第5話 いけ好かない男

はい、出来ましたわ。ハンナ妃、とても可愛らしいです。」

ハンナの事を可愛いなんて言ってくれるのは両親とエクラ位だ。

「ありがとう。余り気が乗らないのですが行って参ります。」

「私も会場に行きますので、何かあればすぐに駆け付けますわ。」

「ありがとう。エクラ。感謝するわ。」

そう言うと重い腰を上げてパーティー会場へ向かった。会場に到着したがアンベスはエスコートなどしてくれるはずもないので取り合えず部屋の隅にでも立っていることにした。

会場を見渡すと皆、煌びやかな衣装で楽しそうにダンスを踊っていた。

「おい、そんな所に突っ立ってないで、あの真ん中の椅子に座れ。」

アンベスが嫌そうな顔で話しかけて来た。

「承知しました。」

不機嫌な態度をとるのも疲れたので言われた通りに中央にある椅子にへ向かった。

「あれが第二皇子の妃なの?」

「男の子みたいね。あんなやせっぽっちの鳥ガラみたいな令嬢が妃になれるの?我が国の恥じゃないかしら?」

貴族たちがハンナの風貌を見て色々噂をしていた。

「はあ…だから嫌なんだよ。」

アンベスもブツブツ文句を言っていた。

ハンナはどうして自分がこんな辱めを受けなければいけないか分からなかった。本来ならば田舎の領地で両親やみんなと穏やかに過ごせていたはずなのにと唇を噛んだ。

会場の中央の高座には皇帝が鎮座していてコットもその隣に居た。

「アンベス、ハンナとファーストダンスを踊って差し上げたら?」

コットが少し馬鹿にした様な感じで言った。

「今日はもう疲れたので遠慮しておくよ。」

そう答えると椅子に座りハンナに背を向けた。皇帝も見ては居るが特に咎める事もなかった。

「そうなの?じゃあ私とも踊れないわね。」

コットが意地悪っぽく言った。アンベスも皇帝の手前いつもの様にはいかないので何も言い返さなかった。


「ちょっと、あのドレス見て。」

「嫌だわ。ドレスが被ってるわ。」

「コット様とドレスが被るとハンナ妃が余計に可哀想だわ。」

「あの顔と体系じゃ子供用のドレス着て来た方が良かったんじゃない?フフッ。」

貴族は何かにつけて色々とケチをつけて来るんだなとハンナはもう慣れて来た。

エクラも見当たらないし、話す人も誰も居ないのでひたすらボーっとしていた。


そんな時に会場の雰囲気が少し変わった。入口の方がザワザワしているみたいだ。ハンナはヒマだったので何事だろうとワクワクした。入口の方から人の波をかき分けてこちらに向かって来る人が見えた。その人はこちらの方にズンズンと近付いて来た。

「ご機嫌いかがでしょうか皇帝。」

そこに現れたのは彫刻の様な綺麗な顔をした銀色の髪が美しい背の高い男性だった。

「ああ、ロスタル侯爵。君に会えるとは思ってなかった。嬉しいよ。」

その男はこの会場にいる貴婦人を全て釘付けにしている。

「アンベス皇子、ご結婚おめでとうございます。」

「どうも。」

アンベスが素っ気なく返事をした。

「ロスタル侯爵!ごきげんよう!」

コットが身を乗り出して来た。

「やあ、聖女様。」

アンベスが不機嫌なのはコットがあからさまにロスタル侯爵にお熱な感じだからだろうか。ハンナはいつ挨拶をしていいのか分からずただボーっとしていた。

「どうも、初めまして。私、ロスタルと申します。」

その律儀な男性はハンナにも丁寧なあいさつをしてくれた。

「初めまして。ハンナと申します。」

改めて顔を見るととても綺麗だがブルーの目の奥はとても冷たい感じに見えた。

「これはこれは、可愛らしいご令嬢だ。」

その誉め言葉は何となく嫌な感じに思えた。今まで男性に一度も容姿を褒められた事ないハンナにとっては嫌味にしか聞こえなかったのだ。

「どうも。私には勿体ないお言葉ですわ。」

ハンナはロスタル侯爵の顔も見ずに返事をした。

「ロスタル侯爵、私と一曲踊っていただけませんか?」

コットがハンナを押しのけて来た。

「聖女様の申し出は断るわけにはいきませんね。」

ロスタル侯爵はそう言うとコットの手を取りエスコートした。アンベスを見ると怒りと嫉妬で顔が真っ赤になっている。

コットとロスタル侯爵のダンスは会場の貴族達を魅了した。


「あの方が皇帝が選んだお妃様なのかしら?」

「なんだ?まだ子供じゃないのか。」

「アンベス皇子が皇帝になったらあのお子ちゃまが皇后なの?」

「ご冗談が過ぎませんか?」

どこに居ても貴族が色々陰口を叩いているのが嫌でも耳に入って来る。ハンナは絶世の美女と言われた姉二人といつも比べられて辛い思いをしていた。けれど家族が守ってくれていたので悲しくはなかったのだが、今、ここにはハンナを貶す形だけの旦那様しか居ない事に心が折れそうになる。

注目の的になっていたコットとロスタル侯爵のダンスが終わった。コットはもっとロスタル侯爵と居たい様で傍を離れようとしないでいる。ロスタル侯爵はそんなコットに見向きもせずにハンナの方へ歩いて来た。

「私と踊っていただきませんか?」

「あ、私まだアンベス皇子とファーストダンスを踊ってないのですがいいのですか?」

形だけの夫婦とはいえ、貴族達も居るのにどうしていいか分からなかった。

「別にいいのではないですか?アンベス皇子は貴方の事を何も気にしてないと思いますよ。」

ロスタル侯爵は意地悪な顔でハンナにこそっと耳打ちした。ハンナはロスタル侯爵の嫌な言い方が頭に来て、ダンスの誘いを断ろうかと思ったが、堪えて受ける事にした。

「喜んでお受けしますわ。」

ハンナはそう言うとロスタル侯爵の手を握った。コットがこちらをずっと見ているのは分かった。

「ねえ、皇帝はさ、どうして貴方を第二皇子の妃に選んだのか聞いた?」

また耳打ちをして来た。

「ロスタル侯爵もミーハーなんですね。まあ、こんな男の子みたいな令嬢が選ばれたのなら気になりますよね。その答えは皇帝のみぞ知る事だと思いますのでどうぞ皇帝にお聞きください。」

ハンナはロスタル侯爵の目をジッと見て答えた。どうせロスタル侯爵も噂好きの貴族に違いないとハンナは思った。

「そんな怖い顔しないでよ。」

ロスタル侯爵はそんなハンナの考えてる事に気付いたのか笑顔で茶化して来た。

「いいえ。これが普通です。」

ピクリとも笑わずに答えた。ロスタル侯爵はハンナの中の嫌いな男のランキングに入ってしまった。

踊り終えるとハンナは挨拶もそこそこにフイっとその場を離れた。疲労と空腹で頭がクラクラしてしまう。もう帰りたい気持ちで一杯だったが帰れる気配もなくただ疲れてしまった。アンベスはコットに夢中でコットはロスタル侯爵に夢中だ。そして周りの女性もロスタル侯爵に夢中だった。

「ハンナ妃!」

声をかけて来てくれたのはエクラだった。

「エクラ!ちょうど良かった。もう帰りたいのですがどうしましょう。」

「もうすぐでアンベス皇子が帰られると思いますので、それまで気分転換に中庭でも散歩しませんか?」

「いいですね!散歩しましょう。」

息が詰まりそうなパーティー会場を抜けてエクラと二人で夜空を見ながら庭園の散歩をした。

「ねえ、エクラ。ロスタル侯爵に聞かれたの。なぜ皇帝が私をアンベス皇子の妃として選んだのか知ってるかと。」

「ええ?ロスタル侯爵にですか?どうしたのでしょうそんな事聞くなんて。あの方は他人には興味ない方で有名ですよ。許嫁もいらっしゃらないし、恋人も居たのは聞いた事もございません。何がそんなに気になったのでしょうか。」

「もしかしてロスタル侯爵は皇帝が、なぜ私を選んだのか知ってるから聞いてきた様な気がしたのです。」

「それはどういう意味でしょう。」

エクラは首を傾げた。

「ううん。分からないけどそんな気がしただけよ。けど意味ありげだったわ。」

二人で中庭まで歩いてくると噴水が月明かりに照らされて水しぶきがキラキラと水面に反射してとても美しかった。

「では中庭に噴水があるのでそこで少し休憩しましょう。」

「お腹空いたわ。何か食べる物ないかしら。」

「そうだと思ってサンドイッチを持ってきました。ぶどうジュースもございますので急ぎましょう。」

気が利くエクラはハンナの心を読んだかの様に色々準備してくれてた。

「流石だわ。エクラが居るとなんでも願いが叶うみたい。」

ハンナはやっと笑う事が出来た。


中庭の噴水は月明かりに照らされてとても綺麗だった。

「ハンナ妃。ここで食べましょう。」

エクラは噴水近くのテーブルにサンドイッチとぶどうジュースを用意してくれた。

「ありがとう、エクラ。」

ハンナは椅子に座りエクラが用意してくれたぶどうジュースを飲んだ。

「とても美味しいわ。」

「ぬるくなって申し訳ないです。冷えてた方が美味しいですよね。」

「そんな事ないわ!とても美味しいわ。」

ハンナは少しムキになってしまった。

「あら、ウフフフフ。そんなに言って下さるなんて嬉しいです。」

そう言いながらエクラはサンドイッチも準備してくれた。

「エクラ。エクラはどうして私の侍女を引き受けてくれたの?」

「あら?気になりますか?」

「とても気になります。」

ハンナはニッコリと答えた。

「私は元々、聖女リテ様にお仕えして孤児院の子供のお世話などしておりました。けれどエトワール皇子とリテ様があんな事になってしまい、皇宮を去ろうと思っておりました。そこにハンナ妃とアンベス皇子の結婚の話しが出て来て私が侍女になるという流れになったのです。」

「そうだったんですね。これは運命かもしれませんね。私がここに来て一番良かった事はエクラに会えた事かもしれません。」

「まあ、ありがとうございます。」

エクラはクッキーも用意しながら話を続けた。

「アンベス皇子もコット様が現れるまではあんなに酷い方ではなかったのですが。申し訳ありません。」

「まあ。それは仕方がない事ですしエクラが謝る事でもないわ。皇帝は一応は優しいですし、もしも離縁されても家族の元に帰れるから平気よ。」

「ハンナ様が離縁なんてされて家に戻られるなら、私も皇宮は出て行きますわ。」

そう言ってハンナとエクラは顔を合わせて笑った。

どの位時間が経ったのか分からないがお腹も一杯になりウトウトと眠くなって来たのでそろそろ会場に戻る事にした。

バスケットにぶどうジュースやサンドイッチの残りを片付けてるエクラを眺めていたら、なんだか周りの音が一瞬止まった様に思えた。ハンナは不思議に思い周りを見渡した。

「ケー――ン」

キジに似たような、それよりももっと高い鳴き声が響き渡った。エクラも驚いて辺りを用心深く見回した。そして二人の視線の先には一羽の真っ白な綺麗な鳥が木に止まっていた。

「ハンナ妃、とても美しい鳥です。こんな鳥、見た事ありません。」

「ええ。とても美しいわ。けれど、この鳥、どこかで見た事がある様な…」

ハンナが思い出そうとすると鳥が羽を広げた。その大きさはハンナ一人より大きい。その姿はとても妖艶だ。その時、ハンナの身体が熱くなり全身の血が沸騰するのではないかと思う程に熱くなった。

「エクラ…何だか熱があるみたい。急に体が熱くなって来たわ。」

ハンナは意識が朦朧としている。クラクラと目の前が回っている幻覚に襲われた。

「ハンナ妃!大丈夫ですか!?ハンナ妃!」

エクラが呼びかけたがハンナはそのまま意識を失ってしまった。






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