第22話「記憶されづける街で」


 朝焼けに包まれた街並み──そこは、再定義された新世界FLASの一角だった。


 風見レンは、いつものように通学路を歩いていた。


 制服のポケットには、使われなくなった“コードカード”の欠片がある。もう世界には、職業もスキルも、数値で測る力も存在しない。


 だが、レンは“何か”を感じ取っていた。


「──ここ、前と同じはずなのに……なんか、変な感じするな」


 レンの足が止まったのは、市営シティ・センターの前。そこはかつて“戦闘訓練ダンジョン”だった跡地であり、今では地域の集会や展示が開かれる“記憶共有空間”になっていた。


 扉を開けると、ざわめきが耳に届く。


「何……これ……」


 内部の空間には、空中に浮かぶ《記憶の欠片》が不規則に渦巻いていた。


「誰か……いるの?」


 光の中から現れたのは、全身白衣姿の少年だった。


「ようこそ、記憶編集士ミナト・クロノの保管室へ」


 その目は、レンの“奥”を覗くように静かだった。


「君、覚えてる? この空間、本当は“消えてなきゃいけない”場所なんだよ」


「……どういう意味だ?」


「FLASでは、“必要ない記憶”は自動的に削除されるはずだった。だけど、ここには“消えづらい記憶”が残っている」


 ミナトは指を鳴らす。


 すると、レンの目の前に現れたのは──旧AR3時代の“市営ダンジョンの最深層映像”。


 血まみれのつばき。泣き叫ぶレン。燃えるコードの神。


「これは……!」


「君の記憶じゃない。“この場所が持ってた記憶”だよ」


「記憶が……場所に?」


 ミナトは頷く。


「人も街も、定義され続けてきた。だから、定義されたぶんだけ“忘れられづける”んだ。……でも、忘れきれなかったら?」


 空間がぐらりと揺れた。


【警告:コードの残滓が暴走しています】


 警報が鳴り響き、レンの足元に“コードフレア”が発生する。


「っ……くそ!」


 反射的に飛び退く。すると、コードの残骸から現れたのは──黒いスーツを着た人型。


「これは……職業“監査官”?!」


 旧世界の管理官モデルが、暴走した記憶から形成された幻影だった。


 レンは拳を握りしめる。スキルも、職業もないはずの自分の中から──かすかに、“再定義前”の力が滲み出た。


 その手に、光のような“再定義式コード”が浮かび上がる。


「これは……俺の“選んだ記憶”……?」


 コード幻影が突っ込んでくる。


 だが、レンは恐れず、それを受け止める。


「俺はもう、定義されない。されづけない。──俺は、俺の意思で選びなおす!」


 その瞬間、幻影が弾けて消える。


 空間が沈黙し、ミナトが小さく拍手した。


「やっぱり君は、“選ばれた再定義者”だね。……でも、まだ甘い」


「なに?」


「次に現れるのは、もっと強い“忘れられなかったもの”さ。たとえば……」


 ミナトの背後で、もうひとつのコード影がゆっくりと姿を現す。


「──“兵装No.4”。つまり、君が“守ったはずの少女”だよ」


 現れたのは、記憶の中の姫崎つばき。


 しかしその目は、レンを“敵”として見ていた。


「わたしは……あなたに“定義された”……?」


 その声が、レンの心を刺した。


 これは過去の亡霊か、それとも──再定義しきれなかった“もうひとりのつばき”なのか。


 レンの新たな試練が、幕を開けようとしていた。

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