第4話 稲荷神社にて

 ――夕暮れ時、稲荷神社の鳥居が朱く光る時、日本刀を携えた子供の怪異が現われる。


 子供は狐の面を被っており性別不明。白装束に黒い袴を身に付けている。宙に浮いて移動するところから人間ではない。

 時折神社から出てきて、民家の近くをうろつく様子が見られる。

 被害が出る前に対処されたし。



 *



 怒濤のような一週間の研修を終え、正式に夕暮れ怪異対策支部の隊員となった揺月は現場に向かう車に揺られていた。


「――今回の任務は私たち遙班と櫻班の合同任務になる。特に揺月は初任務になるから気を引き締めるように。櫻はしっかりサポートして」

 怪異の概要を説明した遙がそう結ぶと、櫻と揺月の二人ははい、と返事をした。

 車内には遙、櫻、揺月の三人の他に、新しく遙の元に配属された新人サポーターがいる。


 サポーターとは文字通りアタッカーのサポートをする役割で、怪異の探知能力に長けた、いわゆる霊感の強い人間が選出されるらしい。怪異と戦う能力は持たず、装備しているハンドガンも牽制程度の役にしか立たないそうだ。


「これ、たべる?」

 これから向かう現場の概要を頭に巡らせながら前方を睨んでいる揺月の目の前に、突然殻付きのたまごがにゅっと差し出された。櫻だ。

 思わずそちらを見るとにこにことしている。片手に持っているパッケージから察するとコンビニのゆで卵らしい。

「いた……だきます」

 断るのもなんなので受け取っておく。と、櫻は自分のゆで卵をぱりぱりと剥き始めた。

「任務始まっちゃうといつ食べれるかわかんないからさ、食べといた方が良いよ。あ、殻これにいれてね」

 コンビニの空き袋を寄越してくる。


 揺月はこの櫻という男のキャラがどうにもまだ掴めていない。

 研修中の一週間ほぼ毎日一緒にいたのだが、どうにもふんわりとしている。基本世話焼きないい人なのだが大事なときにふいっと居なくなったりする。

 この人がサポーターで大丈夫だろうか。剥き終わったたまごを嬉しそうに口に入れている櫻を横目に、揺月は内心不安になった。



 *



 現場の稲荷神社に着くと、日没までにはまだ間があった。


「櫻、夕暮れまで何分?」

「この感じだと三十分はあります」

 遙の問いかけに櫻が計器も見ずに即答する。夕暮れの訪れが分かるのだろうか。

「おっし。じゃあ櫻と吹越は神社内の下見。揺月は武器の最終チェックするからこっちに来て」

 遙の指示でサポーターの携行品を詰めたナップザックを背負った櫻と吹越が神社内に小走りで入って行く。サポーターである彼らの役割は主に索敵で、本格的に怪異と当たるのはアタッカーの仕事になる。


「揺月、刀の扱いには慣れた?」

 そのために揺月に支給されたのが、刀である。

 トランクから取り出したそれを軽く振ってみる。正式に鍛造された日本刀ではない。特殊な金属で出来ているらしく、軽い。しかししっかりと刃がついているので、任務時と訓練以外での携行は禁止されている。

「ええ、大分慣れました」

 とは言ったものの、揺月の腹の奥にはまだしっくりいっていない感触があった。というか、この一年一緒に戦ってきたあのナイフの方が信用がおける感じがして、そう主張もしたのだが、ナイフの扱いに習熟しているならともかく素人の揺月では長物の方が有利だと説き伏せられたのだ。


「櫻とはどう? やっていけそう?」

 急な問いに一瞬ぐ、と詰まってから頷いた。

「大丈夫……だと思います」

 曖昧な返事に遙は少し笑った。

「癖のある奴だからね。でもサポーターとしての実力は確かだから。そこは頼っていい」

 不安なのはサポーターとしての実力じゃない部分なのだが。まぁ仕事が出来るなら問題ないか。揺月は自分に言い聞かせた。



 *



 「問題」は、意外と早くやってきた。

 集合時間を過ぎても櫻が戻って来ないのだ。

 やがて日没が迫り、佐倉が夕暮れを予告した時間になった。

「間もなく夕暮れに入ります。3,2,1……」

 手元の計器を見ながら緊張した声で言った新人サポーターの言葉と共に、軽い落下感覚と共に世界がどぶりと朱に沈んだ。夕暮れだ。

 櫻とは未だ連絡すらつかない。そもそも夕暮れ環境下ではあらゆる通信機器がまともに機能しないらしい。遙が腹をくくったように言った。

「……佐倉は単独で怪異を追ってる可能性がある。揺月はここで櫻が戻った時のために待機。私とバディは救出に行く」

 言うなり遙は猫のような身のこなしで神社の鳥居の奥に消えた。吹越が影のようにそれに従う。見上げれば鳥居はぼうっと煙るように朱く光っていた。怪異が姿を現す前兆だ。


 配属されて早々待機とは。

 遙班の二人を見送って揺月は歯噛みした。ついていないにも程がある。しかし、櫻は何をしているのか。


 単独で怪異を追っている可能性がある、と遙は言った。だがサポーターである櫻が単独で動いて出来る事があるのだろうか。戦うのはアタッカーである自分の仕事なのに。

 一人車の側で調えた武装を持て余しながら頭の中でここにはいない佐倉に文句をぶつけていると、無線を繋ぎっぱなしにしたイヤホンに反応があった。


「…………し。もし……し。……づき。揺月ー。きこえるー?」

 ざわざわとしたノイズに紛れて聞き取り辛いが、紛れもなく櫻の声だ。揺月はほっとしたのと怒りとでないまぜになった。


「櫻さん。どこ行ってるんですか。いま遙さんたちが救助に向かってますからすぐに――」

「あ、だめだと思う。この声たぶん揺月にしか聞こえてない」


 何を言っているのか、と思いかけて思い出した。夕暮れ下では無線は基本的に通じないはずだ。

 とはいえ無線の音声は基本的に遙班と佐倉班の四人で共有されている。


「遙さん? 櫻さんから応答ありました」

 そう思って遙に呼びかけてみるが帰って来るのはざわざとしたノイズだけだ。

「遙さん?」

 ざわざわとしたノイズに首を傾げているところに少し黙っていた櫻が言った。


「うんこれだめだ。揺月にしか通じてない。頑張って呼びかけたんだけどなー。揺月、取りあえず遙さんが戻るのを待って」

「待って下さい、櫻さん今どこに居るんですか?」

 柚木はにわかに不安になった。通じない無線、にもかかわらず自分にだけ届いた声。頑張って呼びかけたという佐倉の言葉。

「うんいまね、標的の怪異の後つけてる。でもこれ以上俺単体で入るのやばそうだからアタッカーに救助呼びかけたんだけど……」

 そこで櫻が言い淀む。言い淀んだ訳が揺月には分かった。

「遙さんを呼んだんですか? 櫻さんのアタッカーは俺ですよ。俺が行きます」

「あーうん。でも初任務でこれは……」


 ざざっというノイズと共に通信が途切れた。同時に配布された小型タブレットにピッという音が走り、夕闇下では表示されないはずの佐倉の座標が表示された。遙班が消えた方向とは反対方向だが、この位置からなら行ける。


 目に焼き付けた座標の位置と事前に頭の中に入れた地図を照らし合わせながら走り出した。走りながら何度か無線で櫻を呼んだが反応はない。

 今は一人だ。ふと思った。この一年、いつも一人で怪異を追って来た。いつもと同じだ。いつも通りやればいいのだ。

 この一年の間、怪異に逃げられたことはあっても負けた事は無かった。負ければ殺される。シンプルな摂理でこの夕暮れは動いている。そのシンプルさが心地よかった。


 夕暮れの中を揺月は走った。目標の座標に辿り付く少し前に立ち止まって息を整えた。体力は大事だ。それが勝敗を決める。

 少し息を整えて、手近な木の陰に身を隠した。今現在標的がどこにいるのかはわからない。先制した方が有利だ。無線に耳を澄ませた時、横合いからハンドガンの発射音がした。

 

 櫻だ。櫻が交戦している。足は自然と、音を回り込むように動いた。

 夕暮れは視界が悪い。なにもかもが朱と黒に切り取られて遠近感が良く分からない。その景色を、戦いの音を頼りに進むと怪異の背中が見えた。


 白装束に、黒い袴姿の子供が、揺月の頭一つ分ほど上の前方に浮いていた。

 裸足の足が、揺月のすぐ頭の上の高さにあった。その足は少しも汚れていない。

 長い黒髪が背中に括られて、無いはずの風になびいていた。

 子供は、大きな日本刀を提げていた。その刃は夕暮れで朱く染まっている。 


 その向こうに、櫻の姿を見た。その場を逃げだそうとしていた櫻は揺月と目が合って、ハンドガンを構え直した。怪異を引きつけるように発砲しながらじりじりと後ろに下がり始める。

 揺月は音をさせないようにゆっくりと刀を鞘から引き抜いた。そのまま無防備な怪異の背中に打ちかかる。


 ギィンッという音がして気がつけば子供の顔が間近にあった。いつ振り返られたのか、刀を刀で受け止められたのかも分からなかった。狐面を斜めに被って目元を隠した子供の口元は笑っていた。

 揺月は相手の刀を受け流すと、そのまま自分の刀を捨てた。金属音と共に刀が転がる。

「揺月!!」

 遠く櫻の叫び声を聞きながら、揺月は子供の姿をした怪異の胸深く、ナイフを押し込んでいた。櫻にも、遙にも言わずポケットの奥に持ち込んでいたナイフ。

 そのナイフで止めを刺された怪異は血にまみれたような色の口元を一層笑みの形にした。揺月は黙ってナイフをより深くねじ込んだ。ぐにゃりとした手応えだった。


 気付くと怪異は消え、夜が訪れていた。

 神社の奥の林にはさやさやと葉擦れの音がして、暗闇の中にほの蒼い月の光が差し込んでいた。



 *



 結果として、事件は解決となった。

 神社の怪異は消え、夕暮れの怪異が民家を襲うという最悪の懸念は払われた。


 櫻は結局、偵察中に怪異の気配を感じ、辿る途中に揺月たちより早く夕暮れに引き込まれ、連絡が取れなくなっていたらしい。単独で怪異を追跡した危険行為ということで始末書を書く事で落着となった。 


 しかし。


「あんなやり方してたら命落とすよ。揺月ちゃん」

 夜明け過ぎ、ようやく解散して家路につこうとする揺月の背後から櫻は言った。

「俺の事は信用してくれなくてもいいけどさ」

 なんだかいじけたような声の響きに揺月は振り返った。櫻は声の響きとは裏腹に真っ直ぐに揺月を見つめて言った。

「自分の事は大事にしなきゃだめだからね」

 揺月は笑った。なんだか笑いが出たのだ。

「揺月ちゃん」

 なおも呼びかける声を背にして廊下を歩き出した。


 こんな職業を選んでおいて自分を大事にするも何もない。

 サポーターならそれで良いのかも知れないが、自分はアタッカーなのだ。命と引き換えにしてでも怪異を討つ義務がある。

 

 支部を出た道路の先では、丁度朝日が差していた。

 白く光るその眩しさが、今の柚木には少し鬱陶しかった。

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