第34話「命名の禁忌──君に名前をつける時」
──
中心部に佇む白髪の少女は、自らをこう名乗った。
「わたしは、“定義の始祖”。この世界における、設定ミス……」
レンたちは一瞬、言葉を失った。
だが彼女のステータス画面には、何ひとつ表示されていなかった。
【名前:___】
【職業:未定義】
【スキル:存在しない】
【称号:――――】
ただのバグではない。
彼女は、“最初からこの世界に存在しなかった”ように扱われていた。
◇
共鳴支援室に戻ったレンたちは、少女を“仮保護”というかたちで迎え入れた。
「……どうする? 名前も定義もない相手に、私たちが何かできるのかな」
つばきが不安げに訊ねる。
「やれることは一つ。“名前”をあげることだ」
レンは端末を取り出し、ゆっくりと少女に向き合った。
「きみは、自分をなんと呼ばれたい?」
少女は小さく、首を振る。
「呼ばれたこと、ない。ずっと、無音の中で、生きてきた……」
◇
ミオが提案する。
「じゃあ、“仮名”から始めよう。“共鳴の音”から拾って」
共鳴支援室には、新たなログが記録され始めていた。
【未定義存在と接触:音響パターン解析中……】
【推奨名候補:エリ、ノア、ユウ、シオン……】
レンはその中から、もっとも響きの強いものを選んだ。
「“シオン”ってどう? その響き、君に合ってる気がする」
少女は小さく目を見開いた。
初めて──誰かから“名前”を与えられた瞬間だった。
◇
「……いいの?」
「もちろん。名前は、君が“誰か”になる最初の音だから」
レンが優しく言った。
そしてその瞬間、支援室の光が揺れた。
【新規定義:存在名「シオン」登録完了】
【共鳴接続:風見レン ⇔ シオン(初期共鳴レベル:2)】
画面が輝き、少女のステータスに初めて“名前”が刻まれた。
【名前:シオン】
【職業:定義未定】
【スキル:?】
【称号:命名された存在】
つばきが涙ぐみながら微笑む。
「名前があるだけで、こんなに……」
「うん。ようこそ、シオン」
◇
だがその直後、共鳴支援室の天井に設置されたセンサーが、激しい警告音を放った。
【警告:ARシステムにおける“命名制限”を越えた存在が確認されました】
【定義圏外存在「シオン」によるステータス領域への干渉を検知】
「……干渉?」
ミオが顔色を変える。
「これは……“定義破壊”だ。彼女の存在が、他のステータス構造に影響を与えてる!」
レンは即座にシオンの前に立ち、叫んだ。
「君は“いていい”。でも、世界はそれをまだ認めてないだけだ!」
◇
そのとき、シオンの周囲に薄紫の光が広がった。
それは、誰かに“名づけられた”ことへの喜び。
そして、自分が“誰かになれた”ことの確信。
共鳴ログが再更新された。
【共鳴深化:風見レン ⇔ シオン(共鳴レベル:4)】
【特殊称号付与:「命名者」】
【新スキル獲得:「共鳴命名(ネームリンク)」】
「……ネームリンク?」
それは、“存在を名づけることで力を与える”という新たなスキルだった。
「君は、定義されないことで孤独だった。でもこれからは、誰かと共鳴して──“意味”を育てていける」
レンはそう言って、シオンの手を取った。
◇
その瞬間、RPG省本部から一本の連絡が入る。
【緊急通達:風見レンによる“定義を越えた命名行為”について調査開始】
【対象:Null-Class 全構成員、および新規定義体「シオン」】
つばきが息を呑む。
「……レン、これって」
「うん。“新しい定義”のはじまりだ」
彼はまっすぐ前を向いて言った。
「なら、俺たちはそれを証明しよう。“定義がなくても、生きていける”ってことを」
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