幕間 ある少女の決意

___アタシの一番古い記憶は、ローブを被った怪しげな魔術師達と、そんな彼らに囲まれてるアタシを見て子供みたいにワクワクしていた男の顔だった。







ギルドの雑用係、ロナルドの“娘”であるリリカ。彼女は元奴隷である。口減らしの為に売られ、どこかの貴族に買われた。主人がどの程度の地位の人間かは知らなかったが、金回りが良い所をみるにそこそこの地位に立つ貴族だったのだろう。




物心つく頃には既に奴隷の身で、実の家族の顔なんて殆ど覚えていなかった。そんなものが居たのかすら怪しい。




奴隷として過ごしていた彼女はある日、主人に呼び出された。そこへ向かうと、手術台の様なベッドと、何人もの怪しげな風貌の魔術師達が立っていた。



主人に言われるがままベッドに横になったリリカに対して、魔術師達は何やら魔道具の様なモノを埋め込んだ。麻酔もろくにされずに身体を切り刻まれ、激痛に悶えた事を覚えている。





「成功しました」




魔術師がそう報告すると、主人は嬉しそうに破顔した。




リリカは何が何なら全く分からなかった。自分にナニが埋め込まれたのか、主人は何をしたいのか。聞きたい事は沢山あったが、術後の痛みでそれどころではなかった。そうでなくとも、もとよりそれを尋ねる権利を彼女は持ち合わせてはいない。





それから数日経って、主人はリリカの元に魔物を持ってきた。スライムだった。しかもファイアスライムという、炎魔法が使える特殊なスライムだ。



檻に入れられたスライムが解放される。スライムは目の前にいたリリカに対して威嚇する。リリカは何もしない。主人が「動くな」と命令したからだ。




___しかし、威嚇を続けていたスライムは徐々に弱り始めた。威嚇に迫力がなくなり、やがて威嚇もしなくなり、パタリと倒れた。



リリカは思わず声を上げて驚いてしまった。だって彼女も、主人も、その周りに居る使用人達も、何もしていない。スライムに一切攻撃を加えていないにも拘わらず、ファイアスライムはその生を終えた。



困惑するリリカを置いて、主人だけは楽しそうに笑っていた。






あとから聞いた話だが、リリカが埋め込まれたのはつい半年ほど前のダンジョン攻略で見つかった古代の魔道具、それもかなり高度な技術で作られた古代の神秘、【古代遺物アーティファクト】の一つ、〈吸魔ドレ魔道具イン〉。それは周囲の魔力を吸収する魔道具だった。魔力=生命力と言っても過言では無い魔物、それも魔法攻撃が主体のファイアスライムは、少しずつ、しかし確実に魔力を吸い取られ、絶命した。





その魔道具は周囲の魔力を吸収し、成長する〈リリカラ〉という花を素に作られた魔道具で、その吸収率は花を遥かに上回る。恐らく戦争において魔術師を無力化する為に作られたであろうと言われている。




リリカの主人は闇オークションに出品されていたソレを手に入れ、魔術師達に命じてリリカの身体に埋め込んだ。何故そうしたのか、詳しい事はリリカには分からない。リリカを兵器にしようとしたのかもしれないし、ただの興味本位だったのかもしれない。もうその問いに答えられる者は存在しない。




リリカと魔道具の相性はすこぶる良好で、気を良くした主人は更なる改良を命じた。それからリリカの毎日は奴隷としてこき使われる日々から、実験動物として研究され続ける日々に変わった。




改良を重ねる毎に徐々に吸収出来る魔力量が増えた。魔力を吸収する事で怪我が治る様になった。魔力さえ吸収していれば、飲まず食わずでも生きられる様になった。体の成長も緩やかになった。




リリカは殆ど不老不死に近い存在になった。そしてそれと同時に、誰彼構わず魔力を吸収し続ける化け物となった。





リリカ自身も、彼女をいじくり回した魔術師も、勿論主人だって、リリカの力__いや〈吸魔ドレ魔道具イン〉の力を制御出来なかった。






始めに、魔術師が体調不良を訴え始めた。魔物程では無いとはいえ、人間、それも魔術師の様に魔力量が多い人間であればあるほど、魔力を急激に失うと身体に支障をきたす。リリカの研究をしていた魔術師達は、彼女の力によって魔力欠乏症を引き起こした。



魔術師に続いて、使用人、主人の家族、主人自身と、次々に体調不良に陥った。リリカの力は制御不能であり、対象を選ぶ事など出来はしない。主人であろうと吸収の対象だった。



怒り狂った主人はリリカを殺そうとした。しかし持っていた剣で貫いた瞬間、リリカは自分の意思に反して屋敷中___いや、町中から魔力を吸収し、怪我を修復した。命の危機に瀕して脳が“生きろ”と命じ、それに改良され増幅された〈吸魔ドレ魔道具イン〉の力が答えた。




1番近くにいた主人は魔力を根こそぎ持っていかれ、その場に倒れた。







自分達の手では殺す事は出来ないと判断されたリリカは、手付かずのダンジョンに放置された。ダンジョンに生息する魔物に殺させようと考えたのだ。たとえ吸収され魔物が息絶えても大して影響は無いし、ダンジョン内に魔物はいくらでもいる。いくら修復機能があろうともいずれ死ぬだろうとそう思われていた。






___だが、リリカは生きていた。



どれだけやせ細った姿になろうとも、どれだけ汚い姿になろうとも、その瞳が虚ろになろうとも、





…………たとえ、心は既に死んでいたとしても。リリカの体は動いて息をしていた。





ダンジョンでは当然ながら魔物に襲われた。しかし、魔物とは言わば魔力で出来た生き物だ。制限なく魔力を求める〈吸魔ドレ魔道具イン〉の力により、魔力を奪われ行き倒れた。たとえ魔物の攻撃を喰らい傷付いたとしても、魔力を吸収して回復した。




やがて学習したのか、リリカに手を出す魔物は殆ど居なくなり、またダンジョン攻略に来た冒険者もリリカに魔力を奪われ敗走し続け、ダンジョンは攻略される事は無く、リリカはそこで生き続けた。





そして、どれ程の時が経っただろうか。何年かもしれないし、何十年かもしれない。ただでさえ時間の感覚が狂いやすいダンジョン、更にはリリカの身体は成長が緩かになっている。身体の成長で時を測る事も出来ない。






ただ〈吸魔ドレ魔道具イン〉の力で生かされてるリリカ。そんな彼女の元に新たな冒険者がやって来た。





____それが、ロナルド達だった。




後から聞いた話だと、リリカが居るダンジョンは“超難関”として話題になり始めていた。魔力を奪う化け物が居ると。そして当時既にSランクであったロナルドに攻略依頼がきた。






「___何でこんな所に子供が!?」




リリカを見つけたロナルドの第一声はそれだった。彼はリリカの事を普通の子供だと思っている。当然だ。見た目だけなら、リリカはスラム街の子供と変わらない、やせ細った哀れな子供だ。




「まずは保護しねぇと…。マナリス!回復魔法を!」

「はい!」




パーティーの僧侶、マナリスが杖を振る。光がリリカを包む___と同時にその光はリリカの身体に吸収された。




「え!?……もう一回!」



マナリスは驚きつつも、もう一度回復魔法を放とうとした。しかし、今度は魔法を使う事さえままならなかった。




「あ、あれ………?目が…回っ……」

「マナリス!!」




途端に目眩を引き起こし、マナリスは地面に倒れ伏す。身体が重い。動かない。



困惑するロナルド達。リリカだけが状況を正しく把握していた。直ぐに逃げる様に声を掛けたかったが、長らく喋っていなかった喉は言う事を聞いてくれない。




「メリアン、マナリスを外へ運んでやってくれ。他の奴らもメリアンに続いて外へ」

「……了解」




メリアンがマナリスを抱え、彼女を筆頭にパーティーメンバーがダンジョンからの脱出を図る。残っているのはリリカと、ロナルドだけ。




「……嬢ちゃん、今のはアンタの仕業か?」




コクリ。リリカは頷く。ロナルドは暫く何か考える素振りを見せた後、持っていた鞄から眼鏡を取り出した。それを付けてリリカをジッと見つめる。





「___成程な。【古代遺物アーティファクト】か、こりゃあまた厄介なモンを押し付けられたな」

「!」




リリカは何も喋っていない。しかしロナルドはリリカに埋め込まれた魔道具の存在に気付いた。



ロナルドが身に付けた眼鏡は鑑定の魔道具だった。それでリリカを見たロナルドは、彼女に埋め込まれた魔道具に気付いた。




「“魔力を吸収”か。それでマナリスはああなったのか。幸い、俺は魔力量が多くねぇからまだ大丈夫だが」



魔力量が少ない人間であれば、急激に魔力を失った所で体調不良には陥りにくい。加えてロナルドは、生まれつき呪いや状態異常の魔法に滅法強い。〈吸魔ドレ魔道具イン〉に込められた魔法は呪い系統に分類される為、効果が軽減されていた。





「___よし、嬢ちゃん名前は?」



いきなりの質問に面を食らう。暫くフリーズしていたリリカだが、ハッと我に返るとフルフルと首を横に振る。名前などはない。いや、あったのかもしれないがもう覚えていない。




「ないのか?じゃあ俺がつけるか。



そうだなぁ……リリカってのはどうだ?元気よくて可愛い名前だろ?」



ポン、とロナルドの手がリリカの頭に乗せられる。久しぶりに感じる人の体温。それも悪意も敵意も何一つ感じられない暖かな手。リリカの目からは自然に涙が零れ落ちていた。



声もなく泣く彼女を、ロナルドは黙って撫でていた。


・・・・・


「その子が例の子?」




無表情で冷たくリリカを見下ろすのは、アレクだった。





ダンジョンで出会ってから数週間後。ロナルドはリリカを直ぐにダンジョンから連れ出した。しかし〈吸魔ドレ魔道具イン〉の効果をどうにか鎮ないと町に連れて行く事は出来ない。

そこでロナルドが頼ったのがアレクだった。手紙で事情を説明し、現在リリカを匿っているキャンプ地に呼び出した。




「そうだ。大体の事情は手紙で説明した通り。どうにかならねぇか?」

「………」




アレクはジッとリリカを見つめる。一応呪い耐性を上げる魔道具を身に付けてはいるが、魔力量が多いアレクはいつ魔力を吸われ倒れてもおかしくない。ロナルドは少しでもアレクの具合が悪そうに見えたら直ぐに引き離そうと構えている。







「……結論から言うよ。僕にはその魔道具の効果を完全に鎮める事は出来ない」

「アレクでも難しいか……」

「………」




暗い表情を浮かべるロナルドとは対照的に、張本人であるリリカはまぁそうだろうな、と思っていた。コレはどうにも出来ない。自分はずっとどこか人の居ない所でひっそりと生きていくしかないのだと、とうの昔に諦めていた。




___しかし、アレクの話はそれで終わりではなかった。




「完全に鎮める事が出来ないだけで、対処法はあるよ」

「っ!本当か!?」

「うん。___というか、既にその対処法は行われてる。



考えてみなよ。僕は魔力量が多いと自負してるけど、彼女に魔力を奪われて体調不良に陥っていない。ロナルドの手紙によればマナリスまでもが直ぐに倒れてしまう程だったのにも拘わらず、だ。




___つまり、魔道具が吸収する魔力量が大幅に減少している。少なくとも、僕がこうして普通に立っていられる位にはね」




その通りだった。いくら魔道具で防御していたとしても、アレク程魔力量の多い人間であれば、格好の獲物と判断されて直ぐに根こそぎ吸われて魔力欠乏症になってもおかしくない。しかし、アレクが体調を崩した様子は無い。





___アレクが語るには、〈吸魔ドレ魔道具イン〉の素となった花〈リリカラ〉は種が芽吹き、花が咲くまでは魔力を多く吸収するが、以降の吸収量は微々たるものだ。加えて、近年の研究により、栄養剤を与える事で魔力の吸収を大幅に抑える事も分かっている。




「それと同じだよ。この子には栄養が足りない。それを魔力で補おうと魔道具が暴走した結果、際限なく魔力を吸収する様になった。でも、今はロナルド達のお陰である程度の栄養は摂れている。だから吸収量が減ったんだと思うよ。




勿論、改造を施された影響もあると思うけどね。でも【古代遺物アーティファクト】はそんな簡単に強化出来る代物じゃあない。改造されたとすればこの子の肉体の方だし、それについては信頼出来る魔術師にでも相談すれば何とかなるんじゃない?」




リリカはアレクの言葉が理解出来なかった。栄養が足りないから?確かに奴隷時代を含め、満足に食事を取れた経験は無い。加えて日々の重労働、もしくは実験の日々。身体が弱っていたのは事実だろう。アレクが言うには、その弱った身体を補う為に魔力の吸収量が増えた。身体の成長が止まったのは、成長に回せるだけの栄養が足りなかった事と、より魔道具に馴染む様に改造された影響。




___つまり、十分な食事と睡眠を摂るだけでも魔力吸収は抑えられる。




簡単過ぎた解決策に、リリカは目を丸くする。今までの時間は何だったんだ、とやるせない気持ちが湧いてくる。





「____そうか…!良かったな、リリカ!」




ロナルドが心底嬉しそうに彼女の頭を撫でる。




「まぁ、完全に無力化出来た訳じゃないから、十分注意は必要だけど。



___あぁそうだ。より吸収量を抑えるのなら魔力回復ポーションを飲むのも良いかもしれない。コレ、あげるよ」




そう言って渡されたのは1本のポーション。アレクお手製のそれは市販のものより効果が高い。飲むと何だがじんわりと身体が温かくなって活力が湧いてくる。






「魔術師に診てもらって、十分な栄養状態を維持出来れば、身体も成長していくんじゃない?」

「分かった。直ぐに知り合いを当たってみる。




___しかし流石アレクだな。一目見ただけであっという間に解決しちまうとは」

「別に。そもそも僕、〈吸魔ドレ魔道具イン〉について知ってたもの」

「……は?どこで!?」

「ウチの村、結構古い資料とか置いてあってさ。何か神父様がそういうの集めるの好きみたいで……冒険者から買い取ったりもしててさ。その中に当時の資料が載ってたんだよね。


それには『使用者には健全な肉体を持つ若者を選出するべし』『使用前には絶食すべし』って書いてあって、あとは〈リリカラ〉の特性とか、資料に載ってた研究結果からの推測」

「……なんというか、凄い偶然だな。


まぁ何にせよ助かった!この礼はいつか必ず」

「期待しとく。それじゃあ僕は帰るから」




そう言ってアレクはあっという間に居なくなった。リリカはただ呆然と彼を見送った。


・・・・・


それから、リリカはロナルドが紹介した魔術師の治療も受け、身体も成長し始めた。まるでこれまでの時を取り戻すかのように急速に成長していく肉体についていくのは大変だったが、普通の人間に戻れたみたいで嬉しかった。




どれだけ治療を受けても、結局元通りの身体には戻れなかった。〈吸魔ドレ魔道具イン〉も未だこの身体に埋め込まれている。しかし、その効果はかなり軽減されている。言われた通り十分な栄養状態を保っているのと、更に強く優秀になったアレクが〈吸魔ドレ魔道具イン〉の力を抑える魔道具を作ってくれたお陰だ。




ロナルド達の下で普通の女の子として過ごす内に、リリカは随分明るくなった。ロナルドが付けてくれた名前のように、明るく可愛い自分でいたいと思うようになった。










___ロナルドはアタシを見つけて、連れ出してくれた恩人で、お父さんみたいな人。マナ姉もメリ姉も、アタシにとっては大切な家族。



アレクは、この力との付き合い方を教えてくれた恩人で、ロナルドの友だち。アタシに出来ることなら力になりたい。





そしてルミナ。アレクが連れてきた子。彼女はアタシの___初めての友だち。





大好きで、大切な人たち。あの人たちを守る為ならアタシは___。




リリカは自分の胸元に手を当てる。服の下の肌には〈吸魔ドレ魔道具イン〉が埋まっている。条件さえ揃えば魔力を奪い相手を無力化出来る力。





今度はこの力を自分の意思で、大切なものを守る為に使う。





「誰が来たって大丈夫。きっとアタシがルミナを守るから」





*****


ちょっとした補足


①リリカは飲まず食わずでも大丈夫になってからは殆ど食事を与えられませんでした。加えて、改造により身体に大きな負担も掛かっており、身体はボロボロでした。傷は回復するとはいえ、それも体力を消費します。結果、暴走状態になりました。


②ダンジョンに居る間は食事を全く取らず、魔物から受けた傷の回復などもあり、暴走状態は収まりませんでした。


③マナリスの回復魔法+彼女の魔力を吸収したお陰で、リリカはかなり回復しました。それが無ければロナルドも無事では済まなかったと思います。

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