選択

OROCHI@PLEC

選択 男

 ピー

 その音に驚いてハッと目を開ける。

 何故か目の前には見知らぬ景色が広がっていた。

 周りを観察する。


 どうやら僕はとある白い部屋にいるようだ。

 目の前には一人の男性がいて、その男性の前には二つのボタンがあった。

 それ以外には何もない部屋だった。


 僕はその男性に話しかけようとする。

 だが何故か声が出なかった。

 金魚の様に口をパクパクさせる。

 男はそれに気がつくとこちらに目を向ける。


「おや、目覚めたか。おっと何も怪しいものではない。私はただの男だ」


「突然だが君には一つ質問に答えてもらう。それに答えてくれたら直ぐにでも君を解放しよう」


「話せないのにどうやってだって?簡単な話だ。ここに二つのボタンがある。これから二つ選択肢が出るからそれに応じてどちらかのボタンを押してくれれば終わりだ。質問はあるか?」


 僕が聞きそうなことを先回りするかの様に一気に捲し立てられる。

 まとめると、この男の言う通りであれば一つ質問に答えたらここから解放されるらしい。


 質問は?と聞かれたが話せもしないのにどうやって質問しろと。

 質問できないので男の言葉にただ頷く。

 早く終わらせよう。


「じゃあ始めるぞ。

 これから二つの選択肢が出される。必ずどちらかを選んでくれ」


 男がそう言うと何処かから機械音声の無機質な声が聞こえてきた。


「質問。どちらの選択肢が良いですか?どちらかのボタンを押して下さい」


「赤いボタンを押した時 貴方はこの先ずっと50%の確率で300のダメージを喰らい、50%の確率で100回復する」


「青いボタンを押した時 貴方はこの先ずっと50のダメージを喰らい続ける」


「なお、ダメージを受けるということはその分の苦痛を味わうという意味です。1分後にこの文章を繰り返します」


 男は黙って僕を見ている。

 ……一旦期待値を計算してみよう。


 赤いボタンを押した時。

 0.5*300+0.5*(-100)=100


 青いボタンを押した時。

 1*50=50


 確率的には青いボタンの方が良い。

 赤いボタンは確率的にはずっと100のダメージを喰らうのと同じであり、青のボタンは50のダメージを喰らい続けるということなのでそっちの方がずっと楽だ。


 それに……回復の可能性があるということは、ダメージを喰らうたびに、この次は回復するかもしれないというを持ってしまう。

 そして、その希望が叶わなかった時、人は無意識のうちに落胆してしまう。

 願い、絶望する。

 これが永遠に繰り返されてしまうのだ。


 希望を持ち、そして絶望する。

 それだったら最初から絶望にいた方が幸せなのでは?

 僕はそう思ってしまう。

 目の前の青いボタンに手を伸ばす。


 青、あの子の好きな色と同じだ。

 遠くから見てるだけで、何もできなかった僕の片思いの恋。

 その恋煩いの相手が、青色が好きなその子だった。

 一度だけあの子と話したことがある。

 何の話だったかは忘れてしまった。

 だけど、この言葉だけが耳に残っている。


「分かりきった人生はつまらない。希望のない人生もつまらない。だって夢が見れないじゃん。自分が幸せになる夢を。生きたいと思える様な夢を」


 青のボタンの上に載せた手を引っ込め、今度は赤のボタンの上に手を置く。

 希望のない人生。

 それはそれで良いとは思うけど、あの子の言う通りつまらないと感じる。

 分かりきったものほど面白くないものは無い。


 それに……希望のない人生だったら君に二度と会えないだろうし。

 ……これを選んだからといって自分に影響があるわけでもないだろうに、何故僕はこんなに真剣に選んでいるのだろう。

 人生と結びつけるなんて大袈裟すぎる。

 でも、何故か人生とこの選択を繋げてしまった。


 まあいいか、どっちにしろこれが僕の答え。

 僕は真っ赤に輝く赤いボタンを強く押し込む。

 途端に視点が暗転し、瞬く間に暗闇へと堕ちる。

 驚きと同時に身体のだるさを感じる。

 何だか眠くなってきたな。

 目を瞑り、眠気に身を任せる。

 遠くから何か音が聞こえる。

 ピーーーー……

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


 白い部屋には男が一人残っていた。

 男は呟く。


「あいつは生きる道を選んだか……」


 あの二つのボタンは、死の瀬戸際の人間に、生か死かを選ばせるボタンであった。


「確かに生きるという道には希望と幸福という名の癒しがある。だが同時に、その幸福を打ち消す、絶望と不幸という名のナイフがあるというのにな」


「更に言うと、人生において、不幸の方が幸福よりも多い。確かに、幸福と不幸は同じ数だけあるかもしれない。だが、人は幸福を噛み締めず、不幸という傷ばかり気にする。結果、不幸の方が多いと考えてしまうわけだ。不幸の方が多い人生なんて楽しいのか?そして、それによって苦しんで自ら命を絶つ人もいる。私だったら、そうなるくらいなら最初から希望や幸福なんて要らないと思うよ。希望や幸福があるからこそ、それを願ってしまうのだから。幸福しかない人生であったとしても、人は希望や幸福を限りなく求め、それらに満足することはないのだから」


「なのに彼ら彼女らは、時に希望のある道を選ぶ。夢を見たいと言って。非常に非合理的で意味不明だ」


 だが、男は続けて言う。


「だからこそ、人は面白い。困難があるのを分かっていても、時に希望を追いかけて非合理的な選択肢を選び、それを望むのにも関わらず、時に夢を捨て、合理的な選択肢を選ぶ。見てて飽きないよ」


 そう言って男は微笑む。


「さあ、次はどんな人が来るかな」


 そう言っては椅子に腰を下ろす。

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