第23話


 夢か、幻か。

 ここ数日で色々な体験をした私は、頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 ……先輩は、病院で寝ている筈だ。

 こんなタイミングで現れる訳がない。

 それに、目覚めたとしても、私がいる場所を知る方法なんてないじゃないか。

 だから、これは現実の出来事ではない、妄想に違いないのだと。

 そう、自分に言い聞かせる。

 心の奥底では……紛れもない現実だと分かっているのに。

 

「ツバメちゃん。これは、一体どういう事なの? 私、もう訳がわからなくて……」

 

 ボブカットの茶髪、タレ目ぎみな瞳。

 年齢の割には豊かな胸部、身に纏っているのは水色の病衣。

 そして、何よりも。

 幾度も耳にした優しげな声。

 私の五感から伝わる情報全てが、カナミ先輩本人であると言っている。

 

 ならば、擬態しているのか。

 怪人1号のように他人に成り代わる能力を持つ怪人が、カナミ先輩になりすましている。

 その可能性に、縋ろうとするけれど。

 

「それ以上、近寄らないでください」

 

「……嫌だ」

 

「近寄ったら、斬り殺しますよ」

 

「斬れるものなら斬ってみてよ、ツバメちゃん。私は納得するまで、帰らない。その結果、殺されても絶対に恨んだりしないから」

 

 カナミ先輩はしっかりとした足取りで、こちらに向かって歩み寄ってくる。

 確かな覚悟を、胸に抱きながら。

 そうして、ようやく現実を直視する。

 この人は、間違いなく、カナミ先輩だ。

 仮に、誰かが成り変わっていたとしても、言動の違和感は消せない。

 私は、絶対に気がつく自信がある。

 その上で、発言内容も歩き方の癖も、何もかもカナミ先輩そのもの。

 能力を用いて誰かが擬態している可能性は、万に一つもないだろう。

 その事実が、じくじくと心を蝕んでいく。

 

 私は、覚悟を決めたつもりだった。

 けど、カナミ先輩には見られたくなかった。

 悪の道に進み、人を殺す姿を。

 だから、目を背けた。

 悪の組織のアジトにある緑色の液体を使えば、先輩が目覚めるかもしれないという可能性から。

 そして、そのツケが今、回ってきたのだ。

 これ以上ないほどに、最悪な形で。

 

「ツバメちゃん。まずは、お話ししようよ。じゃないと、何も分からない」

 

 ああ、そうか。

 恐らく、この展開を望んでいたのだろう。

 カナミ先輩を仮死状態にして、悪趣味な手紙を偽造したクソ野郎は。

 きっと、そいつが眠っていた先輩を起こし、私にとって一番嫌なタイミングで、この場所を訪れるように仕組んだ。

 そうとしか考えられない。

 要するに、嵌められたのだ。

 私は……いや、私とカナミ先輩は。

 

 ……これから、言わなければならないことを考えると。

 刀を持つ手が震える。

 意識が朦朧とする。

 呼吸が僅かに荒くなる。

 猛烈な吐き気を覚える。

 出来ることなら、今すぐ逃げ出したい。

 その上で、私は思案に耽る。

 僅かな時間を使い潰して、どうするか考えてみる。

 そうして、答えを出した。

 現状を、受け入れられる訳ではないけれど。


 私は、自らの信念を貫くために。

 やるべき事を、やり遂げる事にした。

 ……カナミ先輩のパートナーの魔法少女として、ではなく。

 歪んだ大義を成そうとする悪人として。

 彼女と対峙すると、心に決めたのだ。


「遅かったですね。カナミ先輩」


 平静を装って、言葉を紡ぐ。

 無表情のまま、微塵も笑わずに。

 いつの間にか、体の震えは止まっていた。


「何をしているの……と言いましたね。見て、分かりませんか? 私が、この手で、殺したんですよ。生きる価値のない悪人を」


 信じられない、と言いたげに。

 カナミ先輩の目が大きく開かれる。

 恐らく、彼女も現実を直視したのだろう。

 他人に操られているわけでも、誰かに強制されているわけでもなく。

 明確な殺意を抱いた私が、シオウ先輩を殺した事実を受け止めたのだ。


「な、なんで? どうして? もしかして、私のせいで……」


「勘違いしているようなので、先に言っておきますが。私がこいつを殺したのは、カナミ先輩の死が理由ではないですよ」

 

「…………え?」

 

「質問しますが……先輩は何故、悪人が生まれると思いますか?」

 

「な、なんでだろう。悪い事をしないと、生きていけなかったり。悪い事をするのが、楽しい人が一定数いるから、とか?」

 

「少なくとも、私の意見とは違います。私が思うに……この世界が腐っているから、悪人が生まれてしまうんですよ」


 カナミ先輩の瞳が揺れる。

 困惑しているのは、明白だった。

 そうなるのも、致し方ないだろう。

 目が覚めたら、正義を重んじていた後輩が、人を殺していた。

 更に、人格がまるっきり変わっているのだから、戸惑うのは当たり前で。

 ……本当に、気の毒だと思う。

 知らず知らずのうちに、親しい関係の後輩が、遠い存在になってしまったのだから。


「悪人には種類があります。自らの欲望の赴くままに罪を犯す悪人がいれば、犯した罪が露呈しないように立ち回る悪人もいて。本当に、多種多様な悪人がいますが……それでも、連中には共通点があります」


「端的に述べると、悪人という存在は危機感を抱いていないんです。法や秩序を尊重するよりも、好き勝手に生きた方が良いと考えていたり。罪を犯しても、上手く立ち回れば捕まらないと高を括っていたり。怪人や悪人を取り締まるべき組織が機能していない背景があるからこそ、悪人として生きる事で生じるリスクよりも、メリットの方が大きいと考えて、奴らは犯罪を犯す。躊躇う事なく、善人を害してしまうんです」


「だからこそ、裁きを与える事が大切なんです。腐敗し切った魔法少女協会に変わって、罪を犯した悪人に死という罰を与えることで、人々に危機感を与える。死の恐怖で縛りつけて、犯罪を抑制する。そうやって、どんな愚者であっても、法や秩序を遵守して生きた方が良いと思えるような世界を作り上げるべきだと考えたから。……私は決めたんです。他の誰でもない、私自身が、処刑人になると」

 

「怪人も人間も、正義の名を語って悪を成す存在も。悪人は例外なく、私が殺す。そうすれば、最後に残るのは罪を犯さない人間のみ。理想の楽園が出来上がるんですよ」

 

「シオウ先輩を殺したのも、その一環です。カナミ先輩がどうとかは関係なく、あいつが殺すべき悪人だから殺した。ただそれだけ。私がこのような思考に至った理由が何であろうと。たとえ、悪意ある何者かに仕組まれた結果であろうと……何も、関係ありません」

 

「これから、ずっと。私は命が尽きるまで、悪を裁いていきます。ありとあらゆる存在に恐れられる巨悪として」

 

 悪人として生きた数日間の経験を通して、辿り着いた結論を述べる。

 無口ではなく、多弁で。

 無表情ではなく、真剣な表情で。

 何よりも、正義ではなく、悪を掲げて。

 淡々と己の理想を語るのは、カナミ先輩の知る私ではなく。

 理想も志も、全てが歪んでしまった……悪に堕ちている大悪党。

 そんな私の姿を前にした彼女は、言葉を失っていた。

 驚いたような表情を浮かべながら、こちらを見つめていた。

 

「カナミ先輩。どうか、私に手を貸してください。そうして、100年後も、1000年後も一緒に生きましょう」


「…………っ」


「歪んだ正義なんか捨てて、揺るぎない悪として。私と共に……腐り切った世界を正してくれませんか?」


 ゆっくりと、手を伸ばす。

 僅かな期待を込めて。

 ……私は、今もカナミ先輩が好きだ。

 叶うならば、これからも共にいたい。


 確かに、あの時の誓いは守れない。

 魔法少女として生きる事は出来ないけど。

 同じ志を抱く同志として、100年後も1000年後も一緒に生きていきたいという思いは、変わらない。

 だからこそ、手を取って欲しいと願う。

 ……けれど。


「ダメだよ」


 カナミ先輩は、はっきりとそう告げる。

 彼女の瞳は、もう揺らいでいなかった。


「だって、私が悪事に手を染めてしまったら……同じ境遇に生まれた人達が苦しむ事になる。やっぱり、どこまでいっても怪人の子は化け物なんだってレッテルを貼られちゃう。それだけは、絶対に許容できないんだ」


 いつだって、そうだった。

 怪人の血を引いているってだけで、カナミ先輩は不当な扱いを受けていた。

 同じ魔法少女から虐げられて、守るべき民衆から蔑まれて。


「私は、一緒に歩めない。もちろん、私だって、この世界が正しいとは思えないけど、ツバメちゃんのやり方が正しいとも思えない」


「…………」


「そして、何よりも……ツバメちゃんが、悪として生きる姿を見ていられないよ。私は、ツバメちゃんに不幸になって欲しくない。歪んだ理想の成就のために、人生を棒に振ってほしくない。私は、私なんかを認めてくれたツバメちゃんに幸せになって欲しい。……だから、そんなの、絶対に認めない!」


 でも、それでも、変わらなかった。

 同じ境遇の人々に勇気を与えられる魔法少女になる、という立脚点を忘れる事は無い。

 ……正義を忘れる事は、絶対にない。

 何があっても、悪に堕ちる事なく。

 決してブレない信念を胸に、生き続ける。

 今この瞬間も、それは変わらなくて。

 

 故に、私は好きになれた。

 ここで、悪として生きる道を選ばないカナミ先輩を……心から、愛しているのだ。

 

「……なんとなく、先輩はそう答えると思っていました。なら、これでお別れですね」


 この言葉は、強がりでも何でもない。

 心の奥では、こうなると思っていた。

 私とカナミ先輩の道が違えてしまう事は、分かっていた。

 だって、私は悪で、カナミ先輩は正義で。

 正義と悪は、水と油。

 決して、交わる事はないのだから。

 

「見逃すとでも思ってるの?」

 

「その台詞は、置かれている立場を弁えてから発するべきだと思いますが」


 お互いに、臨戦体制をとる。

 カナミ先輩は杖を握り、私は剣を構える。

 模擬戦でも何でもない真剣勝負。

 命を賭けた戦い特有の、ヒリついた雰囲気が場を支配していく。

 

「私は、ツバメちゃんを止めるよ。悪として生きるなんて、許してあげない」


「残念ですが、私は止まりませんよ。カナミ先輩には……絶対に、負けませんから」


 目まぐるしい状況の変化に振り回されながらも、私達は自分の意思で歩む道を選んだ。

 相反する道を選んでしまった。

 ……ならば、戦う他ない。

 カナミ先輩は、私の目を覚ますために。

 私は、自らの道を歩み続けるために。

 生まれて初めて、私達は……本気で戦う。

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