第3話
今日は街へ行く日。
仕事のついでに買い物をして帰ってくる予定だ。
依頼人がどんな人かは聞いてないけれど、穏やかな人だとありがたい。
オリジナルオーダーは受け付けていないし、どうすれば断れるのか。
起きてから延々と考えているが、もっともらしい理由が見つからない。
「どうしようかなぁ……」
憂鬱な気分になってきた紬はほろろを抱きかかえてみる。
温かくてふわふわでかわいくて癒される。
いっそのこと、行かないという選択肢を選べばいい。
それがいいかも。と思っていると。
―――トントン。
誰かが来たようで、そっと覗きに行ってみると宵月が立っていた。
(えぇ!?迎えに来たことなんてないのにっ!!)
とりあえず落ち着くためにほろろを撫でている紬。
「紬さん、まさか居留守使うわけじゃないですよね?行かなければいい、という選択肢はありませんよ」
(ひっ、思考が読まれてるっ!!)
渋々、ドアを開けると宵月と目が合う。
「ほろろは連れて行けませんよ」
「わ、わかってます!」
ほろろを床へと下ろし、重たくはないのに重く感じる鞄を持つ。
「行かないつもりにする予定だったんだな。来て正解だった」
紬の足取りを見て小さな声で呟いた。
大きな石造りの門構え。
ここを過ぎれば大きな広場がある。
たくさんの露店や店舗、どこもかしこも賑やかだ。
広場から少し向こうは住宅街で子供たちの声が聞こえてくる。
ほんの少し街に来ないだけで見慣れないものがたくさん並び目移りしてしまうほど。
徐々に歩く速度が遅くなっていく紬に気が付いた宵月は、やれやれという顔をしながら「あとで見てくださいね。待ち合わせに遅れてしまいますから」と、紬の手を引いて少し足早に歩いていく。
中心部から少し外れたところに一軒の雑貨屋がある。
正確にはカフェ兼雑貨屋で<はないろ>という店。
―――カラン。
「いらっしゃいませ!」
ドアを開けると中から元気な声が聞こえてくる。
店主の
「あら、宵月さん。それに紬ちゃんも」
にこやかに出迎えてくれる、とても優しい人。
「和奏さん、こんにちは」
久しぶりに会う和奏に微笑みながら紬は挨拶をする。
目鼻立ちが整っていて、愛想が良くて、笑顔が素敵で、誰から見ても綺麗な人。
美人さんってこういう人のことを言うんだろうなと思う。
「連絡してた方は来られてますか?」
「あぁ、その人なら奥の席に通しておいたわよ」
宵月の質問に答えた和奏はカウンターの奥へと戻っていった。
ふたりは店内の奥へと足を進め、依頼人が待つ席へと向かう。
人目を避けるような一角の席があり、仕事の話をするのにはちょうどいい。
「お待たせしました」
「いえ、さっき来たところなので」
そこに座っていたのは大人しそうな印象の女性だった。
「こちらがランプを作っている紬さんです。私は仲介とサポート役の宵月です」
宵月さんってサポート役だったんだ、知らなかったなと思いながら挨拶をする。
「紬です。よろしくお願いします」
「え……。紬さんが作ってるんですか?」
「そうですけど」
「えっと、魔女だって聞いてたので、こんなに、可愛らしい方だと、思って、なくて……」
彼女の声がだんだん小さくなる。
「まぁ魔女というのはあくまでも噂ですから。この見た目でも腕は確かですよ」
にっこりと微笑みながら宵月は言う。
ただ、この見た目っていうところが引っかかる。
「このお店のランプも紬さんが作られたものなんですよ」
はないろの照明は紬が作ったものを使っている。
店主の和奏さんが気に入ってくれて、ぜひ頼みたいと言ってくれたのだ。
そして店に雑貨も置くからと、紬のランプをいくつか商品として並べてくれている。
「そうなんですか!?」
私は軽く頷く。
「あ、えと、私、
「作ってほしい理由を聞いてもいいですか」
「森の魔女が作ったランプを買った人の話を人伝いに聞いたんです。魔女が作った、魔法の不思議なランプは、どんな心配事もなくなって幸せになれるって」
なにやら怪しいランプみたいに感じるのは私だけだろうか。
まるで悪徳商法の謳い文句。
「それが本当なら、どうしてもそのランプが欲しくて」
「……私が作っているのは普通のランプで、そんな都合のいいものではありません」
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とした晴留。
正直なところ悪徳商法みたいな怪しいランプは作りたくない。
「使った方の感想なので私はそういった効果があるなんて言えません」
「……っ、でも!一度作れたのなら同じものを作ることはできますよね?」
「同じものはできないんです。そのときの気分とか気持ちとかで違うので」
「私、どうしても欲しいんです。つらくて、先が見えなくて、もうどうしていいのか、わからないんですっ……」
ついに泣き出してしまった。
和奏に頼んでお茶を持ってきてもらい、彼女が落ち着くまで待つことに。
「す、すみません、お見苦しいところをお見せして」
恥ずかしそうに下を向きながら晴留は言う。
「いいんですよ。なにかに頼りたい気持ちはわかります」
優しく微笑んで彼女に言いながら宵月は紬を見る。
「本当にできませんか?」
「効果のあるランプなんて作ったことないです」
「実際にそういう方がいたんですよ?」
そう言われても効果を意図して作ったものではない。
好奇心で作ったものを買った人がいただけ。
その当時は噂を聞いたお客さんがたくさん来て、ランプを売ってくれ、作ってくれ、と、対応が大変だった。
それに私はのんびり生活しながら仕事がしたいだけ。
大量注文なんてもっての他。
働くことに必死になって疲れ果てて今の生活をしている。
どうしようもなくて頼りに来た晴留の気持ちもわかるけれど、どうしたものか。
「無理ですか?」
「……今、無理って言いました?言いましたよね!!」
「返事がないということは無理なんでしょう?」
意地の悪い笑みでこちらを見ている彼は悪魔のようだ。
「っ、そんなことない!無理って言わないでください!」
「じゃあ依頼は受けますからね」
「えぇ!?作ってもらえるんですか!!」
「……希望のものとは限りませんけど、なんとかしてみます」
「よかったですねぇ、晴留さん」
「はい!ありがとうございます!!」
宵月にのせられる形で依頼を引き受けてしまった紬はがっくりと項垂れた。
そのあと、宵月に要求を突きつけた紬。
「ちょっと待ってくださいよ、当面仕事しないってどういうことですか!それに高級肉を一週間分なんて!」
「おいしいご飯がないとお仕事ができないんです。やる気がでなくて」
上目遣いで宵月を見ながらちょっとかわいく言ってみた。
「うっ……。こ、今回だけ、ですからね」
「ありがとうございます!お肉、お肉~!!」
嬉しそうにはしゃいでいる紬。
そして、さっきの上目遣いの紬を忘れないようにと脳裏に焼き付けている宵月だった。
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