第32話「共鳴支援室、新章突入──Null-Classの灯火」

 ──その日、“共鳴支援室”にひとつの変化が訪れた。


 新たな仲間、《一ノ瀬遥(いちのせ はるか)》の加入である。


 かつて“定義ジャック”として他人の存在を奪っていた少年は、レンたちの手によって“仮名”を与えられ、共鳴を知った。


 何者にもなれなかった彼は、ようやく「なにか」に向かい始めていた。



「ここが……俺の、場所?」


「うん。Null-Classっていうのは、“世界に定義されなかった人たち”のためのクラス。つまり、君のことだよ」


 つばきが笑う。


 遥は戸惑いながらも、支援室の片隅に腰を下ろした。


「やれること、あるかな……俺、まだ“誰か”じゃないから」


「……なら、これからだよ。“誰か”になる旅は、きっとここから始まる」


 ミオが優しく言った。


 支援室には、かつてない“家族”のような空気が流れていた。



 その日の夕方。


 レンのステータス端末に、新たな警告アラートが届く。


【警告:ARシステム内で“定義喪失者”が急増しています】

【件数:24時間以内に129人】

【位置:関東圏北部、未認証区域より発信】


「……これは」


 “定義ジャック”の能力は遥にしか使えないはずだ。


 だとすれば──


「“同じ能力”が、他にも?」



 支援室に戻ったレンは、すぐに分析モードに切り替えた。


 ステータスデータのログを解析し、位置情報を割り出す。


 浮かび上がったのは、“関東圏北部の地下迷路都市”──《クローゼット・タウン》。


「地下にある未登録都市。昔、デジタルホームレスや職業拒否者が集まって住んでた場所だよ」


 遥が呟く。


 つばきが小さく震える。


「定義から逃げた人たちの街……」


「いや、“定義を持たない者が集められた”可能性もある」


 レンが画面を指差す。


【未認可ステータス波形:無限再定義ループ/存在ID破損状態】

【共鳴不能】


 そこには、“定義不能”という新たな問題が潜んでいた。



「……行こう。そこに何があるのか、見に行こう」


 レンの言葉に、全員が頷いた。


 つばきは、モーニングスターのチェーンを巻き直す。


「もしそこに、“まだ名づけられていない人たち”がいるなら──私たちの出番だよね」


 ミオが端末にプログラムを走らせる。


「新しいNull-Classの応答準備完了。いつでもアクセス可能です」


「遥、君も来るか?」


 一瞬迷って、遥は小さく頷いた。


「……俺、もう一度、自分で“名前”を名乗ってみたいから」



 地下都市クローゼット・タウン


 そこにあったのは、定義を失ったまま立ち尽くす“喪失者”たちだった。


 彼らはステータス画面を持たず、ただ“自分が誰だったか”を忘れていた。


 その中心に──一人の少女がいた。


 白髪、無表情。何も発さず、ただ見つめてくる。


「……きみは?」


 レンが声をかけると、少女は小さく口を開いた。


「わたしは、“定義の始祖”。……この世界の、設定ミス」


 ──次章予告:《定義の外側へ》始動。

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