告げる風が、窓の外を通り過ぎていく。
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