第16話 朧雲
「みっちはこないだの人どうなった?」
「こないだ?なにこないだって。急に話変えないでよ。今は信也の話をしてるでしょう」
「電車で会った人。デートした?」
「まだだけど。二人で会うの渋ってたらみんなで海行くことになった」
「ふ~ん」
「んでアンタはどうなのよ!」
「海止めた方がいいよ。あんなチャラそうな奴と一緒に海なんてさ危なすぎ」
「別に二人じゃないし他にも友達いるから。それにチャラそうに見えて結構頼りになるところもあるんだよ」
「いきなり名前で呼んじゃうのにチャラくない?相手の好きな物をまだ知らないのに自分の好きな物押し付けてくる奴がみっちの頼れる人?」
「あのね~そういう理屈っぽい言い方やめて」
「だって明らかに下心見え見えだったよ」
「はいはい。ごめん。話を振った私が悪かった。この話止めよう」
美鈴はうどんをすすった。最初は美味しそうに感じたうどんは外気に触れて乾き始めている。それをほぐしながらつゆに浸した。前に座る信也は食べかけのカツ丼をそのままに美鈴を見ている。
「そんなに海行きたいなら僕が連れてってあげるよ」
「なにその冗談。二人で行っても絶対盛り上がらないでしょ。家族誘って行く?・・・あっそうだ、昔行ったよね。熱海の方にさ。楽しかったなぁ~」
「・・・」
「もういい」
信也はカツ丼にかぶりついた。
一緒にいた時間が長かったせいなのかお互いの機嫌の浮き沈みがよくわかる。喜ぶことも不快にさせることも他の人よりはわかる。それでもたまにこうして噛み合わないことが生じる。信也は気分屋のところがあると美鈴はそれ以上なにも言わずにうどんをすすった。
お昼を済ませ二人は学部ごとに分かれて説明を聞きに行った。質問にも丁寧に答えてもらい、これからの夏休みはどうやって過ごせばいいのかもアドバイスを貰えた。学部の案内や授業内容の説明が終わる頃には夕方になっていた。
美鈴はキャンパスを出て振り返った。来年の春はここに通いたいと来たときよりも強く思えていた。
来た道と同じように駅に向かったが信也の姿はなかった。もしかしたら先に終わって帰ったのかもしれない。スマホを確認するがなにも連絡は入っていなかった。
改札を抜けるとホームの椅子に座っている信也の姿を見つけた。
「終わった?」
「うん。あれもしかして待っててくれてたの?先帰って良かったのに」
「うん。迷ったけど・・・。はいこれ」
「ありがとう」
信也は自動販売機で買ったリンゴジュースを渡した。子供の頃に信也の家で飲んだ果肉入りリンゴジュースが美鈴は好きだった。長野の祖母の家から毎年送ってきてくれるらしく、いつの頃からか届くと美鈴の家に必ず持って来てくれるようになった。
いろはが夏休みの合宿で山梨に行くと言うのでお土産にリンゴのぐみを頼んだ。結局いろはは告白を断ったようだったけどその理由は曖昧なものだった。いろはに言ったことは自分自身にも言えることだと後で思った。
相手を理解しようとすればするほど見えなくなる。明確な言葉で表せれない不透明な感情。美鈴はペットボトルのキャップを開けて一口飲むと甘さが口の中に広がった。
「さっきはごめんね。せっかく信也が心配してくれたのに言い方悪かったよね」
「僕も・・・少しイラっとしたから言い方きつくなった。ごめん」
暑さを持った風が重く吹いてくる。美鈴は信也の隣に座った。
「僕さ明光江大受けるよ」
「じゃぁお互いが合格すればまた同じ学校に通うことになるね」
「・・・みっちも受ける?」
「うん。多分推薦で行けると思う」
「僕は一般だな。なおさら頑張らないと」
「アンタ英語は大丈夫?なの今日も話しあったけど狙ってる学部の倍率結構高いでしょう?」
「だから頑張るよ」
「そうだね。信也と学校通うの楽しみにしてる」
いろはや世那と一緒に話すのは楽しい。他のクラスメイトとワイワイ盛り上がるのも好き。でもきっと素の自分を見せられるのは信也かもしれないと美鈴はふと思った。それは幼い頃からずっとそばにいたからだろうか。美鈴が隣にいる信也を見るとちょうど信也も顔を上げていた。
「だからもし・・・僕が合格したら付き合って」
「ん?別にいいけど。なにに?どっか行きたいところでもあるの?」
信也は美鈴の反応に顔をしかめた。
「違う。そういう意味じゃないって」
「なにそれ。じゃどういう意味」
「好きって意味だよ」
それはなんの冗談かとはぐらかそうとした。けれどその言葉に美鈴の胸が高鳴っていく。
「みっちはどうせ僕のことそういう風に見てないだろうから・・・だから大学に入ったら返事聞かせて」
「・・・ちょっ、ちょっと待ってよ。ウソでしょう!?」
「ウソって思ってるならそれでいいよ。別に・・・。また言うから」
「待ってよ無理!私、絶対に無理!!そっそれに信也だってそういう素振り一回も見せたことなかったじゃない!なによ急に!しかもこんなところでムードもなんにもない」
「ムードなんて作れるわけいよ。と言うかそういうの嫌がるのみっちのくせに」
「なにっ?って本気!?」
「本気じゃなきゃ言わないよ・・・」
気まずいのは無意識に鼓動が早くなっているからだろうか。赤らめる信也の顔のせいだろうか。信也は顔を背けるとずっと向こう側の線路を見つめた。
「それに僕は・・・あんなに泣いてるみっちをもう見たくない」
電車が来るとアナウンスが流れている。立ち上がる信也の顔を盗み見るとその頬は少し赤く見える。もしかしたら自分も同じかもしれない。電車を待つその背中は昔よりも伸びていて自分を追い越していた。
初めて彼氏ができたと言ったとき信也はどういう顔をしていただろうか。あのときは付き合えることに浮かれていて信也のことなど覚えてない。
「なんで私?他に良い子いっぱいいるでしょう」
「うん。いるよ」
「ちょっと。そこは否定してよ」
「でもさ、みっちといるときが楽しくて一番落ち着くから」
その言葉に美鈴の中であの日のできごとがようやく腑に落ちた気がした。
あのときの琢磨が会話で発言したあの言葉はもしかしたらその場のノリだったのかもしれない。一人で考え込まずに素直に打ち明けていれば二人で解決策が見いだせたのかもしれない。あの頃はただ肯定されるのが恐かった。察して欲しいなんて都合がいいのだろうか。でも信也であれば察しようとしてくれるかもしれない。全てがわからなくても一緒に悩んでくれるかもしれない。
「あぁ・・・そっか。案外そうかもね」
「そっそれから。やっぱり海は止めて」
それが長く一緒にいたからなのか愛着的なものなのか、好きと言う感情からくるものなのか美鈴にはまだわからない。ただわかるのは、胸の鼓動の照れくさいことと有岡よりも信也といる方が自分も楽しくて気が休まるということだった。
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