第5話「逃亡者レベル1、ダンジョンでバグる」

朝日が倉庫の窓から差し込むころ、俺たちはそこを離れた。


 クロノが再び現れるのは時間の問題だったし、つばきの状態を考えても、次の安全地帯を早く確保しなければならなかった。


「……ダンジョン?」


「ああ、あの“訓練区域”なら、逆に監視も薄いって聞いたことがある。プレイヤー登録が前提だから、まさか“無職”がいるとは思わないだろ」


 俺たちが目指したのは、市街地の外縁部に存在する旧市営ダンジョン“黒砂の迷宮”。


 今ではプレイヤーの訓練施設として整備されているが、政府の目も少しは緩い。スキルチェックゲートさえ通れれば、短期避難にはもってこいの場所だ。


 だが──


「無職スキャン、対象外です」


 ゲート前で、センサーが機械的に弾いた。


「チッ……だよな」


 思わず悪態をつく。


 つばきはフードを深く被って俺の後ろに立っている。彼女もまた、公式ステータスがイレギュラー扱いされるため、正面突破はできない。


 と、そこに。


「困ってる?」


 すっと差し出されたのは、1枚の簡易ステータスカードと、透明な登録証。


 振り返ると、そこには灰色のフードを被った若い女性が立っていた。目元しか見えないが、その瞳には不思議な光が宿っている。


「誰……?」


「“案内人”よ。名前はルカ。あんたたち、逃げてるでしょ?」


 淡々と、核心を突いてくる。


「どうして……」


「この街に長くいれば、追われる目はわかるわ。少なくとも“今のあんたたち”は、政府側の動きとは違う空気を纏ってる」


 ルカはそう言うと、俺たちをゲートの脇へ誘導した。何やら古い裏ルートのような隠し通路に案内される。


「このIDなら、一時的に“テストプレイヤー”として入場できる。期間は48時間。それ以上は保証できない」


「……助かる。なんでそんなことしてくれるんだ?」


「私も昔、似たような立場だったのよ。名前を奪われて、逃げて、でも、誰かに助けられて……」


 その言葉に、つばきがぴくりと反応した。


 ダンジョンの内部は静かだった。迷宮というよりは、人工的に整備された地下訓練施設という印象だ。モンスターも“AR演算体”で、命の危険は少ない。


「ここなら、しばらくは動きやすいはず」


 だが──そのとき、レンのステータスカードが急激に発熱した。


【バグスキル検出:フィールド干渉】

【迷宮認証中……例外IDを確認しました】

【迷宮AIによる新規認定:特異職コードX 所属】


 周囲の光景が歪んだ。


「な、なんだ……!?」


 壁が揺れ、通路が変形する。まるでレンの存在に反応して、迷宮そのものが“再構築”されていくように──


 視界が白に包まれ、3人の身体が別の空間に投げ出された。


 そこは、迷宮の深層区。通常ルートでは到達できない“隔離領域”だった。


「ここ……なに?」


 ルカが言う。「これは“認定者用エリア”。本来、超高位スキル持ちだけがアクセスできる場所」


「おいおい、俺“無職”だぞ……?」


「それ、本気で言ってる?」


 ルカが、レンのステータスを見て目を細めた。


「コードXって、たぶん……この世界の“根幹”に触れてる。あんたがそれを持ってるってことは……」


 その言葉に、レンとつばきは息を呑む。


 彼は、ただのバグじゃない。

 この世界そのものを“再起動”できる存在かもしれない──


 そして、その存在を巡る争いが、いま本格的に始まろうとしていた。

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