第8話 Fランクパーティー『グローリー・ツヴァイ』<前編>
キラーホーネット駆除騒動から三日後、ノアは朝から階段の清掃と補修に精を出していた。
それというのも昨日セシルがこの階段を転げ落ち、怪我をしてしまったからである。
よちよち歩きの幼児にとって、階段は危険極まりない場所である。
そこでノアは、階段上の踊り場にセシル用の柵を設ける事にしたのだ。
しかし今日は朝から出会う冒険者の態度が違うように感じる。
出会った冒険者のほとんどが「ノアさん、おはようございます」と挨拶をしてくるのだ。
どうやらCランクパーティー『ルーチェ・スパーダ』らによって、ノアの実力が尋常ではない事が広められているらしい。
Aランクパーティー『黄昏のふくろう』に招かれた少年は、にわかに冒険者達の注目を集める存在になっていた。
「ノアさん!」
一階フロアから声をかけられる。
振り向くとそこに、クリスとミアンカの姿があった。
突然二人はノアに向かって土下座をするではないか。
「先日はボルツを助けて頂いて、ありがとうございました」
クリスが頭を下げながら、ノアに大声で礼を述べた。
「彼の具合はどうですか……」
「はい、命に別条はないそうです。意識もはっきりしてきました。ただ、強烈に暴れたためか、身体中が痛くてまだ動けないようです」
「でしょうね」
「私、ノアさんが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか想像がつきません。本当にありがとうございました……」
「ミアンカさんでしたっけ?」
「はい、ノアさん」
「森の中の戦闘では、炎系の魔術は使い勝手が悪いのです。先日の様に、森を燃やしてしまう可能性があります。まして洞窟やダンジョンでは、不用意に使ってはいけません。中に充満するガスに引火して、ドカン! なんて事態も考えられます。自分だけならまだしも、仲間を巻き込んでしまう事になりますからね。冒険者の基本ですよ」
「ノアさん、冒険者証の取り消しの件まで口を利いて頂いたそうで、重ね重ねすみません」
ノアは体制を変え、階段に腰かけ、話を聞いた。
「それでノアさん、一つお願いがあるのですが……」
「なんでしょう」
「俺達を舎弟にして下さい! なんでもします! お願いします!」
ノアはあからさまにイヤそうな顔をした。
「ぼく、そういうの、間に合っていますから」
ノアは面倒なので、セシルを連れ、一度部屋に引き上げてしまった。
それからというもの回復したボルツを含めて、ノアの後ろを三人は金魚のフンの様に付きまとっていた。
ノアにとっては鬱陶しい事この上なかったが、その光景を見る周囲の冒険者の目は温かかった。
ただ一つ、ノアがありがたかったのは、ミアンカがセシルの事をかいがいしく世話をしてくれる事だった。
* * * * *
その日ノアは、自分とセシルの冬用の衣類を整える為、街に買い物へ出ていた。
帰りがけ、よくあるアクシデントに巻き込まれてしまう。
「よう、小僧。この辺じゃ見ない顔だな」
大人と少年の境目くらいの四人組に路地裏で絡まれた。
「赤ん坊をおぶっているって事は、どこかの家に奉公に入ったってところか」
四人が悪そうな顔をして、ニヤニヤ笑っている。
「なあ、小僧。この街の決まりを知っているか!」
ノアの両腕を、両脇から二人が抱えこんだ。
「オレ達に会ったらな、金を出すんだよ!」
そう言うや否や、リーダーらしい少年がノアの腹に膝蹴りをいれる。
そしてもう一人が、ノアの皮のバックをあさり始めた。
「おい、こいつ結構いい金もってやがるぜ!」
ノアから奪った巾着袋をリーダーに投げ渡すと、四人は一目散に逃げていった……。
* * * * *
「あ、クリスの兄貴。お疲れ様っす!」
クリスは街の悪ガキ共のたまり場の店に顔を出すと、舎弟のアルトから声をかけられた。
「ああ、おまえらか。ずいぶん景気良さそうじゃないか」
「そうなんですよ。さっきカモがネギ背負って歩いていまして!」
「ネギじゃなくて赤ん坊背負って歩いていたよな!」
「ギャハハハハ!」とグループの一人が自画自賛で大うけしている。
「兄貴、今日はオレ達に奢らせて下さい!」
そんな話を聞かされると、クリスはみるみる顔が青くなり、冷や汗が噴出した。
「おい、おまえら。やっぱり、それカツアゲだよな……」
「そうですけど、なにか?」
「そのカツアゲの相手って、このくらいの背丈の少年で、おぶっていた赤ん坊が女の子だったか?」
「ああ、そのとおりです。兄貴よく知っていますね」
クルスはよろけて、ついに膝をついた。
「お、おまえ達、よく殺されなかったな……」
「なに言っているんですか兄貴。そのガキの腹に一発膝蹴りぶち込んだら、おとなしく有り金全部渡しましたよ」
――ああダメだ……。こいつらに何を言っても分からないだろうな。
クリスはどうしたものかと足りない頭で思案した。
「おまえ達、今夜冒険者ギルドの酒場に顔をだせ。俺も待っている。わかったな」
「やった! ギルドの酒場に入れてもらえるんですか! ラッキー!」
――ああやっぱりダメだ……。こいつら俺よりバカだわ……。
クリスは日が暮れると、ギルドの酒場を柱の影から恐る恐る覗いてみた。
案の定ノアの兄貴はセシルちゃんと共に、いつものテーブルでジルザークさんとマリアさんと食事中だ……。
クリスは『どうしたモノか』と思案する。
やはり謝るしかないと意を決すると、テーブルの前に進み、得意の土下座を披露した。
「ノアの兄貴! 昼間は俺の舎弟がとんでもない事をして、すいませんでした!」
別段驚きもせず、ノアはセシルに食べさせる事を止め、クリスに視線を移す。
「なんだ、クリス。またお前ら、ノアに迷惑かけたのか」
ジルザークが呆れながら、土下座しているクリスを問いただす。
「実は昼間、俺の舎弟が街で……」とクリスがジルザークに事情を打ち明けた。
そんなタイミングで、珍しそうに廻りをキョロキョロ眺めながら、例の悪ガキ四人組がやってきた。
「あれ、クリスさん。どうしてそんなところで座り込んでいるんですか~⁈」
――バカヤロ、おまえ達のために死ぬ気で土下座しているんだろうが!
悪ガキ四人組はジルザークさんとマリアさんに気付いたようで、急に姿勢を正した。
そしてやっとノアの兄貴の存在にも気付いたようだ。
「てめえは昼間のガキ……。まさかジルザークさんにチクったのか⁉」
「おい、ノア。昼間なにかあったのか?」
ジルザークがとぼけてノアに聞いてみる。
「いいえ、別になにもありませんけど」
ノアは元々関心がない。
「だよな~。この街でオレ達『黄昏のふくろう』に絡む命知らずは、いるわけねえよな! そうだな、クリス」
「と、当然です。ジルさん」
「なあ、クリス。最近うちのパーティーに新しい
「はい、もちろんノアの兄貴です……」
「クリス、そのノアの兄貴って、どこの誰だ」
「はい、そこでセシルちゃんと食事されている方です……」
悪ガキ四人組はようやく察したようで、誰に言われる事なくクリスの後ろに黙って正座する。
「でもノアの兄貴、よくこいつらをぶち殺さなかったですね……」
クリスは振り返って悪ガキ四人組の正座を見届けると、ノアに尋ねた。
「バカね、クリス。百獣の王様が、うるさく
マリアが呆れた様に言い放つ。
「ホントに強い男ってのはな、どんな時でも弱いヤツは相手にしないんだよ。おまえらとは正反対だな」
太目の腸詰め肉を頬張りながら、ジルザークも諭す。
「まあ、セシルには手を出さなかった事が幸いしました。もし少しでも悪さしていたら、その場でグッチョグッチョにしていましたけど……」
ノアは面倒なので一言だけ釘を刺した。
その感情の無い冷たい視線に四人は恐怖を覚えた。
「わかったか、お前ら。少しはノアを見習って男を磨けよ」
ジルザークの柔らかい説教は終わった。
「ノアの兄貴、本当に申し訳ありませんでした。盗った金は必ず返させます」
そういってクリスは四人の頭をげんこつで小突きながら帰っていった。
それからというもの、朝ノアが一階に降りると、悪ガキ四人組が「ノアの兄貴、朝の掃除終わりました!」といった具合である。
ノアにとって迷惑極まりない舎弟が、さらに増えてしまった……。
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