第3話

 数日後。

 その日は、ザーザーと大雨が降っていた。

 朝早く目覚めた私は、眠気覚ましのコーヒーを片手にスマホを起動する。

 すると、魔法少女協会から緊急のメールが届いてるのに気がついた。

 不意に、最悪の想像が脳裏をよぎる。

 心臓の鼓動が不自然に早くなり、背中には今までにないほど冷や汗が滴る。

 見たくないけれど、見なければならない。

 意を決した私は、そのメールを開いて、即座に家を飛び出した。







「…………」


 病床の上で、カナミ先輩が横たわっている。

 うんともすんとも言わず、すーっと寝息を立てているのだ。

 医者の人によると、目覚めるかどうかは分からないらしい。

 大脳は正常に機能しているものの、植物状態に近い症状であるらしく、現代の医療ではどうにもならないそうだ。

 ……何故、こうなったのか。


 原因は、自殺未遂だった。

 カナミ先輩の首元には、痛々しい傷。

 それは自分の能力の触手で締め付けた事で生じた傷なのだと、すぐに分かった。

 だって、私は何度も何度も、彼女と一緒に任務をこなしてきたから。

 見間違える筈など無い。


 次いで、ベッドの側の机には、明るい性格のカナミ先輩が用意したとは思えない程、地味な封筒が置かれていた。

 ツバメちゃんへ……と書かれているので、どうやら私に宛てた物らしい。

 中身を確認すると、一枚の便箋が入っていた。

 二つ折りされたそれに、目を通す。


 そうして、私は全てを知った。

 カナミ先輩はずっと、一人きりで戦っていた事を知ってしまったのだ。


 手紙の内容は、私の知らない真実ばかり。

 人間と怪人の子供を嫌う差別主義者によるネット上での誹謗中傷や、シオウ先輩と取り巻きによる陰湿な嫌がらせが辛かった事。

 理想としていた魔法少女像と、現実のギャップに苛まれていた事。

 その結果、守るべき市民を守りたいと思えなくなった事。

 私にみっともない姿を見せたくなかったから、弱気な自分を隠し続けた事。

 同僚の魔法少女に嫌がらせをされている事実を伝えているのにも関わらず、一向に対応しない魔法少女協会への不満があった事。

 上記によるストレスから、魔法少女として生きるのが辛くなってしまった事。

 そして、手紙の最後には、相談せずに自分勝手な行動をしてしまう事を、申し訳なく思う謝罪の文言と。

 今まで親しくしていた事に対する、私への感謝の言葉で締め括られていた。


 だが、私は自分勝手だとは思わない。

 先輩の年齢は15歳。

 まだ、精神的に未熟な子供だ。

 様々な要因によって心が弱っている時に、一人で抱え込んでしまうのを責められる訳がない。


 ……それよりも、許せないのは。

 何よりも罪深いのは、カナミ先輩の心を傷つけた奴ら。

 匿名だからと言ってネット上で無責任な言葉を吐き散らした差別主義者の民衆と、助けを求める声を無視した魔法少女協会……そして、ここまで先輩を追い詰めたシオウ先輩と取り巻きの連中だ。

 被害者である先輩は何も悪くない。

 寧ろ、何も気づけない私に非があるくらいで。


 それからの記憶は、あまり定かではない。

 同業者の魔法少女から、沢山の慰めの言葉を貰ったが、耳から耳へとすり抜けていく。

 かつてはやり甲斐のあった魔法少女の仕事をこなしても、微塵も達成感を得られない。

 嫌がらせを知っていながら見逃していた事実を、魔法少女協会に問い詰めても白を切られる。

 先輩が自殺未遂を起こした噂が世間で流れると、ネット上で誹謗中傷していた奴らは次々と書き込みを消し、自分には罪がないように振る舞っていた。

 それらを目にする度に、私の中にある「正義」が揺らいでいく。

 無力な民間人を守り、怪人を討伐する魔法少女の正義が……偶像なのではないかと思ってしまう。

 そして、ついには。


「やばいんじゃないですか、シオウさん。あいつ、本当に自殺しかけちゃいましたよ。あたしらも責任追及されるんじゃ……」


 先輩への嫌がらせについて問い詰めようと、任務へ向かおうとするシオウ先輩の元を訪れた時、そんな会話が耳に届いた。

 咄嗟に路地裏の物陰に隠れ、息を潜める。

 事の重大さに気がついた取り巻きの発言を聞いた諸悪の根源であるシオウ先輩が、どのような感情を抱いているか気になったから。


「そんな気にしなくていいっしょ。直接駆除した訳じゃないし。ちょっと虐めただけで自殺する、あいつのメンタルが弱すぎるだけ」


「…………」


「心配しなくても私のパパ、魔法少女協会の重役だから。娘のあたしとあんたらが不利になるような判断は下さないって。実際、今までだって、パパに頼って不都合な事実をもみ消してきたしね」


「…………で、でも」


「つーか、喜ぶべきじゃない? この世界から穢れた存在が、一匹消え失せたんだから」


 ……その瞬間、私は物陰から飛び出した。

 魔法少女の姿に変身し、おおきく振りかぶって、クソ女を思いっきりぶん殴る。

 そのまま、馬乗りになり……何度も何度も顔面を殴打した。


「な、何すんだ、てめぇ!」


「シオウさんから離れろ!」


 取り巻き達が、身柄を抑えようとする。

 それでも尚、私は殴るのをやめない。

 殴り、殴り、ひたすらに殴る。

 化粧によって小綺麗だった顔が膨れ上がる様を見ても、鬱憤は一向に晴れない。

 頭の中はシオウに対する殺意で一杯だった。


「やめろっつってんだろうが!『風砲』!」


 取り巻きの一人が魔法を用いて生み出した強風によって、路地裏の壁に体が叩きつけられる。

 そうすると、シオウは即座に立ち上がり、私の元へと駆け寄ってきた。


「威勢がいいねぇ、後輩ちゃん」


「…………」


「憎いか? 愛しの先輩を裏でいびってた……自殺する原因になった私が」


「……っ!」


 胸元を掴もうと飛びかかると、ひらりと躱され、膝蹴りを喰らわされる。

 そして、矢継ぎ早に髪を掴まれ、勢い良く地面に叩きつけられた。


「でもなぁ……当然の報いなんだよっ。穢らわしい怪人と、その血を引く穢れた人間は例外なく、この世界から駆除するべきなんだから!」


 殴られ、蹴られ、踏み躙られる。

 抜け出そうにも、動けない。

 熟練の魔法少女であるシオウと魔法少女に成り立てである私の間には、覆しようがない力の差が存在していた。

 とことん無力な私には、一矢報いる事すら出来なかったのだ。


「……それじゃ、帰ろっか」


「えっ……でも、そいつ、そのままにして良いんですか?」


「あくまで反撃しただけ。正当防衛だから、問題ないでしょ。立場的にも私の方が上。難癖つけられても何とかなるから、放っとこ」


 複数人の足音が遠ざかっていく。

 閑静な路地裏に残されたのは、ボロ雑巾のような状態の私1人……。


「うっ……く、ううう……」


 この時になって、ようやく涙が流れ出た。

 悔しいのは、悔しい。

 だが、それ以上に、先輩に対する申し訳ない気持ちで、胸が一杯になる。

 無能で、無力で、最初から最後まで、何も出来なかった自分が憎くて憎くて仕方がない。


 私は「正義」を体現していた魔法少女に憧れて、少しでも近づきたいと思っていた。

 私も彼女たちのように、強く気高く在り続けて、民衆の盾になりたいと思っていたのに。

 今は、そんな事微塵も思わない。

 魔法少女に対する憧れも、民衆を守りたいという思いも、全てが消え失せてしまった。


 ……現在の社会は歪みきっている。

 魔法少女協会の内部は腐り切っていて、一部の魔法少女は自らの立場を利用して他者を蹴落とす。

 ネット上では匿名だからといって、民衆による心無い言葉が飛び交い、平気で他人を傷つける。

 信じていた「正義」なんて、どこにもない。

 だから、先輩は命を断つ決断をしてしまった。

 私は……歪な社会を変えるどころか、大切な人を守る力すら持ち合わせていなかったのだ。

 だからこそ、胸に抱いていた信条も大切な人も、何もかもが無くなってしまった。

 こんな状態で生きる意味なんて、きっとない。

 そう考えていた時だった。


「クックック。ようやく、この日が来たぜ」


 私の人生を大きく変える存在。

 ……魔法少女を悪堕ちさせようとする怪人が、私の目の前に現れたのは。  

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