第20話 近づく追手
「皇帝!もうここには居ないみたいです。」
ハンナの生家は皇帝達に荒らされていた。
「コット。どうなっておる。居ないではないか。お前らが勝手にサーブルを騎士団長から外すから団の連携もとれないから余計な時間がかかったではないか。」
皇帝はコットに静かに聞いた。
「ハンナの両親が居ないという事はここには来てるという事でしょ。ここから先は居場所を掴めないから何者かが匿っているに違いないわ。それに皇帝もサーブルはそんなに好きじゃなかったじゃない!私達のせいにしないで!」
コットがヒステリックにわめいていた。
「お前の術を跳ねのけられる事が出来るのはあの村の奴だろう。」
「皇帝はそこの村に行けるの?その村の若い奴らを拉致も同然で連れて来て無理やり城で働かせたり、自分の妃にしたりやりたい放題でしょ。あいつらも一応、魔力持ちよ。私でも手こずる相手なのに普通の人間の皇帝には無理よ。あー本当。魔力を持って生まれて来たのが偽善者のエトワールじゃなくて手のひらで転がるアンベスなら良かったのにねえ。」
コットは髪をかき上げながら皇帝を見た。
「コット、口のききかたには気を付けた方がいいぞ。我々の仲間には魔力を持った人間が居る。かなり強力な魔法を使える隠し玉だ。それにお前がもっと早く居場所を探して伝えていたらハンナ達を捕まえる事が出来たんだ。一体、何をしていたんだ。」
皇帝がコットを睨むように見ながら聞いた。
「私にも色々とあるの!」
コットはその時にロスタル侯爵を思い出した。
「まあいい。老いの村の前まで行くぞ。あの村に行ってるはずだ。」
コットはイライラして来た。
「そんな隠し玉があるならその人を使えばいいじゃない。わざわざ私が出るまでの事ではないわ!」
「その魔力を持つ者は気まぐれでな。そんなにしょっちゅう頼む事が出来ないんだよ。それを考えるとコットのワガママの方がまだ可愛いものだよ。」
皇帝はコットを少し小馬鹿にした様な口調だった。
「何よ!まるで私が都合のいい奴みたいに言って。」
「お前は贅沢の限りを尽くしているではないか。何の不満がある?ハンナなんぞ身動きも取れない様に金品を全て取り上げているんだぞ。私の妃にと考えていたけれど余りにも見てくれが悪く受け付けなかったのでアンベスの妃にしてやったのにアンベスはお前に夢中で、本当に使えない奴だ。しかしハンナがあんなに美しくなるとは勿体ない事をした。まあ、捕まえたら一生外に出れない様にしてやるけどな。リテの様に。」
「皇帝って本当に酷い人よね。自分の権力の為なら本当に何でもするのね。」
これにはコットも呆れ気味だ。
あと少しで老いの村という所で馬達の足はそこから先に入る事を拒むかの様に止まった。何をやっても動こうとしない。
「あーこれは凄いわ。老人が張ったとは思えない程のバリケードがあるわ。どうする?戻る?」
「いや。定期的にここには偵察の為に兵士を送り込んで来たが、今までこんな事は一度もなかった。このタイミングでおかしいだろう。ハンナ達が居るはずだ。馬をここに置いて歩くぞ。」
皇帝は馬を降りコットと何人かの騎士を連れ、一時間程かかる老いの村まで歩いた。
「何で私まで歩かないといけないのよ。最悪なんだけど。」
「コットの呪術から村を守るために、結界を張らなければならない。村人は同時に違う魔法は使えないのだ。結界に魔力を使わせて私達に攻撃できない様にしないといけないのだ。わかってくれコットよ。お前に付いてた若いメイドが一人居なくなってたよ。また魂を抜いて自分の物にしたんだろう。色々と目をつぶってやっているんだ。対価を頂かないといけないからな。」
コットは何も言い返せなくなった。皇帝は呪術師と対等にやり合える数少ない人間だ。
「あのメイドは城の従業員の中でも若く美しかった。その娘の魂までも奪っているのだ。もっと私に尽くしてもいいのではないか?」
「さっきから大人しく聞いていたら腹が立つわ!ここの魔力を持ってる若い奴らの血を抜いて呪術をかけて皇帝に飲ませたのは私よ!そのお陰で少し魔力を持てる様になって来たんじゃない!」
皇帝はコットの方を見て不気味な笑顔を見せた。
「ああ、そうだな。コット、お前には感謝してるよ。だからその分の褒美はくれているだろう。それにそろそろ私にそういう言葉使いは止めた方がお前の為だぞ。リテとエトワールの血を呑んだら優にお前を超える事は出来るからな。そしてハンナの血を呑めば完璧だ。」
「なっ!魔力を貰うには魔力を持った人間が必要なのよ!?」
「言っただろ。私には隠し玉があるんだ。ほんの少し聞き分けの無い奴だがな。」
コットは皇帝の自信に溢れた顔を見ると身体の奥底から怖くなった。皇帝が魔力を手に入れたらこの世界を牛耳る位の力はあるはずだ。しかも自分の欲望の為にリテだけではなく自分の息子の血までも飲もうとしている事に寒気がした。この皇帝には逆らわない方が自分の身の為だと確信した。
「皇帝はこちらに待機していて下さいませ。私共で先に見て参ります。」
騎士たちが先に村に入ろうとした時に村長が出迎えた。
「これはこれは。珍しいお客様ですな。」
村長は動じることなく皇帝達に挨拶をした。
「久しぶりだな。村長。今日は人の目に見えないバリケードが強い様で馬が歩こうとしなかった。何か見られてはまずい事でもあるのか?」
皇帝は威圧的な口調で質問した。
「最近、怪物が動き出すのが早くて、ここら一帯は強い結界を張っております。私はこれから彷徨いの谷へ怪物たちの様子を見に行かなければいけません。今日はどの様なご用件でいらしたのでしょうか?」
村長はコットや騎士達の顔をじっくり見た。
「いや、たまにはこの村の様子でも見て行こうかと思ってな。相変わらず彷徨いの谷の怪物達の世話をしているのか。」
「はい。本当なら若い衆がやるのですが、皇帝の元へ出稼ぎに行ったっきりここには顔も出してくれなくなりましたので私の様な老いぼれが世話しております。」
村長は皇帝の方を振り向くことなく答えた。
「我が国は居心地が良いのだろう。給料は十分に渡してるはずなので仕送りなんかは問題ないはずだが。」
「それはおかしいですね。その子達の親の所にはそんな仕送りなど一切来てなかったみたいですがね。」
皇帝は冷酷な顔をしたまま村長の話を聞いていた。
「若くして手元にお金が入ると遊びに使ってしまう奴らも多いので困ったな。帰ったら仕送りする様に言っておく」
コットですら何となく気まずそうな顔をしてその会話を聞いている。
「あ、皇帝。皇帝の所に出稼ぎに行った『メドック』は元気にしておりますか?あの子は体が弱く親もそれを心配しておりましたので。」
「あ、ああ。とても元気だ。つい最近結婚したのではないかな?親にも言わないという事はもう、自分の家庭の事で精一杯なのかもしれないな。良くないな。それもきちんと伝えておこう。」
皇帝は笑いながら答えた。
「そうでしたか。よろしくお伝えください。もう、すぐにお帰りになられるのですか?お茶でもお出ししますが。」
村長はこの村から連れ去った若者が気になっていたのでメドックの名を使って皇帝を試してみた。やはり睨んだ通り、皇帝はその場しのぎの嘘で話を合わせて来た。もしかすると若い衆は皇帝の手にかけられたのではないのかと村長は悲しみと怒りが沸きあがって来た。
「彷徨いの谷に行かなくてもよいのか?」
「お茶を用意したらちょっと行って来ます。」
今までは門前払いの様に対応されるのに招き入れてくれるとはどういう風の吹きまわしなのか気になった。
「では、頂く事にするか。」
そう言ってコットを見るとさっきよりだいぶ老けて見えるコットが呼吸を荒くして立っていた。
「はあ。はあ。若い奴が居ないと生気を吸えなくなって苦しい。だからジジイとババアしか居ないこの村には寄り付きたくないんだよ。」
そう愚痴を漏らしているコットの姿は見るに堪えないモノがあった。
「アンベスが見たら百年の恋も一気に冷めるな。」
皇帝は呆れた顔をしていた。村長は応接間へ皇帝とコットを通してお茶を淹れた。皇帝は中々、入る事の出来ない老いの村の内部に興味深々だった。
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