討伐
さらに12時間が経った。おそらく終わりが近い。もちろん俺の、では無くトガの終わりだ。俺も中々に消耗しているが、トガはもっとだ。体を覆う鱗はそのほとんどが剥がれ落ち、その下からは血が滲んでいる。息こそ上がって無いものの、明らかにダメージが蓄積して消耗しているのが見て取れる。とは言うものの、俺も体力は9千まで減り動きも鈍くなって来ているのを感じる。無限元気のおかげでどれだけ消耗してもすぐに回復し動けなくなる事は無いが、体中の怪我が治る訳じゃ無い。剣を持つ腕も打撲と切り傷で振るう度に痛みが走り剣先が鈍る。両足もスボンはボロボロ、残った部分も血で赤く染まっている。
「さすがにさ、もうそろそろ終わりにしてくれよ」
その言葉が理解出来たかの様にトガは動きを止め、引き絞る様に体を縮めた。そして一瞬、ドクン、と心臓が大きく跳ねたかの様に体が震え、次の瞬間激しく咆哮を上げた。
「ゴォォォオオオオオオ!!!」
その咆哮はこの部屋全体を、いや、まるで世界の全てを震わせているのかと思える程の激しさだ。余りの音に両耳を手で塞ぎ、耐えながらトガを見る。咆哮を上げたトガの体に僅かに残る鱗の全てが逆立つ。次の瞬間、体中からバキバキという音を立てながら鱗が生えてきた。それは元々あった鱗より数倍大きく、全てが逆立ちトガの体を包み込んだ。
「ゴオォッ!ゴアァ……アァァァアアア!!!」
尚も苦しげに咆哮を上げるトガ。瞬く間にトガの全身は大きな鱗に包まれる。その鱗は体の全てを覆い、喉や腹、足の付け根など、元は鱗の無かった場所まで覆う。尻尾にいたっては数倍の太さまで膨れ上がり、もはや原型を留めていない。
そしてトガは静かになった。数秒の静寂の後、トガが尻尾を床へ叩きつける。叩きつけられた床は砕け、尻尾がめり込む。
「なんなんだあの威力は……。もう終わりなんじゃ無かったのか……?」
さすがに勘弁してくれ。見るからにパワーアップしてるだろあれ……。こっちはもう体力が尽きそうだって言うのに。俺は両手に握る剣をさらに強く握る。どうしたものか、そう考えを巡らせている間にトガが動く。トガはまたしても激しく咆哮を上げながら、今まで以上に激しく床を掴み突進してくる。その際も尻尾を持ち上げる事はせず、床を豪快に削り取りながらこちらへ向かってくる。
「……っ!?どんな威力だよ!」
尻尾が引きずられた跡は人ひとりなら埋まってしまいそうなぐらい深い溝が出来上がっている。もはや削る、というより掘るに近い。あんなものくらったらそれこそひとたまりも無い。
そして俺の少し手前でトガは左手を床に突き立て、それを支点として左回りに体を回す。
「やばいっ!尻尾か!」
床を削りながら引きずられて来た尻尾が遠心力を得て加速する。その加速に合わせて床から離れ、俺の体全体を覆うようにして襲いかかる。
「なんっ……て!スピードだ!」
俺は咄嗟に左後ろへと飛び、地面を転がり何とか尻尾の攻撃範囲から逃げる。空を切った尻尾は一回転し、床に着く事で回転の威力を殺し止まる。すぐさまトガは辺りを見回し俺を見つけ、間髪入れずにまた突進してくる。
「ちょ、ちょっと……!」
次は真っ直ぐに向かってくる。これは体当たりするつもりだな。まだ床に片膝を着いていた俺はそのまま上へと大きくジャンプ。トガの突進を空中でやり過ごす。
「ついでに喰らえ!」
俺は空中で体をよじり、足元を走り去るトガの背中へ向けて右手に持っていた剣を投げつける。投げた剣はトガの背中へ当たり、周囲の鱗を弾き飛ばしながら突き刺さる。
「え……?そんな簡単に壊れるの?」
着地しながらトガを見ると、走り抜けたトガの背中には間違いなく投げた剣が刺さっている。
「グッ……オオオォ!」
またしてもトガの体がドクン、と震える。次の瞬間、背中に刺さる剣を巻き込む様に剥がれた鱗がまた生えてきた。
「グゥ……ウオォ……」
何だか苦しそうだな?もしかして鱗を再生する度に体力を消耗しているのか?そんなの……文字通り命を削っているだけじゃないか。まるで力に喰われているみたいだ。
「グゥオウッ!」
トガが短く吠えたかと思うと俺に向かってジャンプして来た。跳躍が頂点を迎えた辺りで背を丸め、くるりと前周りで体を回す。遅れて尻尾がしなる様に飛び出してくる。そのまま尻尾が俺の頭上へと振り下ろされる。とんでもないスピードだが軌道が丸わかりなら躱すのも容易だ。俺は体を反転させながら左へと躱す。ちょうど半回転した所で俺の後ろへ尻尾が着弾し床を激しく破壊する。俺はそのままさらに体を回転させ、その力を剣に乗せ床にめり込んでいる尻尾へと斬りかかる。付け根から先へ、鱗の並びとは逆に、魚の鱗を落とす様に剣を滑らせる。振り抜く頃には剣は柄の根元から無くなっていたが、トガの尻尾の鱗も一直線に剥がれ落ちていた。
俺はすかさず床に転がる剣を拾いに走る。剣を拾いトガに向き直ると、またしてもトガの体がドクン、と震え、尻尾の鱗が再生する。
「オォ……オ……」
明らかに異常だ。鱗が再生する度にトガが弱って行く。トガの攻撃の威力も笑えないほどに上がっているが、その代わり動きが精彩を欠く。それは暴走と言っていいほどにまともでは無く、まるで鱗に戦いを強いられているかの様だ。このまま行けばいずれ鱗に命の全てを吸い尽くされてしまうんじゃ無いだろうか。
「それが俺の唯一の勝機、とは言え何だか勝った気がしないな」
だがトガは戦う事も、鱗を再生する事も止めない。ならば行き着く結果はただ一つ。
「もうやるしか選択肢は無いな。そもそも何をどうする余裕なんて俺には無いし」
床に転がる剣は残り6本。両手に1本ずつの計8本。これだけあれば十分だろ。
「やるか」
俺はトガに向かって駆ける。弱々しく頭を上げたトガはしっかりと俺を見据え迎撃態勢を取る。構わず俺はスピードを上げる。それに合わせてトガは右手を振り上げる。その手は俺の頭上へと振り下ろされ叩き潰そうと襲いかかる。俺はそれを躱すつもりは無い。駆ける足を地面へと踏ん張り急停止、振り下ろされる腕へ向かって右手の剣で切り上げる。
「ふんっ!!!」
気合いを入れた一撃はトガの腕を弾き飛ばし鱗も吹っ飛ばす。しかし剣はその衝撃に耐えられず折れる、というよりは砕け散って使い物にならなくなった。すかさず左手に持っていた剣を両手で持ち、体を時計回りに回転させ、がら空きのトガの首元を切りつける。
「グゥッ……!ウオォ!」
確かな感触はトガの首元にある歪な鱗を吹き飛ばし、その下の肉を抉った事を伝えてくれた。元々は鱗が無かった場所に無理矢理生えて来た鱗だけあって、いとも簡単に壊す事が出来る。やはり弱点は弱点のままだ。
「グウゥッ……!」
トガは一声唸ると、たまらず後ろへと飛びずさる。
「逃がさないって!」
手に持つ剣はまだ折れちゃいない。攻めの手を緩める理由なんてひとつも無い。下がるトガとの距離を詰め、さらに連撃をお見舞いする。腕や肩、頭の鱗を吹き飛ばし、その下の肉を斬る。トガは少しよろめく。その隙をついて剣を叩きつけようと踏み込んだ所で悪寒が走り踏みとどまる。その瞬間、俺の鼻先をトガの尻尾が掠めた。トガはそのまま勢いに任せ一回転し距離を取る。
「あぶなっ!」
間一髪って感じだ。
「オオオォォォッ!!!」
トガが雄叫びを上げるとまたしてもドクン、とトガの体が震える。次の瞬間、剥がれ落ちた鱗がまた再生した。いや、再生と言うには余りある。血が流れ鱗が剥がれた部分には、新たに剥がれた鱗よりもさらに大きな鱗が歪な形で生えてきている。もはや原型を留めていないのでは無いか。肥大した鱗で体はふた周りほども大きくなり、歪に右手が大きくなっている。
「ゴォ……オオォ……」
右手をつき、左手をつき、床に突っ伏すのを拒みなおも前へと進む。それは果たしてトガの意思なのか、それとも鱗にそうさせられているのか。答えはどうだっていい。確実に終わりの時が迫ってきているのだろう。俺は剣を構え走り出す。
「最後の2本か。次を買う必要は……無さそうだな」
さらに数時間、止まることなく戦い続け、目の前にはもはや鱗の塊となったトガがいた。しかしその動きは鈍く、走る事すら叶わなくなっていた。
「もう、終わりにしてやるよ」
俺も残りの力を振り絞りトガへと斬りかかる。すでになすがままに斬られるだけのトガ。それでもなお鱗は無情にも再生して行く。
「ゴアァアアッ!!!」
苦しそうに聞こえた、その雄叫びを上げる口へと剣を突き刺す。剣は深々と口へと刺さり、そのまま後頭部へと抜けた。その剣にまとわりつく様に鱗が再生する。俺はその剣から手を離し、残る最後の1本の剣を両手で握り、トガの下顎から上へと突き上げ、脳天へと貫通させる。
静寂が訪れる。鱗はもう再生しない。トガの瞳も動かない。そして鱗の塊となったトガの体が弾ける様に光の粒になって霧散した。
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