13ー1
アラームが鳴る前に目が覚めた。携帯の画面をつけて、鳴るはずだったそれを取り消す。そのまましばらくぼんやりと画面を見つめていた。
起きたくない。起きたくなかった。起きてしまえば一日が始まるから。
けど、起き上がった。
私は私の意思で、今日を始めることにした。
制服に着替えて洗面所へ。身支度を整えて鏡を見る。そこに映る私は相変わらず冷たい目を私に向けていたけど、でも、その目はもう昏くはなかった。
ああ、なら大丈夫。
最後に見た私は、いやに穏やかな笑みを浮かべていた。もう作り笑いは不要だなんて言いたげに。
居間に入れば、両親はもう席に着いて朝食を食べ始めていた。
「おはよう、鈴。早く食べないと遅刻するわよ」
「そうだぞぉ、お父さんもな、今日はな、ちょっと、やばくて」
「はいはいお父さん、噛んでる時は口を開けないの。ほら鈴も食べちゃいなさい、時間なくなるわよー」
「ん、うん」
椅子に座って、いただきますと手を合わせる。そのままトーストへと手を伸ばしかけて、その手を止めた。
「……お母さん、お父さん」
そっと顔を上げて正面に座る二人を見る。二人は朝食を食べる手を止めることなく私を見つめ返した。
「その、ありがとう」
その言葉に私は何を込めることができたんだろうか。全てを語る勇気はなくて、時間も、なくて。だから結局口にできたのはありふれたお礼の言葉だけ。
二人にはもう、その言葉だけが届けばいいと思った。それは私の弱さなんだろうけど、でも私は、お別れよりもお礼が言いたかったんだ。
両親はきょとんとした顔で私を見ていたけど、すぐに互いに顔を見合わせて笑みをこぼした。
「ふふ、鈴ったら、母の日も父の日ももう終わったでしょう」
「そうだぞ。まあでも、お礼を言われるのは嬉しいね。もっと言ってくれてもいいんだぞ?」
「……もう言わないよ」
言えないよ。
トーストを掴んで口に押し込む。それと一緒に、胸の中で絡み合う気恥ずかしさや悲しさを腹の底に押し込めた。
鈴、と私を呼ぶ父の声に顔を上げる。
「お父さんもお母さんも鈴が大事だよ。だから、もし何かあったのなら、できるだけ話してくれると嬉しいな」
「……うん」
「ま、何もないならいいんだけどね」
そう言って父はコーヒーを口に運ぶ。両親はそれ以上深く追求してくることはせず、いつも通り二人で会話を楽しんでいた。
変わらない朝はあっという間に過ぎていく。支度を終えて玄関に向かうと、後ろから両親の声が聞こえてきた。振り返れば、どうやら二人とも私を見送りに来たらしい。
「どうしたの、二人とも。仕事、遅刻しちゃうよ」
「しないわよ、このくらいで。たまにはいいでしょ、こういうのも」
ね、という母の声に父は大きく頷いていた。
……もしかしたら、全部バレてるんじゃないだろうか。この私はもう帰ってこないことも、次に帰ってくる私は生きていないことも。
だけど何も言えなかった。私は真実を口にできるほど強くはなかった。
「……行ってきます」
でも、ここで笑えないほど弱くもない。
ドアを開けて外へと出る。いってらっしゃい、と私を送り出す言葉が確かに聞こえた。
行ってきます。そして、さようなら。
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