第10話 かごめかごめ 前編

 その日、休日のショッピングモールに二人はいた。


「やぁ、すみません、すっかり付き合ってもらっちゃって」

 すっかり大荷物になってしまったブティックの袋を降ろしながら揺月が言う。

「いーよいーよ、俺が揺月ちゃんの服選びたかったんだし」

 満足げな顔をした櫻が返す。場所は人で賑わうフードコートである。二人のテーブルの上には二人分のコーラフロートが置かれていた。


 事の発端は、先日の任務である。金銭的に困窮していた揺月は二着の私服を着回していたのだが、そのうちの一着が敵の攻撃で破れてしまったのである。

 ちょうど初任給が出たところだったので新調しようと思っている、と言う話を櫻にしたとき、ぽろりと揺月はこぼした。

「俺、服選ぶの苦手なんですよね。選んでると店員さんが寄ってくるし」

 その台詞を櫻は聞き逃さなかった。

「俺、服選ぶのめちゃくちゃ好きなんだけど、良かったら一緒に行こうか? 安くて良い店知ってるし」

 確かに櫻の私服はセンスが良い。来て貰えれば心強い。なにより目がもうキラキラしている。

「あ、じゃあ、お願いします」


 ということで、男ふたりでショッピングモールに来る事となったのだ。


「でも助かりました。予算内で色々揃ったし、先輩センス良くて」

 先輩、という言葉が口から転がり出てしまってからあ、と言葉を止める。櫻は笑った。

「いいよ、実際半年くらい? 俺が先輩だし。まあ在学しながらインターンだったけど。あ、でもゆうちゃんは一年くらい一人で狩りやってたんだっけ?」

「狩ってたって言っても俺のは通り魔的に刺して回ってただけなんで……犯罪ですしね」

 ゆうちゃん、というあだ名の響きに笑ってしまいながらそう返した。


「もー最初びっくりしたよ。現場行ったら先に民間人が交戦してるんだもん。でも怪我とかしなくて良かった」

「あの時はお世話になりました」

 冗談めかして頭を下げたが、この一ヶ月、怪異対策組織で働いて、単独で狩りをしていた頃の自分がいかに危険な事をしていたか揺月は実感させられていた。あの時遙と櫻の二人に見つかっていて良かった、と改めて思う。


「そう言えば聞いた? 西小の近くの交差点のかごめかごめの怪異のやつ」

 ふいに近くのテーブルから聞こえて来た声に、二人は同時にそちらに視線をやった。数人の学生がファストフードを囲んで話している。

「あーあの、子供の幽霊が出るってやつ」

「幽霊じゃなくて怪異じゃない?」

「あれ、妹のクラスの子がやられたんだって。いきなりいなくなって、もう三日も帰って来ないらしいよ」

「えー怖い……」



「最近多いね、かごめかごめの怪異のうわさ」

 櫻の声に我に返ると、櫻は難しい顔をしていた。

「支部内でも噂になってますよね。いずれ討伐任務が出るんでしょうけど」

「事前の情報収集は遙さんのチームがやってるみたい。たぶんそっちがやるんじゃないかな」

「こっちは出番ない感じですかね」


 二人はそう話を纏めると、また他愛ない雑談に戻った。



 *


 

 しかし、翌日のうちに上司から呼び出しがあり、結局かごめかごめの怪異は揺月たちで始末することになった。

 どうやら遙チームの身内に被害者が出たらしい。身内は捜査に加われないのは警察組織と同じだ。


「身内に被害が出たとなったらやるしかないですね、この事件」

 気合いを入れる揺月に櫻は答えた。

「うん。頑張って仕留めよう。この事件」



 *



 夕刻の迫った細い交差点は、既に交通規制されており人影はなかった。


「霧が濃いですね」

 既に装備を済ませた揺月が傍らの櫻に言う。

 夕暮れ現象が起こる時、霧が濃いことは珍しい事ではない。今日、このかごめかごめの怪異が訪れるという交差点で夕暮れ現象が起こる事は櫻も予見していた。


「うん。はぐれないように気をつけないと。夕暮れ、来るよ、3,2,1……」

 櫻のカウントダウンで軽い落下感と共に視界が朱と黒に塗り分けられた。霧はその間を白く漂い、視界が酷く悪い。交差点を見ると信号機だけが紅く点灯していた。


 

 そろそろと、二人固まって交差点へと動き出す。

「待って」

 交差点に進入しかけた時、櫻が立ち止まった。

「聞こえる」

「歌ですか」

「……かごめかごめだ」

 またそろそろと進み始めた櫻の後を、刀の柄に手を掛けて追う。

 やがて、霧の向こうに人影が見えてきた。小柄な影が数人で集まって輪を作っている。


 かごめ かごめ 

 かごのなかのとりは 


 幼い歌声が、揺月の耳にも響いてきた。輪を作っている子供達は踊るように体を揺すっている。

 刀を抜き放ち、じりじりと近づく。相手は怪異だ。無害そうに見えても何をして来るか分からない。


 先手必勝だ。

 刀を構えて一気に距離を詰める。狙いを定めた怪異の一体が振り返った。


 その怪異は、顔が無かった。


 本来顔があるはずの部分はつるりとした白い皮膚に覆われて一切の起伏が無い。その顔の無い怪異は揺月を見上げて無邪気な声を上げた。


『うしろのしょうめんだあれ?』


 ぞっとして刀を振り上げた。その時。


「待て!!」

 ふいに櫻が揺月の腕を掴んだ。反動でたたらを踏む。櫻は続けて叫んだ。

「その子は怪異じゃない!!」

 思わず視線を戻した先には。


「うわあーっ」

 顔を恐怖に歪め泣き声を上げる、人間の子供が居た。

 呆然とする揺月を置いて、周りの子供達も次々に悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。どれも普通の人間の子供に見えた。

 

「どうして……」

 混乱して揺月は呟いた。子供が振り向いた時は確かに顔が無かった。しかし一瞬後には鼻も口もある普通の子供になっていたのだ。


「あの子達は怪異に操られてるだけだ。別に本体が居る」

 辺りを警戒しながら櫻が言う。

「櫻さん……あの子供の顔、どんな風に見えました」

 思わず揺月は聞いた。さっき見た異形の顔が幻だとは思えなかった。

「? 普通の子供に見えたけど。揺月こそなんでいきなり斬ろうとしたの。殺すところだった」

 険しい顔の櫻に言われてぞっとした。自分は殺しかけたのだ。人間の子供を。この手で。

「俺、子供の顔が……見分けつかなくて。怪異と」

 言いながら恐怖がじわじわと足元から登ってきた。自分では子供と怪異の区別がつかない。恐らく敵もそれを知っている。

「たぶん、怪異は、俺に子供を……」

 殺させようとしている。言葉は最後まで出なかった。手に提げたままの刀の先が震えているのが分かる。


 櫻はそんな揺月の様子をじっと見ていたが、やおら肩を叩いた。

「大丈夫。俺がちゃんとナビするからついてきて」

 言うなりハンドガンを構えて先を歩き出す。


 そうだ。自分には櫻が居る。

 揺月は自分に言い聞かせると、深呼吸をして後を追った。

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