第34話「命名の禁忌──君に名前をつける時」

──地下都市クローゼット・タウン


 中心部に佇む白髪の少女は、自らをこう名乗った。


「わたしは、“定義の始祖”。この世界における、設定ミス……」


 レンたちは一瞬、言葉を失った。


 だが彼女のステータス画面には、何ひとつ表示されていなかった。


【名前:___】

【職業:未定義】

【スキル:存在しない】

【称号:――――】


 ただのバグではない。

 彼女は、“最初からこの世界に存在しなかった”ように扱われていた。



 共鳴支援室に戻ったレンたちは、少女を“仮保護”というかたちで迎え入れた。


「……どうする? 名前も定義もない相手に、私たちが何かできるのかな」


 つばきが不安げに訊ねる。


「やれることは一つ。“名前”をあげることだ」


 レンは端末を取り出し、ゆっくりと少女に向き合った。


「きみは、自分をなんと呼ばれたい?」


 少女は小さく、首を振る。


「呼ばれたこと、ない。ずっと、無音の中で、生きてきた……」



 ミオが提案する。


「じゃあ、“仮名”から始めよう。“共鳴の音”から拾って」


 共鳴支援室には、新たなログが記録され始めていた。


【未定義存在と接触:音響パターン解析中……】

【推奨名候補:エリ、ノア、ユウ、シオン……】


 レンはその中から、もっとも響きの強いものを選んだ。


「“シオン”ってどう? その響き、君に合ってる気がする」


 少女は小さく目を見開いた。


 初めて──誰かから“名前”を与えられた瞬間だった。



「……いいの?」


「もちろん。名前は、君が“誰か”になる最初の音だから」


 レンが優しく言った。


 そしてその瞬間、支援室の光が揺れた。


【新規定義:存在名「シオン」登録完了】

【共鳴接続:風見レン ⇔ シオン(初期共鳴レベル:2)】


 画面が輝き、少女のステータスに初めて“名前”が刻まれた。


【名前:シオン】

【職業:定義未定】

【スキル:?】

【称号:命名された存在】


 つばきが涙ぐみながら微笑む。


「名前があるだけで、こんなに……」


「うん。ようこそ、シオン」



 だがその直後、共鳴支援室の天井に設置されたセンサーが、激しい警告音を放った。


【警告:ARシステムにおける“命名制限”を越えた存在が確認されました】

【定義圏外存在「シオン」によるステータス領域への干渉を検知】


「……干渉?」


 ミオが顔色を変える。


「これは……“定義破壊”だ。彼女の存在が、他のステータス構造に影響を与えてる!」


 レンは即座にシオンの前に立ち、叫んだ。


「君は“いていい”。でも、世界はそれをまだ認めてないだけだ!」



 そのとき、シオンの周囲に薄紫の光が広がった。


 それは、誰かに“名づけられた”ことへの喜び。


 そして、自分が“誰かになれた”ことの確信。


 共鳴ログが再更新された。


【共鳴深化:風見レン ⇔ シオン(共鳴レベル:4)】

【特殊称号付与:「命名者」】

【新スキル獲得:「共鳴命名(ネームリンク)」】


「……ネームリンク?」


 それは、“存在を名づけることで力を与える”という新たなスキルだった。


「君は、定義されないことで孤独だった。でもこれからは、誰かと共鳴して──“意味”を育てていける」


 レンはそう言って、シオンの手を取った。



 その瞬間、RPG省本部から一本の連絡が入る。


【緊急通達:風見レンによる“定義を越えた命名行為”について調査開始】

【対象:Null-Class 全構成員、および新規定義体「シオン」】


 つばきが息を呑む。


「……レン、これって」


「うん。“新しい定義”のはじまりだ」


 彼はまっすぐ前を向いて言った。


「なら、俺たちはそれを証明しよう。“定義がなくても、生きていける”ってことを」

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