入学早々、一匹狼系美少女ヤンキーに目をつけられて迷惑してるんだが(スケベな俺にも罪はある)

耳裏ギョーザ

第1章 放浪の旅

第1話 コミュ障ぼっちの根倉一と美少女ヤンキーの不知火小雪

ブンッ、ブンッと、俺の顔をかすめる拳と、耳に轟く風切り音。


入学して間もない教室で、俺は一匹の猛獣と対峙していた。

その猛獣は、透き通るような白い肌と神が作り上げた精巧な顔を紅潮させ、恵まれた体をこれでもかと躍動させている。

俺の息の根を止めるために。


吹き荒れる拳の嵐と、揺れる爆乳。

拳の全てをひょいっとかわし、たわわに実った果実のカップ数を推定しながら、俺は兄貴の言葉を思い出していた。


『はじめ。生きるのって大変だよな。辛くて苦しいことばかりだ』

『でもな。俺はあの人に出会って人生が変わったんだ』

『別にひとりぼっちでもいいさ。あんな目にあったんだ。他人が怖くなっても仕方ない』

『だけど俺は、勝手に願っておくよ』

『はじめが、かけがえのない誰かと出会う日が来ることを』


兄貴よ。

俺にも本当にそんな日が来るのだろうか。

……少なくとも。

入学早々、一匹狼系美少女ヤンキーに目を付けられちまった今の俺に、そんな日が来るとは到底思えないんだが。


ーーーーー


出る杭は打たれる。


才能のある人間は周りから憎まれ、出過ぎたマネをする人間は非難され、排斥される。


これは周知の事実であり、ことわざにもなっているくらいだから、いつの時代も同じなのだろう。


平穏な生活を送るためには、静かに、黙って、じっとしている、SDGsの精神を忘れないことが極めて重要なのだ。


……我ながらクソみたいな標語を作ってしまった。Gsのとことか微妙だし。



俺、根倉一ねくらはじめは、葉桜に変わりつつある木々を横目に通学路を歩きながら、心のふんどしを今一度締め直した。


高校に入学してはや1週間。

諸々の入学チュートリアルが終わり、これから本格的な高校生活がスタートする。


ところで、高校生活といえば何を思い浮かべるだろうか。

勉強?部活?恋愛?


まあ、何でもいい。


一つ確かなことは、薔薇色な高校生活を過ごしたい、そのためならこれまでの人生を忘れて高校デビューしても構わない、と考えてる奴が大半だってことだ。


ちなみに俺もその一人である。

俺は高校デビューをしたのだ。

だがその目的は薔薇色な高校生活を送るためではない。


俺が目指すのは無色透明。背景のように目立たず平穏な毎日を送るためである。


”出る杭”として他人から打たれるのは、もう御免だから。



ここまでは当初の予定通り地味なモブAとしての振る舞いができている、、、と思う。

しかし、まだクラスメートと一度も会話できていないのは想定外。


次なるステップは、自分と同じようなモブ生徒に話しかけ友達になることである。

無論、クラスで孤立して目立つことを避けるためにだ。



……まあ、この「友達になる」っていうのがハードル高いんだけどな。

そもそも友達認定していいラインがわからん。

会話の有無?

連れションの回数?

チ○コ見たことあるかどうか?


…その場合、銭湯行ったらいっきに友達増えちゃうな。

しかも男女の友情は成立し得ないことになる。


こんなことをグズグズ考える俺は、どこに出しても恥ずかしくないコミュ障ぼっちである。


だが、そんな俺にだって友達くらい作れるはず。

誰とも会話できてないのもたまたまだ。

そう、きっかけを待っているだけなんだ。。。



こうして毎朝の思考ルーティンをこなしているうちに教室に到着。自分の席に着く。

朝のHR5分前で、すでにクラスメートの大半が揃っていた。


ここ、私立神山学院大学附属高等学校は、東京都内でも有数の進学校である。


いわゆるエスカレーター式の学校で、クラスの6割くらいは中学から上がってきた内部生が占めている。


内部生の中には政治家の息子や有名企業の御曹司やらもいて、学校生活の中でコネ作りに勤しむ奴も多いらしい。



つまり、中学時代の人間関係が引き継がれているということである。


俺は高校から入学した外部生なので、すでに出来上がっているコミュニティの中に飛び込んでいかなければならないのだ。


コミュ障ぼっちの、この俺が。


小4から友達ゼロの俺にとってはなかなかに高いハードルだ。

……あー、やっぱ自分から話しかけるの無理かも。誰か話しかけてくれねえかな。。。



「グッモーニン。お前ら席につけー」



掛け声と真逆の気怠い雰囲気を纏ったバッドな担任、曙小夜あけぼのさよがやってきた。


学校生活が始まって1週間が経つが、この担任から快活さや活力を感じたことがない。

あれだ、酒を飲みすぎた次の日にシジミ汁を飲んで立て直そうとしてるウチの兄貴と似ている。

それが曙小夜のデフォである。


年齢は20代中盤くらいに見え、ロシア系のハーフっぽい顔立ちで美人。なのにもったいない。


「あーい、1週間たってお前らの顔と名前が一致するようになったので、そろそろ席替えをしようと思いまーす」


……入学後1週間で席替えって早くないか?

だがありがたい。

これはクラスメートに話しかけるまたとないチャンスだ。



俺は頭の中で友達候補リストを広げた。

ここにはこの1週間の観察の成果として、俺が平穏な学園生活を送るための隠れ蓑になってくれそうなモブっぽい奴をリストアップしてある。


この中で特に距離を詰めておきたいのは、佐藤、鈴木、田中のSSTトリオ。


阪神のJFKにあやかってそう呼んでいるが、この3人の誰かと距離を詰められれば俺の高校生活はほぼ勝確と言っていい。


SSTトリオを評価しているポイントとして、髪を染めていないことや見た目がパッとしないことなどがあげられるが、その中でも苗字がありふれている点を最も評価している。


名前がキラキラしていないというのは、それだけで俺の中では期待値が上がるのだ。


逆に、お近づきになりたくない人物としてブラックリスト行きにした要注意人物もいる。

その筆頭が……。



がらららら!



教室後方の引き戸が勢いよく開かれた。


「おい不知火、何やってんだー5分遅刻だぞー。早く席につけー」

「……」


その筆頭がコイツ、不知火小雪しらぬいこゆきである。

なぜコイツが要注意人物足りうるのか。その理由は大きく三つある。


一つ。名前のギラつき具合。

苗字がもう発光しちゃって目立つことこの上ない。


二つ。ルックス。

不知火はキラッキラな名前に全く負けないルックスを持っている。

透き通るような白い肌、長い金髪、グラビアとモデルのいいとこ取りみたいなスタイル、この世の不平等を感じずにはいられないほど均整の取れた美しい顔立ち。。。

もう、神様こいつの造形に本気出しすぎって感じ。

こんな歩く宝石みたいな奴と仲良くしてみろ。

俺は”出る杭”として地面にめり込むほど打ち込まれ、二度と地上に出れなくなるだろう。


三つ。不良。

シンプルにして最大の理由がこれだ。

何が不満なのか知らないが、コイツは常に眉間にシワを寄せ大きな瞳から鋭い眼光を放つことで、その美しい顔面を自ら歪めている。

服装もだ。

足元はルーズソックス、上はブレザーの代わりにいかにも不良が羽織るようなジャージを見に纏い、一般的な高校生からは逸脱した装いに自らを歪めている。

そして、この1週間欠かさず遅刻し授業中は必ず居眠りをこくという授業態度。

進学校である神高において、不知火小雪は純然たる不良なのだ。



「不知火ィ、お前、何度言ったらそのジャージ脱ぐんだ?次同じこと言わせるようなら力づくで剥ぎ取んぞ?」


「…チッ」


不知火は舌打ちをしながらジャージを脱ぎ席に着くと、すぐに突っ伏して寝てしまった。

ジャージを毛布のように背にかけて。

…なんという反抗心なんだ。一応脱ぎはしたけど。


不知火は内部生らしいが、他の内部生からも恐れられ、クラスでも浮いた存在となっている。


つまりコイツもぼっち。

……とはいっても、俺とは似ても似つかない一匹狼タイプだが。


番犬ガ○○オよろしく、不知火は触れるもの全てに噛みつくに違いない。

コイツのそばだけは何としても回避しなければ。

それに、ぼっちは他のぼっちとは交わらないという習性がある。

ソースは俺。同族嫌悪ってやつなのかね。



「それじゃあお前ら、教卓までくじ引きに来い。ちなみに順番は先着順な」


席替えはどうやらくじ引きで行われるらしい。

曙先生の言葉を契機にクラスメートが一斉に立ち上がった。

俺も皆に倣うように立ち上がり列に並ぶ。


……神様お願いします。どうか。

どうか窓際最後列で、周りはリア充陽キャ不知火以外の人間で固めて、できれば隣はSSTトリオの誰かにしてください。


俺は慣れない仕草で十字を切った。



ーーーーー



「うし、今日からこの席で過ごしてもらいまーす。また私の気が向いたら席替えするから、そのつもりでシクヨロ!」


ちょっと担任のテンションがおかしいが、そんなことは置いといて。


俺の席は教卓から見て最後列の廊下側から2番目という、かなり良い位置どりとなった。

左隣にはSSTトリオの1人、鈴木もいる。

窓際最後列とはいかなかったが、考えうる中でもかなり良い牌を引けたと言って良いだろう。


……右隣の不知火さえいなければ。


初対面の奴からいきなり頼み事されてホイホイ叶えてくれるほど、神様はお人好しではないらしい。


一方で、不知火に対しては神が過保護すぎるきらいがある。

不知火はくじ引きの最中もずっと机で寝てたので、余った最後のくじが自動的に割り当てられた。

その結果、不知火は席替え前と全く変わらない廊下側の最後列の席になったのである。

くじを引いてもコイツだけ配置が変わっていないなんて、誰にも眠りを邪魔させまいと神が必死に操作したとしか思えない。


つまりコイツの寝顔には、神が見惚れてしまうほどの魅力があるということ。



……神への腹いせに、俺も寝顔を覗き見てやりたくなった。


ただ、思いっきりガン見してしまっては不知火が目を覚ました時にバレてしまう。

それは怖いので、眼球周辺の筋力を総動員し目線だけを不知火のほうへ全集中する。


すると、タイミングよく不知火が寝返りをうち、寝顔が俺の方へ向いた。


スースー、と小さな寝息を立て気持ちよさそうに寝ている。

その顔からは険がとれ、元の美しさのみが際立っている。

また無防備ゆえか、そこに幼さというスパイスが加わることで、魅力をさらに引き立たせていた。


……なるほどね、こりゃ神が見惚れるのもわかるわ。

人の寝顔を覗き見して分析している俺、普通にキモいな。

だがリスクに見合ったリターンってことで、これくらいは許してくれるとありがたい。


不知火の寝顔を特等席で堪能していると、唐突にパチッと不知火の瞼が開いた。


視線の先には俺。


不知火の瞳はこちらを訝しんでいるように見える。


……何をそんな、不審者を見るような目でこっち見てんだ?


なんか怪しいことしたっけ、俺。


ん?


我に返って気づけば、俺は目線だけではなく頬杖付きながら不知火のことをガン見していた。


「何見てんだよ」


やばい、いつもの眼光に戻っている。早く何か言わないと。


「い、いやー、つい……」


だめだ、蛇ににらまれた蛙状態でうまく言葉が出ない。


「つい、なんだよ?」


……今までの人生で、人の放つ迫力にここまで圧倒されたことがあっただろうか。


とにかく、何か言い訳を、一言いわないと!


「つい、寝顔に見惚れただけだ」


……一瞬の静寂。

あれ、俺今なんつった?


「ッ、この、クソのぞき野郎!」


雪のように白い肌が真っ赤に染まると同時に、不知火は腕を一閃した。

自身の発言に動揺していた俺は、鋭く振りぬかれた右ストレートに全く反応することができなかった。


途切れかける意識の中で、俺は思った。


……神様よう、コイツの寝顔を独り占めできなくなったからって、この仕打ちはねえだろう。


これが俺と不知火の邂逅の瞬間であり、俺にとっての長い一日の始まりだった。

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