第20話 手紙
結局、人形師の家の押し入れの中からは、肝試し中に行方不明になっていた男女六名の遺体が発見された。
人形師の家は取り壊される事になり、残された人形たちは寺に供養に出されたらしい。
「供養ってなんなんですかね」
支部の自分のデスクに座り、PCで報告書を作成しながら揺月が隣の櫻に言う。
「今までの情報が間違ってなければ、怪異が人形に取り付いて、俺に斬られたからまた異世界に帰ったって話でしょ? 人形を供養に出してなんか意味あるんでしょうか」
「考えられるとすれば、あの人形たちには怪異が取り付きやすい条件が揃ってたってことじゃないのかな」
横で同じようにキーボードを叩きながら櫻が言う。
「って言うと?」
視線をPCから外して櫻を見る。
「作り手の情念とか執念とか。あと人の形って念を集めやすいっていうし。あとたぶんだけど、怪異って人型にこだわりがあるのかもね」
「?」
首を傾げた揺月に櫻は向き直った。
「例えば怪異がこっちの世界に来る時自由に姿を選べるとしたら、わざわざ人型なんて選ばないと思うんだよ。こっちの世界に馴染む為っていう訳でもなさそうだし。元の異世界でエイリアンみたいな姿だったら、こっちに来てもエイリアンみたいな姿を選ぶと思うんだよね」
「……つまり怪異は異世界でも人型をしていると」
「うん。まぁタコ入道みたいな例外もいるけどね。タコ入道の世界ではタコの姿が当たり前なのかも知れない。夕闇現象自体が十年前から始まったから、その辺の研究はまだ全然進んでないんだよね。いきなり怪異が暴れ出して、まだ人類は右往左往してる最中」
「……悔しいですね」
揺月は渋面を作る。確かに櫻の言う通りだ。
「そのために遙さんのお父さんみたいな研究者たちが頑張ってるんだけどね。そう言えばあの黒い石、どうなったんだろう。怪異溜まりで拾ったやつ」
「何も言ってきませんね、しばらくかかるとは言ってましたけど」
「出来る事するしかないね、それまでは。上の事はお偉いさんに任せるとして、現場は現場で働かないと」
櫻の言葉に若干の悔しさを覚えながら頷く。怪異を斬る。例え後手に回ろうとも今の揺月に出来る事はそれだけだ。
*
その手紙が揺月の部屋の新聞受けに投函されたのは早朝の事だ。
ドアに作り付けられた郵便受けがカタンと微かな音を立てた。
まだベッドの中にいた揺月は内心首を傾げた。
揺月は新聞を取っていない。チラシがポスティングされるには早すぎる時間だ。
あくびをしながら裸足で郵便受けの所まで行き、中身を確認する。中には白い紙が二つに折りたたまれて入っていた。
なんだろう。
何気なく紙を開いてみて――揺月は固まった。
『みつけた』
紙には小さな子供が書いたようないびつな文字で、はっきりとそう書かれていた。
*
その日一日は仕事に集中出来なかった。
あの後、すぐにドアの外に出て辺りを探したが誰も見つける事が出来なかった。
子供のいたずらかと考えたが、揺月の住むのは夕闇対策支部の寮である。あの早朝に子供がいたとは考えにくい。
ふと、紫陽花祭りの時に浴衣の少女に言われた事を思い出した。
白いワンピースの少女が自分の事を探している。
その言葉が本当なのだとしたら、自分は、「見つかった」のだろうか。
「揺月?」
不意に呼びかけられて顔を上げると、テーブルの向こうで櫻が心配げにこちらを見ていた。
「大丈夫? 今日なんかずっとぼーっとしてるけど」
ああ、と揺月は目を瞬いた。場所は昼時の食堂で、今は昼食をとっている最中だ。
目の前の定食は櫻はほぼ食べ終わっているが、自分の分はほとんど減っていない。
「どうしたの? 夏バテ?」
「そういう訳じゃ、ないんですけど」
曖昧に言って壁の時計を見上げると、もうすぐ昼休みが終わる所だった。揺月は慌てて食事の残りを片付けに掛かった。
*
夜。
深夜零時を回りそろそろ寝ようかという時間になっても揺月はまだ手の中で「みつけた」と書かれた白い手紙をもてあそんでいた。
……白いワンピースの怪異が書いたのだろうか。
夕暮れ怪異対策支部に解析をお願いしようかとも思ったが、さすがにこの手紙一通ではいたずらだろうで済まされてしまいそうな気がする。櫻にもなんとなく手紙の事を言いそびれていた。
「……これ、どうしようか」
揺月が呟いたのとほぼ同じタイミングで、扉の方からコツン、と何かが当たるような音がした。
揺月の部屋はワンルームで部屋から一直線にドアが見渡せる。そのドアからまたコツン、コツン、と音がした。
何かが当たるような、まるで、小さな手でノックしているような。
気付くと足を忍ばせてドアの前に来ていた。ドアスコープを覗くがドアの前には何もない。ゆっくりとドアを開ける。と、ぱたぱたと軽い足音が薄暗い廊下の奥へと走って行った。目をこらすが姿は見えない。
足音を追おうとして、揺月の隣の部屋に住んでいる櫻に声を掛けようか一瞬迷ったが、止めた。あれがもし本当に白いワンピースの怪異なのだとしたら。
櫻を巻き込みたくない。そんな心理が働いた。
足音は、揺月が近づくと逃げるように遠ざかり、決してその姿を見せない。
追ううちに、近所の寂れた公園まで来ていた。
人の誰もいない深夜の公園で、子供が一人ブランコに座っている。電灯が切れかかっているのか、チカチカと明滅する明かりの下で俯いている。
顔を隠している長い黒髪、目深にかぶった麦わら帽子、ノースリーブの白いワンピース。
白いワンピースの怪異だ。
そこまで見て取って、揺月は自分が丸腰なのに気付いた。刀は怪異対策支部に預けてある。せめて防犯の為家に置いてある金属バットを持ってくるべきだった。
「……探したよ」
とはいえ、逃がす訳にはいかない。取りあえず声を掛けたが、声が震えているのが自分でも分かった。
少女はゆっくりと顔を上げた。目深に被った麦わら帽子のせいで目元は見えない。それでも少女が自分を見たのが分かった。
『わたしも』
少女の口元は薄く微笑んだまま動いていない。それでも声は響いてくる。
『わたしも、さがしてた。おにいちゃんかくれんぼうまいね』
「……隠れてたのはお前だろう」
『みつけられなかっただけ、おにいちゃんが、ちいさいから』
「小さい?」
『ちいさい、ちいさいむしさん、いま、つぶしてあげる』
少女が体重を感じさせない仕草でするりと立ち上がった。揺月は一歩下がった。
虫か。
確かに丸腰の揺月は虫と大差ないのだろう。それでも。
「教えてくれよ」
呼びかけた声に少女は首を傾げた。
「なんで俺の居場所がわかった」
クスクスという笑い声が揺月の頭に木霊した。
『いやないし、もってるでしょ、いやなの』
石……?怪異溜まりから持ち帰った石か。ほとんどは遙に預けたが、一粒だけは揺月が持っている。
少女が嫌がると言うことは怪異に有効なのだろうか?どちらにしろ今は持っていない。櫻があまり持って居ない方が良いというので、部屋に置きっぱなしにしていた。
少女がこちらに向かって一歩踏み出した。揺月は一歩下がる。麦わら帽子越しとはいえ、少女が自分を見ているだけで悪寒のするようなプレッシャーを感じる。
勝てない。
本能的にそう感じた。ここに櫻を連れて来なくて幸いだったと思う。今から逃げても駄目だろう、恐らく、自分は死ぬ。
『むしさんはぷっちんだよ』
少女の口元が三日月の形に笑った。
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