第6話 癒やしの力:王子の安らぎと国王の関心

小春がシオンのために調合した香油は、彼の心身に驚くほどの癒やしをもたらした。長年、重圧と孤独に苛まれてきたシオンにとって、それはまさに渇いた大地に降る恵みの雨のようなものだった。


小春が作ってくれた香油を使って数日。シオンは、自身の中に明確な変化を感じていた。まず顕著だったのは、深い眠りにつけるようになったことだ。これまで、僅かな物音にも反応し、常に浅い眠りしか得られなかった彼の夜は、深い安らぎに包まれるようになった。目覚めもすっきりとして、日中の集中力も増した。

そして、何よりも大きかったのは、心の奥底に巣食っていた重苦しい「寂しさ」と「諦め」の香りが、確かに薄らいでいくことだった。代わりに、微かながらも温かい「希望」と「穏やかさ」の香りが、彼の心を満たし始めていた。眉間に刻まれていた深い皺も、少しだけ和らいだように見える。

ある日の午後、執務室で書類に目を通していたシオンは、ふと手を止めた。今まで、重く感じていた職務が、ほんの少しだけ軽く感じられる。小春の香油を、手首に数滴つけてみる。すると、光の草と夜明けの花の香りがふわりと立ち上り、彼の心を包み込んだ。

「……信じられんな」

シオンは静かに呟いた。科学や魔法とは異なる、感覚的な癒やし。しかし、その効果は疑いようがなかった。彼の中にあった、小春への「不審」の香りは完全に消え去り、代わりに深い「興味」と「感謝」の香りが立ち上っていた。

そこへ、彼の護衛隊長であるガイウスが入室してきた。ガイウスは、無骨で真面目な男だ。

「殿下、本日の執務報告に参りました」

ガイウスは、いつものように淡々とした口調で報告を始めた。しかし、彼はすぐにシオンの変化に気づいた。

「殿下……何か、お変わりになられましたか? 顔色が、以前よりお良いように見えますが」

ガイウスの言葉に、シオンは微かに口元を緩めた。

「そうか? 気のせいだろう」

そう言いながらも、シオンの体からは「喜び」と「穏やかさ」の香りが漂っているのを、小春なら即座に察知できただろう。

「いえ、以前よりも、殿下から纏われる空気が、柔らかくなったように感じます。何か、良いことでも?」

ガイウスは、主君の変化に純粋な疑問を抱いた。シオンは一瞬、迷ったが、ガイウスには隠し通せないと感じた。彼は信頼できる部下だ。

「……ああ。最近、ある娘が私のために調合してくれた香油を使っている。そのおかげか、どうにも心身が安らぐのだ」

シオンは、珍しく正直に話した。ガイウスは、驚きに目を見開いた。普段、そのような感覚的なものに頼らないシオンが、そこまで言うとは。

「香油……でございますか。殿下の御心が休まるのであれば、何よりにございます」

ガイウスは、主君の安寧を心から願っているため、素直に喜んだ。しかし、彼の心には、まだ僅かな「疑問」の香りが残っていた。果たして、そこまで効果のある香油とは、一体どのようなものなのだろう、と。

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