第5話


 片田舎のさほど栄えていない観光地。

 しばしの休養を取った私とカナミ先輩は、争いとは無縁な郊外の土地を訪れていた。

 日中は観光地を巡ったり、評判が良いお店でご飯を食べたり。

 任務のことも怪人のことも忘れて、とにかく羽を伸ばした。

 そうしていると、瞬く間に至福の時間は過ぎ去り、夜の帷が落ちてしまう。


「ねぇねぇ! 折角だし、探検に行こうよ! 大冒険の始まりだ〜!」


 あまりにも突拍子のない提案。

 先輩は返事を聞かずに旅館を飛び出してしまったため、私も後をついていく。


「幽霊とか出てきたら、面白いのにな〜」


「私は嫌です」


「え〜? もしかしてぇ、ツバメちゃんってホラーとかダメなタイプ? いつもクールなのに、お化けが怖いなんて……ふふふ、随分とお可愛いねぇ!」


「……お化けが出てきたら、先輩を盾にして逃げますね」


「ひどぉっ!!!」


 電灯を頼りに、2人並んで歩みを進める。

 よく手入れされた田んぼ、利用者がいるか怪しい古びた自動販売機、鬱蒼とした木々。

 それらを抜けて辿り着いた先にあったのは……夜空にて輝く満月を映し出す大きな池と、ささやかな灯りを放つ蛍。

 都会では見られない幻想的な情景を前にした私達は、時間を忘れて見入ってしまった。


「見てよ、ツバメちゃん。ぶーんぶーんって、たくさんの蛍が飛んでる! すごいキラキラしてて、ものすごく綺麗だね!」


「そうですね。中々見られない景色です。あと、ぶーんぶーんって擬音はやめて下さい」


「え〜、何でダメなのー?」


「……すごく、子供っぽいです」


「子供っぽくていいじゃない。私達は魔法少女。大人じゃないんだからさ〜」


 カナミ先輩は、ふふふと笑う。

 常日頃から無口な私とのやりとりを、楽しんでくれているのだ。

 道中の会話のように、彼女は事ある毎に私を弄ってくるが、決して不快にはならない。

 寧ろ、仲が良い事を実感できるので、嬉しいくらいだった。

 恥ずかしいので、表情には出さないけれど。


「スマホ、持ってくれば良かったかな。写真撮りたいけど、撮れないのがもどかしいよ〜」


「……持ってきて、ないんですか?」


「うん。休養の時くらい世俗と離れたいっていうかさ。ストレスの源は出来るだけ排除したいからね」


「??? ……スマホがストレス?」


「…………ツバメちゃんはピュアだねぇ。ずっとそのまま、良い子なツバメちゃんでいて欲しいな」


 そっと、頭を撫でられる。

 他人に触れられるのは大嫌いだが、カナミ先輩だけは例外。

 優しく撫でられると、心がふわふわする。

 何処となく、落ち着けるのだ。

 気恥ずかしいので、自分から撫でて欲しいとは言わないけれど。


「そういえば……ツバメちゃんはどうして、魔法少女になりたいと思ったの?」


「なんですか、脈絡もなく急に」


「良いじゃん。2人きりで旅行だなんて、珍しい事この上ないシチュエーションなんだから、ここでしか話せない本音トークをしようよぉ〜」


 むぎゅっと抱擁される。

 紛れもないウザ絡みだった。

 真正面から抱き締められると、年齢の割には大きい先輩の胸に潰されるので息苦しい。

 撫でられるのは好きだが、ハグされるのはあまり好きではなかった。

 だが、今回ばかりは好都合。

 魔法少女を志した理由を、顔と顔を突き合わせて話すのは照れるため、丁度良かった。


「私には、警察官の父親が居たんです。彼はどんな時も真面目に職務に臨んでいました。それこそ、愚直と言えるくらいの熱を持って」


「…………」


「何故、そこまで身を粉にして働けるのか。遥か昔に一度だけ、父親に尋ねた事があるんです。すると、怪人という脅威に怯える人々に少しでも安息を与えたいから。幼い身で怪人と戦う魔法少女達の力になりたいから、と父親は答えました」


 つらつらと、自分語りを垂れ流す。

 己の生い立ちを他人に話すのは、生まれて初めてだった。

 カナミ先輩は、相槌すら打たずに無言のまま耳を傾ける。

 口下手であるが故に、言葉を上手く紡げない私にとって、それは有難い気遣いだった。


「その発言を聞いた時、私も彼のようになりたいと。正義を掲げ、平和のために尽力したいと、そう決意したんです。だからこそ、私は魔法少女に憧れを抱いた。正義という言葉をその身で体現する彼女らのようになれれば、幼い私でも父の助けになれるとそう思ったので。しかし、父親は……私が魔法少女になる数日前に、怪人の魔の手から市民を身を挺して守り、殉職してしまいました」


「……!」


「父親の遺体と対面した瞬間、絶対に魔法少女になりたいって思いました。私達が信じる正義を貫くためには、悪逆非道な怪人に負けない力が必要だと思ったので。……これで、終わりです。ご清聴ありがとうございました」


 必要な事だけ述べて、話を終わらせる。

 事細かに当時の出来事を語ると、感情が昂ってしまいそうだから。

 なんて事を考えながら、カナミ先輩の表情を伺うと……何処か憂いを帯びた顔つきで、私をじっと見ていた。

 基本的に、笑ってばかりいる彼女の悲しげな表情はとても珍しい。

 振る舞いも言動も子供っぽいカナミ先輩。

 だけれど、今に限っては大人っぽく見えた。


「ツバメちゃんも大変な思いをしていたんだね……ごめんね、辛い話をさせちゃって」


「いえ、全然平気です」


「……どうして?」


「今の私は1人ではないので。……敬愛する先輩が、ずっと側に居てくれるので」


 カナミ先輩の胸に顔を埋めながら、小声でぼそっと呟く。

 流石に、目を見て言える程の勇気は無かった。

 当然ながら、彼女の反応を確認する事も出来ない。

 きっと、私の顔は……今までにないくらい、真っ赤に染まっているに違いないから。


「えへへ、嬉しいな。ツバメちゃんって、想像以上に私のこと大好きなんだね〜」


「………………はい」


「私もさ。ツバメちゃんと仲良くなれたから、辛い事があっても頑張れる……出逢えて本当に良かったと思ってるんだよ。だから、もし良かったら、だけど。これからもずっと一緒にいようね……」


 先輩も私のことを憎からず思っている。

 それを実感すると、溢れんばかりの幸せで胸がいっぱいになってしまう。

 蛍が飛び交う場所で、2人きり。

 誰にも邪魔されずに趣のある光景を味わっていると……次第に視界が歪む。

 間も無く、夢が終わろうとしているのだ。

 しかし、これは確かに存在した記憶。

 私と先輩の仲がより一層深まった大切な思い出。

 彼女が、私とずっと一緒にいたいと思っていたのは、嘘偽りない事実のはずだ。

 だからこそ、疑問に思う時がある。

 本当に、カナミ先輩は……………。

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