第2話 聖女コットとアホ皇子


「アンベスよ。ハンナとは上手くやっておるか?政略結婚とはいえ仲がいい事に越したことはないからな。」

「…はい。仲良くやっております。」

「そうか。ハンナの国民へお披露目のパレードは一週間後に執り行う。その後に貴族達を迎えてパーティーだ。ハンナにもいいドレスを選んでもらうよう侍女達に言っておくように。」

「…かしこまりました。」

アンベスの表情は曇っていた。

「それとアンベス。聖女コットの事はもう終わりにしなさい。チラホラ噂が入って来ておるぞ。お前はもう妃を貰ったのだから。」

皇帝は厳しい顔でアンベスを責めた。

「終わるも何もあの方とは何もないので。」

「そうか。ならばよいが。第一皇子がまだ回復すると私は信じておるのでそこは肝に銘じておくように。コットはエトワール第一皇子の婚約者なのだから。」

「……承知致しました。」


皇帝の部屋から出たアンベスは近くにあった置物の像を蹴り倒した。

「何だよ!あんな男みたいな女を俺の妃として国民の前に晒したら恥さらしだろう!それに第一皇子はもうダメに決まってんだろ。半年も目覚めないのに。死んだも同然の奴を大切にしやがって。」

アンベスのその姿は皇子とは思えない程に低俗な振る舞いだった。

「アンベス。どうしたの?そんな怒りに狂ってはダメよ。」

ハープの演奏のような心地の良い声が聞こえて来た。

「コット。居たのか、見苦しい所を見せてしまった。」

「いいえ。男の人にはそういう時がありますわよね。もし私でよければお話聞きますわ。」

いい香りのする艶やかな長い髪に陶器の様な肌。赤く染まった唇に長い睫毛。豊満な胸元に華奢な腰。白いシンプルなドレスなのに色っぽく見えてしまう。

「コット。ああ今日も美しい。君が妃なら良かったのに。」

「アンベス。それはダメよ。私は貴方のお兄様エトワールの婚約者でありこの国の聖女ですから。」

「コット、そんな事を言わずに私のものになって欲しい。」

「あら、あんなに可愛らしい令嬢がいらっしゃるのに。」

コットが流し目で見つめる顔は聖女というより小悪魔だ。

「あんな男か女か分からない奴なんて可愛くもなんともない。不快だ。」

アンベスはイライラした表情で腕を組んだ。

「シッ!皇帝に聞こえるわ。」

コットはそう言うとアンベスの唇を人差し指で抑えた。そのまま見つめて指を離すと自分の唇にその人差し指を付けた。

「コット…」

もうアンベスはメロメロだった。


「アンベス皇子。」

あまりタイミングがよくない時にハンナと侍女のエクラが通りかかってしまった。

「なんだ、私に話しかけるなと言ったはずだ。」

今までコットに見せていた表情とはまるで別人の様な顔をハンナに見せた。

「ハンナ妃はご挨拶をしただけですので。」

エクラがすかさずフォローしてくれたがアンベスはハンナを睨んだままだ。

「アンベス、そんな事言わないの。こんな可愛らしいのに。フッ。」

ハンナとエクラにはコットが鼻で笑った様に見えた。

「気分が悪い、コットあちらでお茶でもしよう。」

そう言うとアンベスはコットの手を引き行ってしまった。


「あれは一体なんです?」

ハンナは腹が立ち何が何だか分からないでいた。エクラはふうっとため息をついた。

「ここでは何ですからお部屋でお茶にいたしませんか?美味しいケーキもありますので。」

エクラがそう言うとハンナは喜んだ。

「あの女性はこの国の聖女様なのです。そして第一皇子の婚約者でもあります。」

「第一皇子?第一皇子の事は初めて聞きました。今、どちらにいらっしゃっるんですか?」

エクラが用意してくれた今までに食べた事のない甘いケーキを食べると、さっきまで腹が立っていたのがスッと治まった。

「第一皇子はこの城の離れにいらっしゃると思います。」

「ええ。まだご挨拶していないわ。」

「それが、第一皇子は半年ほど前に倒れられてから今も意識不明なんです。」

エクラはとても悲しそうな顔だった。

「そんな…何かご病気なんですか?」

「それが原因不明なんです。倒れられるまでは健康でその日も直前まで乗馬を楽しんだりしておりました。」

「…そうなんですね。目覚められるといいのですが。」

「第一皇子は国民にも人気があり、貴族からの人望もとても厚い方でした。みんなとても悲しんでおられますし、何より皇帝が一番ショックを受けておりました。皇帝はがそんなに第一皇子の事を想われていたのは正直ビックリしましたが。どんなに腕のいい医者を呼んでも原因は分からないままなんです。もう、神様か何かに頼るしかないのではないでしょうか。」

「皇帝がショックをうけておられたのですね…。けれどまだ希望はあるんですよね。諦めてはいけませんよ。エトワール皇子は必ず目を覚ましますわ!」

「そうですね。私達が諦めてはいけませんよね。ハンナ妃がそう仰ると、第一皇子は目覚めそうな気がしてきました。」

「そうですよ!何事も前向きに行きましょう!」

エクラは少し元気が出たように見えた。

「そういえばまだ子供の頃、お父様と山へ出かけた時に不死鳥を見た事があるんです。不死鳥の巣の近くには不老不死の薬草が生えてるとお父様が言っておりました。その薬草を第一皇子に食べさせる事が出来たら元気になるかもしれません。」

エクラはハンナの話をニコニコしながら聞いていた。

「不死鳥の話は聞いた事あります。幻の鳥だと聞いてましたが、ご覧になれたのですね。凄いですわ。不死鳥はどんな鳥でしたか?」

「大きくて真っ白で尾がとても長いんです。見た事ないほどに綺麗な鳥でした。」

「それは素敵。いつか私も見てみたいです。その薬草を第一皇子に食べさせたいですわ。」

そう言って遠くを見るエクラは悲しそうな顔をしていた。

「エクラは第一皇子が大切だったのね。」

その顔を見てまだ子供のハンナも何か感じる物があった。

「いやですわ。第一皇子は皆に優しい方でしたので。」

ハンナにジッと見られてエクラは慌てた。ハンナはそんなエクラを見てあの聖女様の態度に少し違和感を持った。婚約者の意識がないのにあまりにも平然としている様に見えたからだ。






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