三十七話 呪いの核
三智鷹が例の妖から受けた呪いを千依が打ち返すことを織人へと告げれば、彼は涙が出そうな程に感謝してきた。
織人も本音では、三智鷹の「遺言」なんて聞きたくはなかったのだろう。
ただ、上級の妖の呪いを返すことは至難の業であるため、千依だけに全てを任せず、補助をすると協力を申し出てくれた。
しかし、協力してくれたのは織人だけではなかった。
三智鷹が「今回」の妖祓いで呪いを受けたため、それを打ち返す儀式を行うと一門の者に説明すれば、「自分も手助けを」とほとんどの者が協力を願い出てくれたのだ。
普段から、どれほど三智鷹が頼りにされ、慕われているのかが分かる。
たとえ、彼が当主の座を千依に渡したとしても、こうはいかないだろう。
「……」
もう日は跨いでいるが、それでも千依の目は冴えている。
むしろ、今が最高潮と言える状態だ。
現在、三智鷹の部屋を囲うように編まれている陣は、拝上一門の者達によって作られた「退魔の陣」だ。
一門の者がよく使う、妖を祓うためのものである。
そして、三智鷹の部屋から見える庭には梓弓を持っている者が、弦を鳴らしている。
鳴弦は魔と邪と祓うため、張り詰めた音が何度も拝上家の屋敷に響いていた。
「……ふぅ──……」
千依は深く息を吐く。
身に纏っているのは、妖祓いを行う時のいつもの白衣と緋袴だ。
髪は邪魔にならないように一つに結っている。
また、呪い返しを行うために千依は塩と清められた水を混ぜた水風呂で、身を清めてきた。
これで、出来る準備は終わった。
「──失礼します」
三智鷹の部屋へと入れば、白い装束に着替えた彼がそこにはいた。
有明行灯が、いつもとは違う精悍な顔つきをしている三智鷹を淡く照らしている。
彼も覚悟を決めているのか、真剣な表情で千依を見つめ返してきた。
「……よろしく頼むよ、千依さん」
「はい」
三智鷹が座っている場所へと近寄り、千依は腰を下ろした。
「先に言っておきますけど、私のやり方が全て正しいとは限りません。元々、感覚派なので」
「そうだったね。でも、僕は君のその鋭い感覚と行動に移せる強い力を信用しているよ」
彼はそう言って、上半身だけ脱いだ。
細くも鍛えられた体に刻まれているのは、おどろおどろしい文字のようなものだった。
筆でなぞったようなそれは肌の一部となっており、装束で見えない部分にも伸びている。
「これは……
「恐らくね。多分、この呪いの術式じゃないかな。……最初は胸元あたりに拳くらいの大きさだったんだけれど、年々広がっていって、今では手首や足首まで到達しているよ」
妖文字とは、妖だけが使う独特な文字だ。
祓い屋の中には妖文字を研究している者もいるらしいが、かなり難解であるため、今も解読されていないらしい。
「さっき、念のために鏡で確認してみたら、昨日はなかった首筋にこの妖文字が伸びていたんだ」
ほら、と言って三智鷹は首を見せてくる。確かに彼の言う通り、妖文字が首筋へと到達していた。
「……目に見えて分かる、呪いの進行度ってことですか」
「そういうこと。……これが頭まで到達したら、呪いが完全に完成してしまうんだろうね」
つまり、本当にもう時間はないということだ。
千依は表情を引き締め直し、三智鷹へと向き直る。
「……それでは、始めさせていただきます」
千依の宣言に、三智鷹が頷き返した。
まず初めに、右手に感覚を集中させ、それから三智鷹の胸元あたりへと腫れ物を扱うように触れた。
──ばちっ……!
案の定、千依の手は弾かれる。
右手に痛みが残るも気にすることなく、もう一度、三智鷹へと触れた。
「っ……」
手を通して全身が震えるような痛みが伝わってくる。
それに耐えながら、千依は触れ続けた。
ばちばちと痺れを含んだ拒絶。
まるで雷が直撃しているような激しさだ。
「千依さんっ……」
「静かにっ! ……私なら、大丈夫ですから」
こんな痛み、三智鷹が抱えてきたものと比べれば、平気だ。
「今から、私の霊力を少しずつ流します。それで、呪いの核を探しますから」
「……分かった」
千依は意識を集中させ、己の霊力を三智鷹の体内へと流し始める。
三智鷹へと刻まれた呪いの術式が体を這うように浮き出ているならば、必ず「核」となるものがどこかにあるはずだ。
……慌てずに、一歩ずつ。けれど、確実に。この体に潜む毒を暴く……!
だが、それでも呪いによる拒絶は続いている。
その衝撃に吐き気を感じながらも、千依はぐっと我慢した。
まるで、体の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような、気持ち悪さだ。
けれどそんな弱音を吐く暇などない。
千依は自分の手足となっている霊力に意識を注ぎ、三智鷹の体内を探っていく。
「っ、はぁ……はぁ……」
全力で走った後のように、汗が噴き出す。
どれほどの体力と根気が必要になろうとも、千依は呪いの核を探すことを諦めなかった。
どのくらい、時間が経っただろうか。
今も部屋の外では、弦を鳴らす音が響いている。
集中力を途切れさせることなく、千依は暗闇へと投げ出された石ころを探すように丁寧に、繊細に、深い部分へと潜り続けた。
そして、とうとう見付ける。
隠すように──守るように、羽に似たものに何重にも覆われた「何か」を。
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