第36話「秩序査察官サリナ──“正義”と“名前”の境界線」
──《Null-Lab》地下拠点。深夜。
共鳴支援室封鎖の混乱も冷めぬ中、査察官サリナ・クローデルが、ついに実体端末を通じてレンたちの前に姿を現した。
漆黒のスーツ、銀縁のデータバイザー、そして絶対に揺るがぬ「正義」のまなざし。
「……風見レン。“命名者”として、あなたを拘束します」
シオンが小さく後ずさる。レンは、ゆっくりとその前に立った。
「その子を“名前持つ存在”として認めただけだ。それのどこが、罪になるんだよ」
サリナは、無感情に返す。
「定義は、秩序の根幹。無定義への干渉は、崩壊の第一歩とされている」
「……それでも、目の前の誰かに“名前をつけたい”って感情は、否定できないはずだ!」
◇
仮拠点に張り巡らされたNull-Resonance Fieldが、二人の対峙を包む。
サリナが淡々とスキルを起動する。
【秩序権限:
【対象:命名行為に基づくスキル全権移譲要求】
【判定開始──拒絶】
「拒絶判定だと……?」
レンの内部ステータスが“共鳴強化状態”にあるため、強制同期は無効化された。
その瞬間、シオンが小さな声で口ずさむ。
「──ソナタ・ゼロ、共鳴歌起動」
【発動:
【効果:対象範囲の心象情報を音響エネルギーとして変換/受容者との共感同調促進】
空間に響くその旋律は、静かにサリナの心を揺らしはじめる。
◇
サリナの回想が走る。
かつて──幼少期。
ステータス画面に表示される「職業:不明」「称号:定義待ち」に怯えていた自分。
周囲からは「定まらぬ子」「空欄少女」と囁かれ、孤立していた。
それでも“秩序”にしがみついたのは、自分だけが“決められなかった”ことへの贖罪だったのかもしれない。
今、その“定義されなかった少女”が、レンとシオンの姿に重なって見える。
◇
「……風見レン。あなたの行動には理がある。だが秩序は、感情を超えて存在する」
レンは一歩前に出て、はっきりと応える。
「だったら、新しい秩序を作るよ。名前のない子が、名前を得ても“犯罪”じゃない世界を!」
その言葉に、サリナは沈黙する。
【共鳴判定開始:風見レン ⇔ サリナ・クローデル】
【結果:限定同期成立/情報交換開始】
◇
次の瞬間、Null-Lab内に表示される新たな告知。
【提案:Null-Classを
【条件:命名スキルを限定公開とする暫定協定】
「……これは、妥協案?」
ミオが思わず口にする。
サリナが答える。
「“名前を与える者”としての危険性は認識する。ただ、それを一概に排除すべきではない」
彼女はゆっくりとレンに向き直った。
「……私は、あなたを“命名者”としてではなく、“存在と向き合った者”として評価するわ」
◇
そして提案が通過した瞬間、Null-Classのメンバーには新たなバッジが配布された。
【共鳴認証区画アクセス許可証:発行者・秩序局】
【スキル分類:限定存在再構築スキル】
シオンが、そっと笑う。
「わたし……もう、“いらない子”じゃないんだね……」
「違うよ。君は最初から、必要な存在だった。
ただ、名前を呼んでくれる誰かが、いなかっただけなんだ」
レンは、そう言って彼女の肩を抱いた。
──次回、世界の構造を揺るがす「命名者会議」へ突入。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます